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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第2章

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01 まさかお前だったとは

 そのままシーヴの旅に付き合うのと首飾りの呪いを解くのは、いまやエイルにとってどちらも重要なことである。

 商人と首飾り。

 どうやら接点はあるものの、関わりが深いとは思えない。「珍しい砂漠の噂」で客を集めているだけだろう。エイルはそれらを別件として考えることにした。

 まずは、商人。

 確かに商人は砂漠の魔物と首飾りの話をしていたようだが、それは客寄せとして「東国の神秘」がほしかったためで、首飾りがほしいのではないだろう。そのはずだ。

(ラスルの長は、商人が首飾りについて気にしていたと言ったけれど)

(魔物の身につけた首飾りなんて、物好きには高値で売れそうだもんな。それを狙ったんだろう)

 エイルはそう考えた。奇妙な偶然だが、ただの偶然だ。

 ――本当に?

 この広い大陸のなか、ラスルを訪れた商人とシーヴが追うクエティスが同一人物と考えられることが、本当に偶然だと?

(偶然だ)

(そうに決まってる)

 一(リア)覚えた感覚――予感(フェルシー)と言われるものだったろうか――を振り払うように、エイルは頭を振った。

 運命(・・)などはやはり、やめてほしいところだ。

 そして、首飾り。

 友人兄弟。エディスンの王子。風具とか言われるものと関係する可能性はやはり捨てきれない。少なくともエディスンの方では、そうだと確信しているように思える。だと言うのにウェンズ術師はエイルに首飾りを託してくれた。その呪いを解くという、まだ何の当てもない話を。

 では、このあとは。どう動くべきなのか。次に彼がやるべきことは。

 朝のピラータを歩きながら、エイルは頭をかきむしった。

 認めたくはないが彼は混乱しており、やはり認めたくはないが――「師匠」の助言がほしいところである。

 協会からランティムの伯爵夫人に宛てて手紙を出してしまうと、急ぎの仕事はなくなった。

(このあとは、そうだな、昼くらいまで待機といくか)

 エイルはそんなふうに考えていたが、それはまだ彼に呑気なところがあるということだ。

 オルエンもスライも言うだろう、「自覚がない」と。

 彼は、渦のなかにいるのだ。そんなとき、転換点は不意に訪れる。

 ピイッ――と鋭い口笛が聞こえた。

 青年は、冬至祭(フィロンド)の最終日を迎えた町を何となく振り返る。

 ピイッと、また聞こえた。

 どこから響いてくるのかとエイルが顔を上げると、雨神(クーザ)の気配漂う空が目に入った。

 いや、これだけ雲が分厚ければ、雨よりも雪が降るだろうか。〈冬至祭〉最後の日に雨ならばどうにか引き分け(ハヴォン)というところだが、雪が降れば凶兆だ。〈雪の三姉妹(キャラーラ・ルー)〉は供物を受け入れず、冬をおとなしく過ごす気はないと返事をしてきたことになるからである。もしも空から白いものが舞ってくれば、ピラータの祭りは失敗に終わったということだ。

(アーレイドじゃこの時季は好天続きだけどな)

 故郷に思いを馳せた彼の思考は、そこでとまる。何故なら、薄灰色の天空から――軽い羽音が耳に降ってきたからだ。

「お、お前っ」

 砂色だろうと白かろうと薄灰色だろうと、彼を目がけて飛んでくる鳥など一羽しかいない。おそらくは。

「何……俺の居場所が判るのか。どうやってここまで。いやそれより」

 青年ははっとなった。

「もしかして、オルエンが見つかったとか、言うのかっ?」

 ピイ、と小鳥は高い声で鳴いた。それは肯定に取れた。

「まじかっ。それじゃ早速、いや待てよ、シーヴを放っていく訳にも」

 エイルは数(トーア)脳味噌を混乱させ、それから唸った。

「町の東門で待て。鳥のままだぞ。一カイで戻る」

 そう言うとエイルは踵を返して宿へと駆けた。

 少し出るが昼前には絶対に連絡をする、と言ったエイルをシーヴは胡乱な顔つきで見た。友人の言を信用しないのではなく、また魔法の手紙で連絡してくる気か、とでも思ったのだろう。

