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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第1話 砂漠の魔物 第4章

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10 何か意見は

 大きな音を立てて重い扉を閉めると、エイルはぎゅっと〈塔〉を――ここにしようと定めている一点を――睨みつけた。

「おいっ、オルエンはどこだ」

「知らぬ」

「知らぬで済ますなっ」

「では、判らぬ」

「言い換えて済ますな。ってか、嘘をつくな。お前は絶対、知ってるはずだ」

「何故だ」

 〈塔〉はエイルの剣幕を面白がるような声で言った。

「私が主であるお前に嘘をつく? 何故そのようなことを思う」

「そりゃ、お前の真の主は俺じゃなくてオルエンだからさ」

 別にそれはよい。判っていることだ。〈塔〉を作ったのはオルエンなのである。

 いくらオルエンがエイルに主の座を譲ると言っても、〈塔〉がエイルを主として認めると言っても、それらの言葉が何の含みも企みもない本心から出ているものであっても、やはり〈塔〉の真の主はオルエンだ。

 それは、よい。それでかまわない。エイル青年には所有欲もあまりなかったが、支配欲のようなものもなかった。

「ことは、俺の修行だけじゃ済まないんだ。紛い物を売る商人に、業火の神官。エディスン王家、風具、それにユファスとティルドのことだってある。首飾りだ。オルエンは、自分には関係ないとか言うだろうし、手伝えとは言わない。ただ」

 エイルは言葉を切ると頭をかきむしった。これは、あまり言いたくない。だが言わなくてはならない。

「頼むから、手を貸してくれって、伝えてくれ」

「それはなかなか、面白そうだが」

 〈塔〉はエイルがどれだけそういうことを言いたくないかよく知っていたので、本当に面白そうに言った。

「よく考えろ、エイル。オルエンが、わざわざ私に行き先などを告げて出かけると思うのか? このような石造りの塔に呼ばれて、自分のしていることを――何でもよい、何かの研究だろうと、食事だろうと、昼寝だろうと、邪魔されることを望むと思うか? 私は本当に知らないのだ」

「でも」

 エイルは、その説得力に押されかけたが、引かずに続けた。

「何か、見当はつくだろ。この辺にいるとか、こうすれば連絡が取れるとか」

「生憎だが」

 〈塔〉に人間のような姿形があれば、少しため息をついて首を横に振ったところだろう。

「済まぬな、主よ」

「――まじかよ」

 エイルは石の床にへたり込むように座った。

「それはともかく」

 〈塔〉は咳払いをして――どうやるのか、謎だ――言った。

「何故、またその子供といるのだ?」

「それは、俺もものすごく訊きたい」

 以前よりも大きくなった子供は、過日は寝転がっていただけだったが、今回はおぼつかない足取りでぱたぱたと石の床を歩き回っている。

 幼児の服などは手持ちがないので――当たり前である――裸のままだ。病の精霊(フォイル)に憑かれるのではないか、というような心配はおそらく、要らないだろう。

「鳥になったらしい、って話はしたろ。それで、鳥のままで俺んとこにきた」

「惚れられたのか」

「ゼレット様と同じこと、言うな」

 エイルは嘆息混じりに言った。

「お前は何かこういうの、知らないのか。話はしたけど、聞くのと見るのとじゃ」

 どうやって見るのかはやっぱり判らない。

「違うだろ。何か意見は」

「そうだな」

 〈塔〉は考えるかのように少し沈黙した。

「その子供がどういう種族であるのかは判らないが、もしかしたらお前の役に立つやもしれんぞ」

「いまのとこ、困った荷物にしかなっていないようだけど」

 エイルが言うと子供が振り返り、不満そうな顔をした。

「何だよ、本当のことなんだから仕方ないだろ」

「役に立てる、と言っているのだろう」

「だから、どうやってさ」

「推測だが、前の主がそういうものを使っていたのを見たことがある」

 〈塔〉の言葉の意味はエイルには計りかねた。

「使うって、何だ」

「魔術師ならば、たまにいるだろう。使い魔、というものだ」

「はあっ?」

 知らない訳ではない。見たこともある。魔術と相性のいい獣を魔術の制約で縛って、文字通り、使いをさせる。手紙を運ばせたり、見張りをさせたり、そう言う「使い」だ。

 使う魔術師はそう多くはないが、珍しいと言い立てるほどでもない。(ミィ)(ビルク)などは魔術と相性がよく、もともと獣として賢いから、仕込むのも楽であるらしい。(クラー)などはどこにでも入り込めるが、理解できることが少ないのであまり役に立たないと聞く。どうやって意思の疎通を図るのかエイルには想像がつかないが、蜘蛛(フェデス)を使い魔にする魔術師もいるとか。

 (テュラス)などは仕込めば言うことを聞くかと思えば、意外に向かないらしい。魔術の制約をはね除けて自分が主人と認めた相手に忠誠心を抱くから、ということだ。たとえ魔術師の飼い犬が手紙を届ける芸は覚えても、魔力の命令には従わないのだとか、そんな話ならば聞いたことがあるし本でも読んだ。

 だが、それらは、普通の獣の話だ。

 魔物を使い魔にするという話は、聞いたことがない。

「陣や呪文をもって言うことを聞かせなくても、その子供と言おうか、鳥と言おうか、とにかくそれはお前の言うことを聞くのだろう」

「どうかな。ゼレット様に見せたくないから鳥に戻ってくれとか、魔術の移動に鳥じゃ耐えられないかもしれないから子供に戻ってくれとか、そういう頼みは聞いたけど、俺の言うことを聞くって訳でもないんじゃないかな」

 子供に視線を移すと、子供はふるふると――首を振った。

「は?」

「もう一度、尋ねてみろ」

 〈塔〉の言葉に、エイルは半信半疑で声を出した。

「……お前、俺の言うこと、聞くの?」

 こくん、と子供はうなずく。


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