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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第1話 砂漠の魔物 第4章

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11 風が吹く砂地へ

「な」

 エイルは目を見開いた。

「何でだよ!?」

 それには答えないで、首を捻る。エイルは唸った。〈塔〉は笑う。

「ちょうどよいではないか。その子に、鳥になってオルエンを捜してこいと言えばよい」

「んなこと、できんのかよ?」

 胡乱そうな声は〈塔〉に向けて尋ねられたものだったが、子供の方がすぐにうなずいた。

「おいおい、気軽にうなずくけどさ、相手は普通の人間じゃないんだ。お前がどうにかして誰かを捜し出す力があるとしても、あの爺さんは尋常じゃない」

 エイルは真剣に言ってみたが、子供は首を捻る。

「試してみればよいだろう。オルエンもそういった変わりものが好きだ。近くを飛んでいれば目をとめるだろう。まして、自分を捜しているとなれば」

「俺は、好きで拾ってきたんじゃないぞ」

 そう言いながらエイルは子供を見た。子供は真顔で彼を見返す。

「あー、ええと」

 エイルは頭をかいて、どうしようかと考えた。子供はとてとてと青年に近寄ると、その小さな両手を彼に向ける。

「何だよ?」

 手を取れ、と言うのだろうか、と彼はかがみこんだ。

「前の主のことを思い浮かべてみろ。それと、ここにきてもらいたいのならば私のことを考えろ。それで、伝わるだろう」

「オルエンとお前のことを考えろって? あんまり楽しくないな」

 エイルは顔をしかめたが、子供と〈塔〉の言う通りにしてみることにした。実際には子供の方は、一言も「言って」はいないが。

 彼は小さな子供の手を取る。まるで人間の子供のように体温は高く、小さくて、やわらかい。

 不思議だな、と思うと首を振られた。

「余計なことを考えるな、というのだ」

 〈塔〉が通訳した。

「判ったよ」

 エイルは深呼吸をすると、何となく目を閉じた。

 オルエン。見た目には、嫌味なほどに整った顔立ちの美青年。本人のものではない肉体がどうやって鼓動をしているものか。あれほどの魔術師ならばたいていのことは可能にするのだろうけれど、エイルにはその理屈さえ見当がつかない。

 肉体はともかく、その魂とでも言うようなものは、やはり想像もつかない長年を生きているらしい。

 どういう育ち方をしたものか、その知識は魔力と同様に膨大で、オルエンを「師匠」とできるのは――望んだことではないが――何とも稀少なことでは、ある。

 その口からは、皮肉としか取れない言葉がぽんぽん出てくる。だがそれは的を射ていることが多く、エイルはろくに言い返せない。

 時折、思い出したように「弟子」を訪れ、話をしたり、酒を飲んだり、指導をしたり、「宿題」を残したりして帰っていく。

 どこへ帰るのかは知らない。どんな暮らしをしているのかも。

 そして〈塔〉。

 彼が逃げ場所を求めたときに声をかけ、この砂漠の真っ只中まで連れてきた。

 どうやらオルエンの「制作物」で、どうやってか、喋る。意思のようなものがある。魂と言うのだろうか、よく判らない。

 エイルを「主」と呼び、オルエンを「前の主」とする。

 アーレイドのような西方に向かうには、〈塔〉の力が必要だ。彼の魔力だけでは、そのような遠距離を飛ぶことはできない。

 オルエンと過ごしていたためか魔術の知識はなかなかに豊富で、エイルはよく助言を受ける。建物に助言を受けるというのは妙なものだったが、近頃はすっかり慣れてしまった。

 エイルは目を開ける。

 にこり、と子供が笑う。

 小さな手がさっと離された。

「おい」

 エイルが言うと、子供は笑ったままでうなずき――そのまま両手を上げると、〈塔〉の壁と同じ色をした小鳥が現れた。

(成程)

(砂漠では砂の色、南方では雪景色の色、か)

 ミンの話と自身が見た白い羽根を思い出してエイルが考えたときは、小鳥はばたばたと羽ばたいていた。青年ははたとなる。

 〈塔〉にあるのははめ殺しの窓ばかりで――城で見られるような硝子と似ていたが、異なるようだった。その素材はいまだに不明だ――開閉はできない。通風口のようなものもあるが、制作者曰く「空気が通っても熱は通らない」仕組みになっているとのことだった。それが何かの仕掛けなのか魔術なのかも知らなかったが、どちらにしても小鳥を通してやれる場所ではない。

 エイルが小鳥を外に出そうとすれば、上階の見晴らし台を除いては唯一の出入り口である重い扉を開けに行くしかない。

 従って青年は扉を開けに向かい、そこで少し躊躇った。

「本当に平気か? ここは……ウーレのいた大河の近くとは違う、砂漠の真っ只中なんだが」

 小鳥がうなずいたのかどうかはよく判らなかった。

「平気だ」

 代わりに答えたのは〈塔〉である。

「試してみるがいい、主よ」

 エイルとしては半信半疑であったが、鳥はできないことはできないと言うのではないか――正確には、言わないが――との確信が、不思議と浮かんできた。

 彼は扉に向かうと体重をかけて重いそれを開けた。

 そこには、西方に沈み行く太陽(リィキア)が、怖くなるほど美しい夕映えを作り出していた。

 この塔にやってこようとする存在があれば砂嵐が秘密を守るが、内側から出るときはもちろん守りは不要であるから、晴れた日には想像を絶する光景が広がることになる。

 砂ばかりの大地を燃えるように染める夕陽。

 エイルはその眩さに目を細めた。

 天頂にあるときと違って、目を向ければ痛いというようなことはない。

 だが、眩しい。

 それは、瞳よりも心に。

 小鳥は軽い羽音を立てながら灼熱の風が吹く砂地へ飛び出た。エイルは不思議な気持ちでそれを見る。灰色の羽根は、さあっと音を立てて――現実には音など立っていないが、エイルにはそんなふうに感じられた――太陽(リィキア)に光り輝く砂と同じ色になった。

 小さな鳥はあっという間にもっと小さくなり、眩しさに目を細めるエイルの視界から消えてゆく。

 それが見えなくなってからも、エイルはしばらくその場に立っていた。

 数(ティム)後、砂風が吹き込むからいい加減に閉めてくれ、と〈塔〉が文句を言うまで。


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