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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第1章

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05 問い合わせ

 協会は魔術師でなくても利用できたが、魔術師でなければ入ってはならない場所もある。

 それを見分けるため、というのが表向きの理由だったが、魔術師という人種はひと目見ただけで「お仲間」が判るのだから、そのことに意味があるようには思えなかった。

 何かほかに理由があるのだろうとエイルは考え、それは正しかったが、エイルはそれに興味がなかったから、特に突き詰めることはしなかった。

 ただ彼は仕方なく、そのあまり好きではない黒ローブを羽織るだけだ。まさしく、文字通り、〈魔術師協会では魔術師の言葉に従え〉である。

 エイルは受付の術師にひらひらと手を振ると、今度こそ協会の内部へ足を進めた。先日、ティルドを図書室に案内して以来だ。

 この建物のなかに閉じこめられるようにしていたこともあるが、おかげで学んだことも多い。そのなかにはもう役に立たないこともあったが、彼としては、有難いことだった。

 導師の部屋があるのは、建物の上層だ。スライという名の導師とエイルはあまり話したことはなかったが、顔はよく知っていた。何というか、厳つい顔をしており、「魔術師(リート)」という言葉の印象から想像される陰気さとは無縁の、どちらかというと豪快な戦士(キエス)のような雰囲気の術師だ。

「おお、きたな、悪ガキ」

 エイルの姿を認めると、四十歳ほどの大柄な魔術師は手にしていた本を閉じてそう言った。

「誰が悪たれだよ、失敬だな」

 ほとんど反射的にエイルは返し、慌てて謝罪の仕草をした。高位の魔術師の不興など、買いたくない。

「いい、かまわん。礼儀正しい魔術師殿ばかりでは、面白くないからな」

「あー、えーと」

 エイルは咳払いをした。

導師(セラス)。私にお話とは、いったい何でしょうか」

「堅苦しくなるなと言うのに。敬意がないなどと言って、お前を(ワック)にはせんぞ」

 言われてエイルは笑った。「悪い魔法使いに蛙にされる」というのはお伽話の定番だが、たいていの術師はそんなことなどできない。できるとしても、普通はしない。もちろん、導師と呼ばれる人であればなおさらだ。

「それじゃスライ師。俺に話ってのは?」

「それでいい。その方が感じがいいようだ」

 スライはにやりと笑った。そうするとますます、魔術師らしくない。

「では早速、本題に入ろうか。エイルだったな。お前、何をやらかした」

「……は?」

「余所の協会に、お前の問い合わせがきてるんだよ。昨日、カーディルの領主と話をした魔術師ってのは、お前だろう」

 思いがけぬ地名を聞いて、エイルは驚いた。

「何でそんなこと知ってるんですか」

「別に警戒せんでもいい。協会はいちいち魔術師を監視するほど暇じゃなし、だがあの町の協会はお前がアーレイドに登録している術師であることを知ることくらいはできる。その程度だ」

「問い合わせって、どこから。何の」

「ビナレス中を飛び回ってでもいるのか? 北だ、エディスンからだよ」

「……成程」

 エイルは納得した。ではゼレットは、エディスンの宮廷魔術師に連絡を取ったのだ。

 そこからアーレイドに直接連絡がこないというのは、ゼレットが「エディスンの宮廷魔術師がまともでないかもしれない」ことを案じて、エイルのことを隠そうとでもしたのだろう。となれば、話に興味を持ったエディスンとしてはカーディルの協会に連絡を取るしかなく、協会同士の連携は強いから、そこからアーレイドに照会がきたという流れに違いない。

「どんな問い合わせだなんだよ。気狂いじゃないか確かめろとでも?」

 そう言うとスライは面白そうな顔をした。

「お前がアーレイドの術師だと言うことで、この件はこの協会に丸投げされた。そして俺が担当という訳だ」

 スライは言った。

「で、お前は何をやらかしたんだ?」

「別に何も。ただ、ちょっと掴んだ話があってさ。エディスンに関わりがあるかもしれないんで、向こうと縁のできたカーディルの領主に連絡を頼んだんだ。直接、向こうの魔術師とやりとりはしたくなくて」

