07 無茶はせんと誓え
「神殿はどうだ。物語などでは、呪いは神官や神父が解くものだろう」
「確かに、修行を積んだ神官にはその類の力がつくこともあるみたいです。でも、どの神様が適するのか俺には見当がつかない。ゼレット様はつきますか」
「つかんな」
ゼレットは簡単に言った。エイルは息を吐く。
「あっちこっちの神殿をたらい回しになる間、呪いが発動しても困ります」
「先に相談すればよいではないか」
「現物を持ってこいって言われるに決まってますよ。俺なら言う」
「ううむ」
ゼレットは口髭を撫でた。
「だが俺は、何か判ればエディスンの宮廷魔術師に連絡をするとヴェルフレスト殿下にお約束した。お前から話を聞くことができればと思ったのだが、報せれば都合が悪いか」
「そんなことないです」
エイルは言った。
「秘密にしてくださいとは言ってません。寄越せと言われてもそうする訳にはいきませんけど、その宮廷魔術師がある程度以上まともな人なら、俺の言う意味は判ってくれるはずです」
「まともでなければ、どうする」
ゼレットは心配そうに尋ねた。
「そのときは、俺が逃げ隠れるしかないでしょうね」
エイルは肩をすくめた。
「まあ、俺にはいい隠れ場所がありますから、そんなことになっても大丈夫ですけど」
そう答えてからエイルは、業火の神官と大都市の宮廷魔術師と、両方から逃げ隠れしなければならなくなったらさすがに面倒だな、と思った。
「砂漠のことか。魔術師が相手でも、隠れられるのか」
「相手がどこかの〈魔術都市〉の王族級でなけりゃ、大丈夫です」
青年の答えに伯爵は唸った。
「それは、安心材料には思えぬが」
「あんなのそうそういませんよ。平気ですって」
エイルは気軽に手を振った。
「シーヴの件も緊急、エディスンの方も緊急ですかね。参ったな、俺だけじゃきついや」
「お前のためになるならば、俺は何でも協力するが」
たいていの場合は礼儀の上で発せられるような言葉だが、ゼレットは本気のようだった。だがエイルは首を振る。
「有難いですけど、ゼレット様には何もできませんよ」
「つれないことを言う」
「あのですね。つれなくしようとしてる訳じゃありません。魔術に関わりたいんですか」
「可能な限り、もう二度とご免だ」
「でしょう。俺と違ってそれが可能なんだからわざわざ関わらんでください」
「それをつれないと言うのだ。そんなに俺が嫌か」
「あのですね」
エイルは嘆息した。ゼレットと話をしていると話が道筋から逸れる。
「ゼレット様のために言ってるんです。判ってるくせにいちいち言わすのはやめてください」
「よいではないか」
伯爵はにっこりと言った。
「俺はお前にそう言ってほしいのだ」
満足そうにゼレットが言うと、エイルは脱力する。つきあいきれない。
「エディスンに伝言を送るなら、商人のことも伝えてもらった方がいいかな。魔物の話を追う必要はもうないし、場合によっちゃその男は危険ですから。近寄らない方がいい」
エイルは気を取り直してそう言った。
「危険だと」
ゼレットは眉をひそめた。
「紛い物を扱うと言っても、ただの商人ではないのか」
「まあ、そいつ自身がすごい戦士だったり魔術師だったりはしないと思いますけど、裏にいるのが気になる」
「裏、とは何だ」
ゼレットは何の気もないように繰り返したが、エイルは引っかかるものかと口を曲げた。
「これ以上は言いません。ゼレット様の興味まで引きたくないですよ、俺は。シーヴだけで手いっぱいなんだ」
「危険なことなのか」
ゼレットは繰り返した。エイルは唇を歪める。
「言いませんってば」
「それは、危険だと言うことだな」
ゼレットはエイルが口にしないことを簡単に読み、読まれた青年は唸り声を上げた。
相手はひとりではない。
もしかしたらと思ってはいたけれど、「砂漠の魔物」の話で箔をつけて「東国の商品」を売る男の名をふたり分も聞いたのだ。
相手はおそらく何らかの組織だ。安価で偽物を造って不当な高値で売る、性質の悪い裏商人の団体か何かだ。
その「本拠地」があるというレギスはエディスン領でもウェレス領でもないから、「王子」や「男爵」が何かをするのは難しいだろう。
それを言ったらもちろんシャムレイ領でもなくて、王子だろうと伯爵だろうと何かをするのは難しいと思うが、害を被っているのは「東国」なのだから、シーヴが動くのには理由がある。当人が動かなくてもよいだろう、とはやはり思うが。
エイルはゼレットを通して、エディスン王子殿下とタジャス男爵閣下にツーリーとやらを追うことをやめてもらおうと思った。彼らが追うのは紛い物を扱う商人ではなく、砂漠の魔物について知っている男――つまり彼らは魔物と首飾りの話を聞きたいのだから、その件ならばもうエイルが片づけている。
「そうですね、エディスンには、砂漠の魔物はもういないとでも……首飾りは、とある魔術師が持っているとでも言ってくれれば」
「とある魔術師」は苦い笑いを浮かべて言った。
「そんなもんで充分じゃないかな」
「手を出すなと言われれば、俺にはどうしようもない。だがエイル」
伯爵は真剣に言った。
「決して、無茶な真似はするな」
「ソーンと同じこと言いますね。言っときますけど、かつて散々無茶をやってくれたのはゼレット様やシーヴですし、俺はゼレット様を助けたくらいですよ」
「否定はできんが」
ゼレットは続けた。
「今後、逆のことが起きないとも限らんだろう。俺はシーヴのようにお前の傍らにはいられん。お前に助けが必要なときに、隣にいられん。これは、なかなか悔しいのだぞ」
「お気持ちは有難いですけど」
エイルは困惑したように言った。
「助けが必要になることなんて、ないと思いますよ。たぶん」
「たぶん」
ゼレットは繰り返すと、じろりとエイルを見た。
「無茶はせんと誓え」
言われたエイルは苦笑した。どこかで聞いたような台詞だ。
「それは俺がシーヴに言ったんですけどね」
「お前が誰に言おうと知ったことか。俺がいま、お前に言っているのだ」
「……なるべく努力します」
それが青年の回答だった。ゼレットは納得したとは言えないようだったが、文句は差し挟まなかった。




