10 約束しただろう
ピラータの町の〈冬至祭〉は、ささやかなものだった。
〈雪の三姉妹〉キャラーラ・ルーの、銅像ですらない、彼女らを表す印章が粗末な板切れに絵の具で描かれ、これまた粗末な作りつけの祭壇の上に置かれている。
その前に捧げられる供物は、町としては立派なものだ。
大都市のようにきらびやかな装飾品などはないが、町でいちばん評判の酒樽やら、冬でも採れる稀少な果物やら、今朝屠ったばかりの羊が一頭丸ごと、などである。
これらは、この日〈月の女神が眠る一日〉の最後に、町びとたちに提供される。それが祭りの最高潮という訳だ。
人々が楽しそうに過ごしているただ中で、黒い肌の青年は、エイルの予想通り苛ついた表情をしながら友人を待っていた。
「よう、調子はどうだ」
「最高とはいかんね」
シーヴはじろりとエイルを見た。
「何だよ。行けと言ったのはお前じゃないか」
「そうさ、だが、こんな」
と彼はエイルの手紙を卓に叩きつけた。
「気になることを書いて寄越して、そのままじっとしてろってのはどういう了見だ」
「何か気になったか?」
エイルは肩をすくめたが、それは少しわざとらしかっただろうか。シーヴの視線は強められるばかりだ。
「話せ」
「仕方ないな」
目論み通りとばかりにエイルはにやりとした。
アーレイドから〈塔〉に戻り、少し休んでからピラータへとやってきた。オルエンからの連絡はない。小鳥がどこにいるものかも判らない。
エイルはその問題は脇に置くことにして、シーヴが気にかける方の話、つまり首飾りではなく、商人の話をかいつまんだ。即ち、タジャスという町に「砂漠の魔物の噂をし、東国の品を売る商人」がクエティスとは別に存在したという話である。
「タジャスと言うと」
シーヴは頭のなかに描いた地図をなぞるように指を動かした。
「スタラス領の……南か。あの辺りまでウェレス領だな」
ランティムを訪れたクエティスという男。
タジャスを訪れたツーリーという男。
どちらも東国の品を扱い、「砂漠の魔物」と「首飾り」の話をしている。
前者だけならばまだしも後者の共通は、偶然で済ますには強烈だ。砂漠に足を踏み入れる商人などそうそういないのだし、もしそれが「東国では有名な話」ででもあるのなら、シーヴは知っていてもおかしくない。
だが彼は知らない。少なくとも、それは決して「定番」の話ではないと言うことだ。
「ふん」
シーヴは両手を頭の後ろで組んだ。
「東の商人、か」
声に皮肉が込められる。
ランティムをはじめとする東国ではクエティスは西の人間だ。だが東の商品を売るとなれば、ランティムの品を扱ったクエティスもタジャスにきていたツーリーも「東の商人」となる。
もちろん、この場合は出身などは関係なく、東の商品を扱うなら確かに東の商人と言えるだろう。もちろん、紛いものでなければ。
「そんな奴が複数いるとはな。『本拠地』などがあるならさもありなんというところだが」
ランティムの領主は伸びをしながら言った。
「ご立派な組織がお相手という訳だな」
「呑気に言うなよ」
エイルは呆れたが、シーヴの黒い目には面白がるような光が宿っている。
「おい。無茶はしないと約束しただろう、王子殿下」
「その呼び方はよせ。構わんだろう、俺がどう思おうと。いまなら俺に何があってもお前には何の影響もないんだし」
「あのな。影響がなけりゃ死んでもらってもいいと思うなら、最初から放っておくに決まってるだろうが」
エイルはシーヴをきつく睨んだ。
「じゃあ何か? お前は」
呪いの言葉を吐いてから、エイルは続ける。
「お前は、誰かが〈翡翠の娘〉でなければとっとと死んでいいと、そう言うのか」
シーヴはよりによってエイル当人から発せられた言葉を面白がるのと、「自分はずいぶん拙いことを言ったようだ」と思うのが入り混じったような奇妙な顔をした。
「すまん」
「よし」
悪いと思えば素直に謝るあたりは育ちがいい。と言っても、シーヴはなかなか自分が悪いと思わないのだが。
「だいたいのとこは話したし、ああ、心配もひとつ減ったんだ」
エイルはそう言って業火の神官の件を協会に任せたことを上手に――言霊と言われるものに捕まらないように――説明した。
「急いで動かなきゃならないことは、当面、なくなった。今日はのんびり祭りを楽しむことにしようぜ」
このとき、砂漠の王子殿下はにやりとしたのだが、エイルはそれを「シーヴもそれに同意した」と解釈していた。だが彼は、あとでそんな迂濶な自分に呪いの言葉を吐くことになる。