 エイルは細部を全く省いた説明をしたが、スライ導師はだいたいの意味合いを掴んだようだった。

「成程」

 スライはうなずいたが、続く言葉はエイルの予測とは異なった。

「お前はいったい、どんな師についてるんだ?」

「なっ」

 エイルは咳き込みそうになるのを堪えた。

「何か関係あるんすか、んなことが」

「いや、関係というのではないが」

 スライはじろじろとエイルを見る。

「掴んだ話とやらを伝える気はあるのに、相手を警戒して自分からは接触しない。何やら重要な話であるのに、相手を知らぬうちは危険を冒さない。高位の相手と〈心の声〉を交わせば全て読まれる危険性を考えた訳だな。そんなことを新米のお前が思いつくというのは、なかなか」

「俺は慎重な性質(たち)なんで」

 エイルはそう答えた。オルエンのことを隠そうというのではない。ただ、あれを師匠だなどとは言いたくないだけである。

「言っておこうか、エイル」

「何です」

 問い返したが、彼は何となくそれを聞きたくないような気がした。

「お前の魔力はいまは弱いが、とんでもなく化ける可能性を秘めてるぞ」

 エイルの顔は引きつった。

「魔力なんて、強まらないもんでしょうが。冗談、きついですよ」

「そんな冗談を言っても面白くないだろう。もちろん、魔力は強まったりしない」

 魔術師は学ぶことによって使える術を増やしたり、効率よく術を行使できるようになるが、どんな厳しい修行をしても「魔力が強くなる」ことはない。そんなことは駆け出しのエイルだってよく知っているくらい、魔術師の常識だ。

「だが、化ける。お前は、一見したところでは簡単な術を使うのにも頭痛に悩まされる魔術師だが」

「その通りですけど」

「何かを掴めば、思いもよらない成長をするだろう」

「掴みたくないです」

 若い魔術師の即答に年嵩の魔術師は笑った。

「嘘はいかんな、青少年。それともまだ自覚がないか。お前は、魔術師に向いてるよ」

 言われたエイルはものすごく嫌な顔をした。

「まあ、それはさておこうか。お前が選ぶ道だからな」

 そう言って導師は話題を戻した。

「問い合わせというのはだな、奇妙なもので」

 スライはにやりと片頬をゆがめた。

「まず、それは本当に魔術師なのかと。──神官ではないのか、とな」

「はあ?」

 エイルは眉をひそめた。魔術師だから魔術師協会を使う。神官なら、神殿を使うだろうに。

「それって、宮廷魔術師当人からきてる問い合わせなのか?」

「そこまでは判らん。神官に心当たりでもあったのかもしれんが、協会にする問い合わせにしては奇妙だろう」

 スライは楽しそうに笑った。

「それからだな」

 導師は続ける。

「お前と会って話がしたいとさ」

「……直接的にきたね」

 エイルは真顔を作った。

「それはちょっと、遠慮したいとこだ」

「向こうはお前が警戒していることに気づいている。だが向こうとしてもお前を全面的に信じる訳にもいかん、と。話の確認をしたいのだろう」

「でも俺は、宮廷魔術師やれるほどの術師と張り合えやしませんよ!」

 エイルが悲鳴のような声をあげれば、スライは片手を上げる。

「心配するな。まず、宮廷魔術師が直接って訳じゃない。会うのは使いの使いくらいだから、印をひとつ切ってお前から全部聞き出すようなことはできんだろう」

「そういうの、希望的観測ってんですよ、導師」

「かもしれん」

 スライは笑った。

「それからもうひとつ。俺がついていてやる」

「は?」

 エイルは意味が判らなかった。

会見(・・)の手はずは協会が整えてやると言ってるんだ。おかしな魔術を使えないようにしてな」

 スライは片眉を上げてつけ加えた。

「術を使えないのはお前もだぞ、エイル」

 もちろん彼の方には相手を騙す気などない。エイルはうなずくと感謝の仕草をした。そうしてもらえるのならば、最上である。


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