11 協会の場所
ともあれ、このときのエイル青年は砂漠の友人の企みなど知らぬから、口にした通りに祭りを楽しんだ。
ピラータは旅人などはあまり多くない町だけれど、余所者を全て不審の目で見るほどの田舎でもない。それどころか若いふたりはなかなか人気を博し、旅の吟遊詩人の曲に合わせて娘たちと踊った。
エイルもなかなかに音感はあったものの、宮廷舞踊を仕込まれている王子殿下の敵にはならず、東国の神秘性も相まって、寄ってきた娘の頭数を言うのであればエイルは大いに負けた。
と言っても間もなく父親になろうと言う男は祭りの享楽性と酒の勢いで妻を裏切るつもりはないようだった。それに気づいてエイルの方に寄ってくる娘もいたが、シーヴの代替品扱いではどうにも嬉しくない。
夜が更け、祭りの賑わいが静まってくると、町の恋人たちはいつの間にか闇に姿を消す。シーヴは飲みすぎたと言って適当に宿に戻り、エイルはひとりの女の子と仲良くなりかけたが、町の若者にすごい眼で睨まれたので自粛した。もともとエイルは、行きつけの酒場の給仕娘辺りと仲良くなることはあっても一夜の恋を楽しむ性格ではなかったから、特に惜しみはしなかったが。
そうして宿に戻れば、妻に手紙を書いていたらしいシーヴに笑われた。
「何だ、釣り上げ損なったのか」
「当て馬になるのはご免だよ」
ひらひらとエイルは手を振った。
「書いたのか、手紙」
「ああ、終わるところだ」
そう言うとシーヴは流麗な文字で署名をしたため――文字を覚えて数年のエイルは、いまだにきれいな字を書けなかったから、少し羨ましかった――封をした。
「この町に魔術師協会なんてあんのかな」
魔術師は部屋のなかから町を見回すようにした。
「ある。〈樫の木〉通りの北っ側だ。例に洩れない陰気臭い建物だから、見れば判る」
シーヴは即答し、あるのか、とエイルは少し意外に思った。
偏見のある田舎町ででもあれば、魔術師など石を投げられてもおかしくない。そこまでいかなくても、協会がないこと自体は何の不思議でもない。たとえばシーヴの治めるランティムはこのピラータよりも大きい町だが、協会はない。
だからと言ってランティムが魔術師に厳しい訳ではないし、逆に、ピラータが魔術師を大歓迎するという訳でもない。
かつて協会側の――或いは街町側の取捨選択については判らないが、いまから新たに建設されるというようなこともまずなければ、取り壊しになるということもまずない。ただ、ピラータにはありランティムにはない。それだけのことだ。
つまり、エイルは少しばかり意外に思ったけれど、それ以上のことはない。むしろ気になるのは、こちらだった。
「何で知ってるんだ? 行ったのか?」
シーヴは魔術を「忌み嫌う」と言うほどではないが、あまり好ましいとは思っていない。エイルの手紙が中空から現れたときは、さぞや手紙と友人を罵倒したことだろう。
だからシーヴがわざわざ協会の場所を調べたとは思えないのだが。
「行かないさ」
案の定、友人は肩をすくめる。
「待機させられたからな、あちこち歩いていたらたまたま見つけたんだ」
少し皮肉っぽくシーヴは言った。エイルとしても、まあ、そんなところだろうと思う。シーヴは魔術師を頼って調べものなどしないだろうし、もしするのならばエイルを頼るはずだからだ。
待たされて苛ついた王子殿下が、耳にした噂話の真偽を協会で確かめるなどエイルは思いもしないし、手紙一通で放っておかれた仕返しにエイルに対して口をつぐみ、内心でにやついているなどとは思わなかったのである。
「じゃあ明日いちばんで送ってやるよ。これをやると、レ=ザラ様に『リャカラーダ様の脱走には魔術師が関わってる』即ち『エイルだ』とばれることになるんだろうけど」
「何の。俺がひとりでいるより、お前がついている方がレ=ザラは安心する」
「どうだかね。ヴォイド殿は俺がいようといまいと苦い顔に決まってるけど、少なくとも、お前の脱走に俺が手を貸したことはとっくに気づいてるだろうな」
「当たりだ。よく判るな」
シーヴは片眉を上げる。
「帰ったらお前は賞金首として手配されてるかもしれん」
それを解くことには尽力する、などとランティム伯爵閣下にしてシャムレイ第三王子殿下は平然と言い、何かを隠していることを魔術師に全く掴ませなかった。