「言っておくが」

 シーヴは咳払いなどした。

「そうやって何度も放っておかれて、俺はいつまでもおとなしく待ってはいないぞ」

「勝手に動かれると困るけどな。まあ、どうしてもって言うなら短剣を持ってりゃ、追えるよ」

 こいつが何かを掴んだと思ったら、エイルが戻るまで待てと言ったところで聞くはずがない。それを判っているから、短剣に術をかけたのだ。

 なるべくならばじっとしていてほしいと思うのは、事実だが。

「昼だな」

「必ず」

「まあ」

 砂漠の王子は肩をすくめた。

「それまでには、何の動きもないと……思うがね」

 シーヴのそれはごく普通の言い方のようで、エイルは特に気にとめなかった。

 まさか彼が既に何かを掴んでいて、「それ」がまだ動かないだろう、などと言っているとは、思わない。

「おとなしくしてろよ」

 それ故、エイルはそう言うにとどめ、ひらひらと手を振る友人に背を向け、東門へと急いだ。

「――オルエン!」

 真冬の中心部(クェンナル)付近から熱砂の砂漠に帰ってくるのは目眩のしそうな体験だ。だが、そんなことでくらくらしている場合ではない。

 〈塔〉の重い扉を抜けて、エイルは子供がよちよちとそれをくぐるのを見守ると、それから音を立てて閉めて、思い切り叫んだ。

「どこだ!」

「二階だ」

 返ってくるのは〈塔〉の声だ。

「その子供がこんなに早く成し遂げるとは、驚いたな」

 〈塔〉は感心したように言い、エイルは片眉を上げた。

「どれくらいかかると思ってたんだ?」

「そうだな。ひと月かふた月は」

「冗談じゃない」

 エイルは階段へと歩を進めながら唇を歪めた。こんな訳の判らない状況であとひと月を過ごすなど、想像しただけでげんなりする。

「おいっオルエン! よくもまあ、人に話だけ振って雲隠れしてくれたな」

 振り返った白金髪の魔術師は、肩をすくめた。

「私もいろいろと忙しいのだ」

 平然としたものである。

「それで、何があった」

「何があったあ?」

 エイルは顔をしかめた。

「全部、知ってるんじゃないのか」

「馬鹿を言うな。お前のやることなすことをみな見張っていられるほど暇人ではない。忙しいのだと言っておろう」

「何に忙しいんだか知らないけどな。俺の方こそおかげさまでとんでもなく忙しいよ」

「どうやら、面白いものを見つけたようではないか」

 エイルの抗議など全く気にとめず、オルエンはさらりと言った。

「見つけたって、どれの話だよ」

 ここで苦情を引っ込めてオルエンの話題に乗ってしまうのは、ごまかされたと言うよりも時間の無駄を省くためだ。エイルが何か言おうとしたところで、オルエンは必ず、自分の持っていきたい方向に持っていく。抵抗は、本当に、時間の無駄なのだ。

「あれだ」

 オルエンが指差す先には、よたよたとエイルを追ってくる子供がいる。

「これは実に面白い」

「『面白い』」

 エイルが嫌そうに繰り返すとオルエンの片眉が上げられる。

「何だ。何が不満だ。世の中、つまらんよりは面白い方がいいに決まっとるだろう」

「あんたの『面白い』は俺には面白くないことが多い」

 彼は唇を歪めた。

「いいか。『つまらない』じゃない。『面白くない』だ」

 「面白味に欠ける」のではなく「気に入らない」のである。

「まさかお前だったとはな」

 やはり彼の抗議など気にもとめず、オルエンは続けた。

「何が」

 エイルはやはり仕方なく、問い返す。

「もちろん」

 オルエンは再び子供を指した。

「これの主だ」


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