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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第1章

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10 約束しただろう

 ピラータの町の〈冬至祭(フィロンド)〉は、ささやかなものだった。

 〈雪の三姉妹〉キャラーラ・ルーの、銅像ですらない、彼女らを表す印章が粗末な板切れに絵の具で描かれ、これまた粗末な作りつけの祭壇の上に置かれている。

 その前に捧げられる供物は、町としては立派なものだ。

 大都市のようにきらびやかな装飾品などはないが、町でいちばん評判の酒樽やら、冬でも採れる稀少な果物やら、今朝屠ったばかりの羊が一頭丸ごと、などである。

 これらは、この日〈月の女神(ヴィリア・ルー)が眠る一日〉の最後に、町びとたちに提供される。それが祭りの最高潮という訳だ。

 人々が楽しそうに過ごしているただ中で、黒い肌の青年は、エイルの予想通り苛ついた表情をしながら友人を待っていた。

「よう、調子はどうだ」

「最高とはいかんね」

 シーヴはじろりとエイルを見た。

「何だよ。行けと言ったのはお前じゃないか」

「そうさ、だが、こんな」

 と彼はエイルの手紙を卓に叩きつけた。

「気になることを書いて寄越して、そのままじっとしてろってのはどういう了見だ」

「何か気になったか?」

 エイルは肩をすくめたが、それは少しわざとらしかっただろうか。シーヴの視線は強められるばかりだ。

「話せ」

「仕方ないな」

 目論み通りとばかりにエイルはにやりとした。

 アーレイドから〈塔〉に戻り、少し休んでからピラータへとやってきた。オルエンからの連絡はない。小鳥がどこにいるものかも判らない。

 エイルはその問題は脇に置くことにして、シーヴが気にかける方の話、つまり首飾りではなく、商人の話をかいつまんだ。即ち、タジャスという町に「砂漠の魔物の噂をし、東国の品を売る商人」がクエティスとは別に存在したという話である。

「タジャスと言うと」

 シーヴは頭のなかに描いた地図をなぞるように指を動かした。

「スタラス領の……南か。あの辺りまでウェレス領だな」

 ランティムを訪れたクエティスという男。

 タジャスを訪れたツーリーという男。

 どちらも東国の品を扱い、「砂漠の魔物」と「首飾り」の話をしている。

 前者だけならばまだしも後者の共通は、偶然で済ますには強烈だ。砂漠に足を踏み入れる商人などそうそういないのだし、もしそれが「東国では有名な話」ででもあるのなら、シーヴは知っていてもおかしくない。

 だが彼は知らない。少なくとも、それは決して「定番」の話ではないと言うことだ。

「ふん」

 シーヴは両手を頭の後ろで組んだ。

「東の商人、か」

 声に皮肉が込められる。

 ランティムをはじめとする東国ではクエティスは西の人間だ。だが東の商品を売るとなれば、ランティムの品を扱ったクエティスもタジャスにきていたツーリーも「東の商人」となる。

 もちろん、この場合は出身などは関係なく、東の商品を扱うなら確かに東の商人と言えるだろう。もちろん、紛いものでなければ。

「そんな奴が複数いるとはな。『本拠地』などがあるならさもありなんというところだが」

 ランティムの領主は伸びをしながら言った。

「ご立派な組織がお相手という訳だな」

「呑気に言うなよ」

 エイルは呆れたが、シーヴの黒い目には面白がるような光が宿っている。

「おい。無茶はしないと約束しただろう、王子殿下」

「その呼び方はよせ。構わんだろう、俺がどう思おうと。いまなら俺に何があってもお前には何の影響もないんだし」

「あのな。影響がなけりゃ死んでもらってもいいと思うなら、最初から放っておくに決まってるだろうが」

 エイルはシーヴをきつく睨んだ。

「じゃあ何か? お前は」

 呪いの言葉を吐いてから、エイルは続ける。

「お前は、誰かが〈翡翠の娘(・・・・)〉でなければとっとと死んでいいと、そう言うのか」

 シーヴはよりによってエイル当人から発せられた言葉を面白がるのと、「自分はずいぶん拙いことを言ったようだ」と思うのが入り混じったような奇妙な顔をした。

「すまん」

「よし」

 悪いと思えば素直に謝るあたりは育ちがいい。と言っても、シーヴはなかなか自分が悪いと思わないのだが。

「だいたいのとこは話したし、ああ、心配もひとつ減ったんだ」

 エイルはそう言って業火の神官の件を協会に任せたことを上手に――言霊と言われるものに捕まらないように――説明した。

「急いで動かなきゃならないことは、当面、なくなった。今日はのんびり祭りを楽しむことにしようぜ」

 このとき、砂漠の王子殿下はにやりとしたのだが、エイルはそれを「シーヴもそれに同意した」と解釈していた。だが彼は、あとでそんな迂濶な自分に呪いの言葉を吐くことになる。


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