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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第1章

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09 守りの力

「あなたが首飾りを安全に隠している場所、そこに私をご案内いただく訳には?」

 宮廷魔術師の使いを〈塔〉に? 今度はエイルが苦笑した。

 目前の男はある程度は「まとも」に見えるものの、魔術師という連中は魔術のこととなると目の色を変える。オルエンの作った喋る塔など、研究対象にされそうだ。

 ウェンズがそうしなくても、既にある「伝説」とは異なる、もう少し現実的な「噂」でも立てば面倒である。伝説の〈魔術師の塔〉を求める者など冒険家のなかでも変わり種で、数年に一度いるかいないかで、もちろん誰もたどり着いたことはない。しかし、たくさんの魔術師たちに探されるようになったら。

 オルエンの魔術は尋常でないから、見つけられることはないかもしれない。だが、オルエンも〈塔〉も騒がしいことを望むまい。住人として、エイルも同じだ。

「悪いけど、教えられない」

 彼はそうとだけ言った。首飾りの問題に直面すれば、力のある術師に〈塔〉で鑑てもらうというのは非常にいい案だが、今後の暮らしを考えればそれはしたくない。あちらを立てればこちらが下がる。難しいものだ。

 エイルは、相手が怒るか、そうでなくてももっと詰問をしてくると思ったので、かすかにうなずかれたのに驚いた。

「あなたの言うことはもっともです、エイル術師」

 意外にも年上の魔術師はそんなことを言った。

「しかし、それでは首飾りをどうされたいのですか」

「どうって?」

「つまり、エディスンに連絡をしておきながら、首飾りを渡すつもりはない。では、あなたがその呪いをどうにかされるおつもりで」

 弱輩が何を戯言を――と皮肉を言われたのかとエイルは考えたが、ウェンズは真面目に答えを知りたいという様子だった。

「いまの状態でできる最上がそれだと思ってる」

 エイルも真面目に答えた。

「できるのですか」

 それもまた馬鹿にしたような問いではなく、真摯な質問だった。

「正直、俺だけじゃ無理だ。でも、ひとり大した術師を知ってて」

 エイルは嫌そうな顔をしてから続ける。

「頼めば力を貸してくれる。と思う。たぶん。本当はあんまり借りを作りたくないんだけど。仕方ない。背に腹は代えられない」

 エイルがぶつぶつと――本音を――呟くと、ウェンズはまた笑った。あまり親しみがあるという感じではなかったが、なかなか品のいい笑い方で、エイルは好感を持った。

「私の感じたままを申し上げるなら、あなたは嘘をついていないでしょう。少々の隠しごとはあるが、企みはない」

 その判定にエイルは唇を歪めた。確かにその辺りだ。

「適確な判断をされているようです。本来ならば私の務めとしては、首飾りを直接に目にし、呪いの種類を見極め、対策を考えて我が協会長に報告をすることなのですが」

 ウェンズはエイルを見た。

「その呪いは容易には解けない。あなたは、それをどうにかすると言う。私は、あなたを信じることにします」

「……そりゃ、有難いけど」

 駆け出し魔術師は目をしばたたいた。

 現物を目にもしないで信じてくれると言うならばそれは何とも有難い話である。だが、何故だろう、とも思った。

「不思議ですか」

 彼の不審を見て取ったかのようにエディスンの術師は言った。

「わざわざあなたに会いに訪問しておきながら、話を聞くだけで納得する私を不思議に思ってますね。それこそ、企みがあるのではないかと思ってる」

「そうは思わないけどさ、素直に言えば、奇妙だなとは思う」

「エイル術師。あなたは死んだご経験はありますか」

 突然の質問にエイルは目をぱちくりとさせた。

「……ない」

 もう駄目かと思ったことならあったかな、などと考えた。もちろん、よい思い出とは言い難い。

「私は、あります」

 ウェンズは静かに言った。エイルは口をぽかんと開けるしかない。

「死んで、生き返って――正確なところを言えば、瀕死の状態に陥ったものの死ななかったということなのでしょうが、限りなく死に近づきました。それから、いままで見えなかったものが見えるようになったのです。見えて楽しいものでもありませんが、役に立つこともあります。たとえば、いまのように」

「俺に、何か見る訳?」

 エイルは冥界を見てきた男に問うた。男はすっと目を細くしてエイルを見てから、口を開いた。

「不思議な守りの力を」

「それは、嬉しくないな」

 青年の脳裏に「魔除けの翡翠」「翡翠の女王陛下」などの言葉と映像が蘇り、彼はそれを振り払おうと少し首を振った。

「私は、この件をあなたに一任して問題ないと判断します。上にもそう報告をしましょう」

 暗めの髪をした若い魔術師は、明るい茶色の髪のより若い魔術師にそう言った。

「でき得ることならば協力をして呪いについて調べたいのですが、生憎と、私はほかにも仕事を抱えておりまして」

「そんなのはいいさ。信じてくれたってんなら、それだけで充分、助かるよ」

 エイルは、この男の瞳にはいったい何が映るのだろうと訝りながらも、礼を言った。

 予想以上に平穏だった会見は、拍子抜けしたような顔をするスライがエディスンのウェンズ術師を見送って終わった。

 スライはふたりの話を聞いていた訳ではなく、何か異常な事態でも起きればすぐに出向けるように待機していたとのことで、エイルはその「言い訳」を信じた。

 もしスライが彼を騙そうとするならば、力のある術師が相手のこと、エイルはそれはもう簡単に騙されるはずだ。だから信じる、信じないの判断に意味はないかもしれない。だがスライはそのような嘘をつかないだろうとも思った。

「不思議な魔力を持つ男だな、あれは」

 導師はウェンズをそう評した。

「何と言うか、曲がっている。悪い意味ではないぞ。進むはずだった道がいきなり崩落して、一緒に落下する代わりに別の道を見つけたかのようだ」

 スライがどういうものを見るのか、やはりエイルには判らなかったが、推測がつくこともあった。

「何でも、一度死んで、生き返ったそうで」

「成程」

 普通ならば「成程」と納得できる台詞ではないが、スライは簡単にうなずく。

「それかもしれんな」

「判るんすか」

「あのねじれの意味は説明がつく。まあ、お前も相当ねじれとるが」

「どういう意味だよ」

 思わずエイルは唇を歪めた。

「言い換えれば、尋常ではないということだ。……そんな顔をするな、魔術師にとっては褒め言葉だぞ」

 あまり嬉しくない、とエイルは思った。

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