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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第2話 王子殿下の一計 第1章

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04 魔術師協会

「いったい、今度は何に忙しく飛び回っているの?」

 シュアラの問いに、エイルは頭をかいた。

「話ができるくらいには何の整理もついてなくてさ。いずれ、けりがついたら話すよ」

 その説明は王女殿下の気に入ったとは言えないようだったが、シュアラは文句を言うことをしなかった。エイルが話すと言ったらいずれ話すのだ、と思ってくれたのだろう。何しろ彼は〈変異〉の年に起きた物語のような不思議な話をシュアラにしているのだから。

 ――もちろん、話したくない細部は話さなかったし、「アーレイドの王女」の耳に入れるべきではないと思ったことは話さなかったから、エイルとしては何とも不完全な物語しか話せていない。だが、シュアラとしては満足したらしかった。

「エイル」

 王女殿下の「ご機嫌を取って」、シュアラの部屋を退出したエイルは、彼を追うようにファドックも下がってきたことに驚いた。

「何です、ファドック様」

「尋ねたいことがある」

「何でしょう」

 エイルは首を傾げた。ファドックが彼に何かを尋ねたいなどは珍しい。

「危険なことに関わっているのではないだろうな」

 ファドックの口調は、まるで天気の話でもするかのように淡々としていたが、明確な答えを要求していた。彼は目をしばたたく。

「えっと、その」

 たいていの相手にならば、何を言い出すんだ、とか、意味が判らない、とか、いくらでも適当にごまかすが、ファドック・ソレスとゼレット・カーディルにだけはどんなごまかしも利かない。

「危険なことにはならないと思います。たぶん」

「たぶん」

 ファドックは繰り返した。

「いいか。無茶な真似だけはするなよ」

「しませんって。そういうことするのは、むしろファドック様じゃないですか」

 言いながらエイルは、つい前日、これと同じようなやりとりをしたことを思いだす。

 どうして彼らはこんなに似た反応をするのだろう、と言うより、いまでも彼らがよく似た反応をすることがエイルには少し不思議だった。

 だいたい、概要を話したゼレットならともかく、何も話していないファドックが何故、そのような危惧をするものか。護衛騎士にして近衛隊長である男は、守ろうと手を伸ばす範囲が広すぎるのだ、とエイルは思った。

「私に手助けできることがあれば、言うようにな」

「そうさせてもらいます。でも」

 青年は頭をかいた。

「ないと思いますよ」

 そのあっさりとした回答に、騎士は苦笑した。

 二年前の〈変異〉の年、ファドックはエイルのせいで大した迷惑を被った――とは、騎士は決して言わないが――のである。正直なところを言えば、誰か手を貸してくれる人間が隣にいてくれるとしたら、ファドックがいちばん頼りになると思っている。だがエイルとしては、二度とファドックを魔術の絡んだ話に巻き込みたくない。

 かつてシュアラの護衛騎士という称号だけでいた男は、いまやアーレイド王家と自らの家族をも守る使命を負うのだ。エイルの問題などに関わらせる訳にはいかない。

(それに第一、危ない話になんか、ならないんだから)

(……たぶん)

 エイルはそのまま使用人用の下食堂に顔を出し、早めの昼飯を取った。

 ユファスが抜けた直後の厨房はかなり混乱をしていたようだったが、近頃はどうにか落ち着いたらしい。

 料理長のトルスは熟練の料理人(テイリー)が去ることを自ら認めたくせに、何かの折りがあればユファスを罵倒した。と言っても、その罵りのなかには「帰ってきたらただじゃ済まさん」という台詞が多かったから、つまりは「さっさと帰ってこい」ということで、料理長は自分が育てた料理人が必ず帰ってくると信頼しているのだった。

 手伝いもせずに呑気に飯だけ食って帰るところをトルスに見られると厄介なので――罵りも呪いも本気ではないはずだが、仕事中のトルスの怒声は本気にしか聞こえない――エイルは懐かしい飯をこっそり楽しんで、こっそり城を出た。

 食休みを兼ねて母を訪れ、〈塔〉に戻ってピラータへ跳ぼうか、と考えていたエイルは、そこで「計画」を崩されることになる。

 はっとなってきょろきょろと周囲を見回してしまったのは、いくら駆け出しとは言え、魔術師としては何とも情けない。

 エイルは咳払いなどすると、何でもないように歩を進め、街のとある一角へと向かった。

 魔術師協会(リート・ディル)。そこから「エイル術師」を呼ぶ声がしたのだ。

 これは、珍しい。滅多にあることではない。はっきり言えば、初めての経験だ。

「何か用?」

 魔術師協会。

 かつてはこの「魔術的な空間」を嫌がったこともあるが、いまはもう慣れたものだ。もっとも、あまり訪れることはなかったが。

「用、とは?」

 受付係に相当する術師は、魔術師同士の挨拶の仕草をしながら問うた。エイルもそれを返す。こんなものを覚えることになるとは、二年前までは冗談にも思わなかった。

「誰かよく判らなかったけど。呼ばれたみたいだから。ダウ導師(セラス・ダウ)かな」

 エイルは、大先輩の兄弟子の名を口にした。

 彼に魔術の基礎を教えたのは、いまは亡きリック導師である。エイルがユファスに手渡した、オルエン曰く「エイルと非常に相性のいい」赤い翡翠の魔除け飾りを遺したのはリックだった。

 ダウはリックの弟子のひとりで、いささか堅苦しいところがエイルの趣味には合わなかったけれど、次期協会長の呼び声も高い優秀な導師である。

「少々お待ちを」

 術師はそう言うと、魔術の空間から帳面のようなものを引っ張り出してめくった。

「ああ、スライ導師(セラス・スライ)ですね。緊急のお話があるみたいですよ」

「緊急? スライ師が、俺に? 何さ」

「さあ。私は存じません」

 当たり前と言えば当たり前のことを返され、エイルは肩をすくめると奥へ進もうとした。

「エイル術師」

 それをとめるように、術師の声がする。何だよ、とばかりに片眉を上げ、エイルは気づいた。

「悪い。忘れてた」

「珍しいですよ、あなたのような人も」

 魔術師(リート)が黒いローブを着るというのは決まりごとではなく、ただの慣習だ。

 それは魔術師の正装ともなったが、「魔術師です」と宣伝して歩くようなものだから、彼らを怖れる民びとからは忌まれ、避けられる傾向があった。

 そうしたこともあり、黒ローブの着用は義務ではなかったが、ひとつだけ規則がある。つまり、協会内に入るときは身につけていなければならないのだ。


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