09 判っちゃいたけど
借りた小部屋にあった椅子にエイルが腰掛けると、小鳥はその肩から飛び降りた。
しかし逃げようとか、そういう様子ではない。卓の上をちょんちょんと歩いたり、ちょっと室内を飛び回ってまるで観察をしているかのようだ。
「おい」
思わずエイルは話しかけるようにした。
「何なんだ、お前は」
鳥は言葉が判ったかのように、くいっと首を傾げると、エイルの隣に戻ってきた。
その瞬間、エイルは心臓が爆発するかと思った。
小鳥が椅子に乗ったままでぱたぱたと羽ばたくようにすると、突然――それが、二、三歳ほどの人間の子供になったからである。
「お、おまっ」
子供は、鳥であったときと同じようにぱちぱちと目を瞬きながらエイルを見た。
「なっ、何で。ミロンのとこから飛んで逃げたんだろ。それに、ミンは砂の色の羽根をしてたって」
エイルは混乱しながら言った。
返事は、ない。
子供は、〈塔〉にいたときと同じように泣きもしなければ、言葉を覚える前の幼児がやるような意味のない声も出さない。
それはエイルが砂漠の魔物から拾い上げたのと同じ子供というか、同じ鳥というか、とにかく同じ生き物であるようだった。
少なくともエイルはそう思った。砂漠の首飾り同様、こんな生き物が二匹も三匹も――ふたりも三人も、と言うのだろうか――彼の周りに現れてはたまらないというのもある。
鳥についてはエイルは見ていないし、幼児の顔もそんなに区別がつくとは言えない。しかも、怖ろしいことにそれは以前に見たときより一歳分くらい大きくなっているようだった。
だが、それでもあれと同じ生き物、同じ個体であることに確信があった。あまり抱きたくない確信だが。
「何で……俺んとこくるんだよ……」
エイルは泣きたい気持ちになった。何だか知らないが飛んでいってくれたのなら助かったと思っていたのに、わざわざ、それもこんな南方で、彼のもとに帰ってこなくてもいいではないか。
「あー、お前」
エイルは気を取り直すと、軽く咳払いをした。
「もしかして俺の言葉、判るのか?」
ちょっと馬鹿みたいだなと思いながらエイルは言った。しかし、裸の子供はこくん、とうなずく。エイルは少し驚いたが、魔物であればそれも当然なのかもしれない。
「ええと、鳥のときでも?」
こくん。
「まさかと思うけど、カーディルで飼われてたのか?」
ふるふる。
「んじゃ、俺を追ってきたとか?」
こくん。
「それで、俺についてくる気?」
こくん。
「参った」
エイルは天を仰ぐ。
「何でだ?……って疑問には答えてもらえそうもないな」
案の定、子供は首を傾げるだけである。
「言うことが判るんなら、喋ってもいいじゃないか」
また、首は傾げられた。こうしていても鳥みたいだ。
「俺は塔に帰らなきゃならないんだけど。覚えてるか、〈塔〉」
こくん。
「仕方ないな。悪いけど、また鳥になってもらえるか? ゼレット様たちに見られたら大騒ぎだ」
ゼレットは、たとえ男が女に変わろうとちっとも気にしないくらいの、よく言えば懐の広い、悪く言えば何を考えているのか、いや、そもそも何かを考えているのかよく判らない人間であったが、鳥が幼児に変わるとなればどうだろうか。化け物と斬りかかるようなことはないにしても、気持ちよく受け入れてはくれない気がした。
子供はまたうなずくと小さな両手を万歳するように上げた。と思うと、白い鳥が姿を見せる。
「魔術、のようだけど、ちょっと違うような気も」
エイルは呟いた。
「判っちゃいたけど、魔物、ってやつなんだなあ、お前。邪悪な感じは少なくともいまのとこはしないけどさ、何で俺に懐く訳? いくら鳥だからって〈初覚え〉でもないだろ?」
孵ったばかりの雛は、最初に目にした動くものを親だと思ってついていく〈初覚え〉という習性を持つと聞いたことがあるが、魔物の鳥でも同じなのだろうか。
もちろん、小鳥は何も答えない。
エイルは嘆息をして、飼い主など見つからないと言うことをゼレットにどう説明したら、「そんなに俺が嫌なのか」と言われずに館を出られるか考え出した。




