02 名前をつけただろう
「はあっ?」
エイルは叫ぶようにした。
「主だって?」
「そうだ。少し前、迷ったように上空を飛んでおってな。これは珍しいものがいると思って、とっ捕まえたのだが」
「それで俺の伝言を知ったのか」
「いや、そうではない」
オルエンの否定にエイルは首を傾げた。
「前回のことだ」
「何だって? それじゃ、今回とは別に、これに会ってるのか?」
エイルが問うとオルエンはうなずく。
「使い魔にちょうどよいかと思って捕まえてみた。しばらくそのようなものは使っておらんかったが、私が留守にするとこうしてお前が寂しがるだろう」
「誰が寂しがるか、この阿呆爺」
「口汚いことだ。とにかく、お前との連絡役によいと考えてな。だが、捕らえてみれば既に主がいることが判った。こんなものを下僕にしておる割に、無知で何の命令も与えていない愚か者だから、こやつがどうしていいか判らずにふらついておったのだということも」
「……無知な愚か者ってのは、俺のことか?」
「もちろん」
オルエンは大いにうなずいた。
「それ故、親切にも主のもとに帰るよう、指示してやった。そして行った先がお前のもととは」
「それじゃつまり」
エイルは唸った。
「こいつがカーディルまで俺を追ってきたのは、あんたが命じたからか!」
おかげでエイルは、ゼレット伯爵にしなくてもよい苦しい言い訳をしなければならなかったと言う訳だ。有難くて涙が出る。
「主のいる使い魔に命令などできんよ。迷っていて気の毒だと思ったから、帰してやっただけだ。通常であれば感謝されるはずだが」
「何で感謝しなきゃならないんだっ」
「おかげで私を呼べただろう」
オルエンは平然と言い、エイルは、その理屈は合っているのだろうかと首を捻った。何だかごまかされたような気もした。
「いったい、どこでこのような面白いものを従えたのだ?」
食卓につくと、オルエンは酒杯を揺らしながら言った。エイルは、食い物の補給を忘れたな、と思いながら同じように杯をもてあそぶ。
「従えた覚えは、ないんだけど」
エイルは戸惑いながら話をはじめた。
〈魔精霊もどき〉と風に鳴る首飾りを探して砂漠に行ったこと。首飾りの鳴る音は、強烈に所有欲を刺激したこと。
魔物が弱っているのではないかとラスルの民は推測していたが、それはその通りで、エイルの前で魔物が死んだこと。
驚いて呆然とする間に、サラニタが子供になった――いや、まるで生まれたかのように見えたこと。
子供を抱きかかえて塔に連れ帰ったこと。首飾りは布にくるみ、箱に入れて保管してあること。
ラスルに話をしに行くとき、塔に幼子を置きっぱなしにするのは気が引けたから、ウーレのミンに頼んだこと。そして話を終えて迎えに行ってみれば「飛んでった」と言われたこと。
いろいろと調べ、ルファードが「魔物の子供を身に隠す」性質を持つと知ったこと。
とりあえず、シーヴと商人の話は省き、ソーンが倒した「歌を歌う魔物」がルファードと関わりがないか確認した話に移った。ゼレットから聞いたタジャスの伝説に、エディスン王子が首飾りを探しているという話のこと。
そのとき、どこをどう放浪していたのか知らないが、オルエンが見つけて「主のもとへ戻れ」と言われたらしい小鳥がカーディルへやってきたこと。
友人兄弟とエディスン王子が関わる〈風読みの冠〉との繋がりが気になり、〈塔〉の助言を受けてオルエンを探そうと小鳥を放したこと。
それから、エディスンの魔術師が彼に首飾りの件を任せてくれたこと。
「ふむ」
聞き終えて、オルエンは少し考えるように黙った。
「いろいろ面白い点が多いが」
「面白くない」
「まずは、子供だ」
エイルの呟きを無視して老魔術師は続けた。
「お前が主となれた理由だが」
喉の渇きを癒すために空にした酒杯に次を注ぎながら、エイルはオルエンの言葉を待った。
「名を呼んだろう」
「はあ?」
その手が、とまる。
「お前が名前をつけただろう。そのときに、これを縛った」
「んなもん、つけた覚え」
ない、と言おうとしてエイルははっとなった。
「こいつに呼びかけたつもりじゃなかった。でも」
エイルの記憶が蘇る。死んだ〈魔精霊もどき〉に向けて、彼は声を発した。
「サラニタ、と呼びかけた、ことに、なる……とか?」
「それだ」
オルエンはぱちんと指を鳴らした。
「意識していようといるまいと、名付けと言うのは力を持つ。魔物であろうと生まれたての赤子は無垢だからな。余程に天性の何かを持っていなければ、その力には抗えない。人間はその辺りが鈍い故、名付け親が名付け子に絶対的な影響力を持つと言うことはないが、魔物はそうしたものに敏感だ」
オルエンはすっかり講義口調になっていた。
「通常、魔物、魔族と言われる奴らは、知性があればあるほど、名前を嫌う。生活上の呼び名は必要だから何らかの名称を持っているが、それに意味を持たせないようにしている。名前を記号と定義するのだ。だが、お前はその名に意味を持たせた。だから、縛ることができた」
「そ、そんんことで?」
エイルは目をしばたたいた。
「名前を付けようと思った訳じゃないし、だいたい、ルファードだか何だか知らないけど、あの魔物のことを言ったつもりだったんだぜ?」
「同じだ」
師匠は簡単に答えた。
「思惑はどうあれ、お前は名付けた。それの名前は、サラニタだ」
「サラニタ」
エイルが呆然と繰り返すと、子供――サラニタはとてとてとエイルの椅子のそばまできて、ぺたんと座り込んだ。
「例の魔物はやはりルファードだったのだろうな。死んで、跡形もなく消えたか。惜しいことをした」
「俺は何もしてないからな」
余計な責任まで押しつけられてはたまらない。エイルは予防線を張ったが、オルエンはそれについてエイルを責めるつもりはないようだった。
「寿命だ。仕方がない。運命というもの」
「運命、ねえ」
「そうだ」
オルエンはにやりとした。
「お前の、な」
「はあっ?」
エイルは叫んだ。
「何でそうなるんだよ?」
「ルファードはな、見つけてもらいたかったのだ」
オルエンは答えにならない言葉を続けた。
「何を?」
渋々と、エイルは問うた。
「それとも、誰に?」
「『何を』?『それとも誰に?』」
オルエンは絶望的な声で繰り返した。
「お前はそんなに頭がなかったか、エイル?」
「首飾りを。そして、子供――サラニタを」
いささか腹立ちを覚えながら、エイルは思ったことを答えた。
「そうだ」
オルエンはうなずく。
「俺に、じゃないよな」
「お前に、に決まっておろう」
「だから、何でだよ!」
「話してやらねば判らんのか?」
オルエンはため息をついた。
「ルファードが死期を悟って、首飾りと子供を託せる存在を探していたと考えれば、砂漠の中枢にしかいないとされるルファードが西方まで出張ってきた理由は説明がつく。お前、と言っても『エイルという名の魔術師』に見つけてほしかった、とは言わん。ルファードというのがそこまで運命の流れを読み取れる種族であれば、私としても本格的に調べたいところだが」




