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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第1章

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06 どう思ってるか知らんが

 「会見」の支度はすぐに整った。

 と言うのも、魔術師たちは連絡を取るのもあっという間だし、向こうはすぐにでもそれを望んでいたのだから、エイル側の準備さえ整えばエディスン側が文句を言うはずもないのだ。

 スライは〈防術の間〉と言われる守りの部屋を用意した。本来ならばそれは、魔術師たちが危険な術を訓練したり、新しい技を試したりするのに使われる場所だ。大魔術師(ヴィント)と呼ばれる高位の術師が派手に魔術を使っても打ち壊されることがない――とされる――部屋で、何かをじっくり話し合ったりするようなところではない。

 だが外からの干渉を防ぐにはもっとも適した空間であり、「魔術師の内緒話」にはもってこいとも言えた。

「導師、ついでなんでいま、ちょっとばかり聞いてもらってもいいですか」

 そこでエディスンの術師を待つ間、エイルはスライに声をかけた。

 彼としては、この守られた〈場〉で話をしておきたいことがあったのだ。

「何だ」

 スライは少し面白そうに問うた。エイルが目前の「会見」以外のことを話そうとしているのに気づいたのだろう。

「もし導師が、通りすがりに獄界神の神官と出会っちゃったら、どうします」

 それもまたエイルの気になっていたことであった。

 コルストの町にいた、業火の神官。

 いかにおとなしくしているように見えても、獄界神などを崇める者がそのままずっと静かにしているはずもない。静かに平穏に神様を崇拝したいだけならば、選ぶ神はほかにいくらでもあるのだ。その神を選んだと言うことはつまり、八大神殿を普通に崇める場合とは違う望みがあると言うことになる。

 突然の言葉にスライは目をぱちくりとさせたが、問うことを避けて回答した。

「気づかなかったふりをする」

 その返答にエイルは苦笑し、気づいたことを気づかれたらどうしますか、と続けた。

「とりあえず、逃げる」

「逃げたあとは」

協会(ディル)に報告する」

「協会に? 神殿(クラキル)には?」

「必要と思えば協会がやる。つまり、一魔術師ではないという意味だが」

 スライはじろりとエイルを見た。

「報告があるのかね、エイル術師」

 エイルは躊躇った。こんな話をしたからには、スライは当然、エイルが獄界神の神官を見かけたのだ、と判っただろう。その上、見かけて「逃げた」ことまでエイル自身が暴露したようなものだ。

 導師はそうと知った上で、協会に報告をしろ――忠告をもらえと言っている。エイルはそれを理解した。

 スライは、「獄界神の神官を見かけでもしたのならば、報告せよ」と命令、少なくとも明確に指導できる立場にいるにも関わらず、敢えてそれを避けている。その理由は――?

「そんなに奴らはやばいですか」

 青年はそう問うた。

「会って、確信できるような何かを認めたなら、判るだろう」

「コルストという町が、あります」

 エイルは厄除けの印を切りながらそう言った。

「そこに」

「そこまで」

 スライはとめた。

「言う気になったなら、俺が勝手に読ませてもらう。その方がお前には安全だ、青少年」

 その意味はよく判った。エイル自身、怖れたことである。

 彼が八大神殿なり何なりに知らせ、調査の――或いは討伐の――手が入るようなことになれば、彼が恨みを買う。スライは、エイルが報告したのではないと言う形を作ろうと言ったのだ。

 それはまるで言葉遊びのようだったが、「魔術的」には力を持つ方法だった。

「よく知らせてくれたな。対応は協会に任せろ。お前が追われることにはならんように手配する」

「そこまでしてもらわなくても」

 言いかけて彼ははっとなった。

「導師、それなら俺より頼みたい相手が」

「みなまで言うな」

 スライはにやりとした。

「お前の交友関係の広さはアーレイド随一だ。東国の王子殿下に業火の手は回らぬから安心しておけ」

「何で知ってるんだよ」

 エイルは不満げに言う。

 シーヴと彼が友人関係にあることくらいは知られていたとしても、いま現在、彼に引っ張り回されているとか、正確なところを言うならば、見かねて自ら助力を申し出たのだとか、そんなことまで知っているというのか。いや、それだけではない。導師は、業火と言った。エイルは獄界神としか、言ってないのに。

 エイルがそう言うと導師はにやりとして、たぶんお前が知りたくないだろうことを教えてやる、などと言った。

「まず第一に、リック導師に拾われた経緯(いきさつ)が謎であったり、アーレイド城に関わりが深かったりするお前は、自分ではどう思ってるか知らんがけっこう注目されてるんだぞ」

「冗談」

 エイルは顔をしかめた。

 魔術で見張っていると言うような意味ではないだろうが、彼は「注目されて嬉しい」と思う性格でもない。

「第二に、業火の神官はな、エディスン(・・・・・)に喧嘩売ってるところだからだ。既に調査ははじまってるんだよ」

 スライはさらりとそんなことを言った。

「奴らはエディスンに属するべき冠を奪い、ほかにも探しものをしてる。お前がどんな話を掴んだのであれ、何か関係があるのかもしれんな」

「ええと」

 ごまかすとかではなく、エイルは言葉を失う。

 ちょっと待ってくれ。待ってほしい。頼むから待ってください。

 脳裏に浮かんだのはそんな言葉だ。

 では、業火の司祭リグリスとやらにとって「いま重大なこと」とは、〈風読みの冠〉やそれを追う友人兄弟、〈風謡いの首飾り〉を探す王子や、はたまた首飾りそのもの(・・・・)、だ。

「冗談にもほどというやつが……あるんじゃないかと思うんですけども」

 呆然としながらエイルは何の意味もないことを呟き、はっとなった。

「そうだ、ティルド!」


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