06 面白かないですよ
「それでエイル。俺はお前に、何か砂漠で話を知らないかと聞こうと考えたのだ」
伯爵は締めくくるように言った。
「次にお前がきたとき、簡単には逃げ帰れぬ口実によいと思ってな」
「口実ってのは普通、それを使う当人にはばらさないもんですね」
エイルは指摘したが、ゼレットは平然としたものだ。
「細かいことは気にするな」
「……ゼレット様相手のときは、それがいちばんだと思いますよ」
細かいことは気にしないようにしよう、とエイルは自分に言い聞かせた。
ともあれ、口実だろうと何だろうと、ゼレットは砂漠についての出来事をエイルに聞こうとしたと言う。
魔術的なことを好かないゼレットならば「砂漠のただ中にある伝説の塔に暮らしている」というような話など嫌がられるか一笑に付されてもおかしくない。いや、たいていの人間相手ならばそうだろう。
だが、ゼレットはエイルの言うことならばとそれを信じていた。そのことを思うと、有難い気持ちになる。
もっともエイル自身、ゼレットならば信じてくれると思ってその話をしていたのだ。突拍子がなさ過ぎて、誰にでも言える話ではない。
しかし、エイルが告げるのもゼレットが信じるのも愛の証であるかのように言われるのは少々嬉しくない。親愛、でとどめてはもらえないものか。
「ええと、あのですね」
青年は頭をかいた。どう話をしたらよいものか。
「結論から言いますと。その首飾りは、俺が持ってます」
まずはそう言った。
「……何」
ゼレットは目をしばたたいた。
「何と、言った」
「俺が持ってます、と言ったんです」
もう一度言いましょうか、とエイルは言った。いや、いい、と伯爵は答えた。
「何て言うか、俺は、まあいろいろあって、その魔物が死んだところに行き合わせたんです。ご推察の通り、ってんですかね。魔物が歌を歌っていたのではなく、身につけていた首飾りが風に鳴っていました」
エイルは嘆息した。
「ところがその音色には呪いのようなものがあって、それを聞くとどうしても首飾りが欲しくなるんです。持っている相手を殺しても。あ、言っときますけど、俺がそれほしさに魔物を殺したんじゃないですよ、たまたまです」
少し慌ててエイルは言う。
「呪いの首飾り。タジャスの伝説の通りですね」
とある悲劇の後――それが何なのかは判らないらしい――首飾りの所有を巡って、血で血を洗うような醜く怖ろしい争いが起き、それは「呪いの首飾り」と呼ばれるようになった。見かねた賢者がそれを砂漠に捨てた。
悲劇。血で血を洗うような。
エイルの脳裏に、赤黒い模様が蘇る。だが彼はそれを口にしなかった。言えば不吉なことを招きそうな気がする。
それは、何とも曖昧な感覚であったが、少年であった頃ならともかく、最近のエイルはそう言ったものを重視するようになっていた。
そのようなものを覚えなくても、「血痕のような赤黒い模様」などを話せばゼレットは追及してくるだろうから、何も説明できない現状ではやはり伏せたかもしれないが。
「伝説ではなく、記録だそうだ」
ゼレットは正すように言ったが、どこか呆然としていた。
伯爵はこの手の話が好きではない。「物語」であればともかく「事実」だというのが好みではないようだ。
この「結論」はあまりに唐突なのだろう。ゼレットが聞いた「物語」めいた話をエイルはいきなり「現実」にしたのだ。
「無闇に持ち歩くのは危ないと思ったんで、塔のなかに置いてあります。あそこなら風も吹かないし」
エイルは続けたが、ゼレットの耳には届いていないようだった。
「お前が、持っていると」
「そうです」
ゼレットの反応が鈍いので、エイルは思わずにやりとした。いつも彼をからかうゼレットが呆然としているところを見るのは、なかなか気分がいい。
だが、それどころではないのだったと思い出すと、エイルは首を振って気持ちを入れ替える。
「エディスンか」
青年は思い出すように視線を上に向けた。
「俺はね、ゼレット様。その王子様と同じことをやってる人間……つまり、エディスンの王様の命令で〈風読みの冠〉を探す兄弟を手伝おうと思ってたんです」
ゼレットが首を傾げるので、兄貴の方と友人なんです、とエイルは説明した。
「首飾りに行き合ったのは偶然で、最初は関係があるなんて思わなかった。でも話を思い返して、関わりがある可能性を考え、念のためにソーンに話を聞いてから必要そうならエディスンに行ってみるつもりでした。だけど」
エイルは嘆息した。
「ややこしいんですけど、俺は『東の品を扱う』商人も追いかけてるんです。正確に言えば追ってるのは俺じゃなくて、シーヴなんですが」
「それは、懐かしい名前を聞くが」
伯爵は額を押さえるようにした。
「商人を追っている? 何故だ。彼は東国の男だろう。東国の商品に興味はなかろうし、砂漠の魔物の噂を知りたければ、西よりも東に向かった方が早かろう」
「彼は、その、いつだったかゼレット様が推測したように、それなりの身分を持ってまして。『東国の商品』と偽って粗悪な品を売っている男を追ってます。名前が違うから同じ商人じゃないだろうけど、これだけ一致するなら仲間かもしれない」
「何と」
ゼレットは首を振った。
「その商品は、タジャスではなかなかに評判がよかったそうだが」
「さあ、その辺りは知りませんよ。うまくできた商品もあるのかもしれないし、もしかしたらただの偶然で、関係ないのかも」
エイルは心にもないことを言い、それを見破ったか、ゼレットは軽く睨んだ。
「ただシーヴは、彼の……暮らす町の品だと言って売られたものが劣悪であれば、町の評判が下がり、余所から隊商がこなくなって町が寂れることを警戒してます」
「それは、そうであろうな」
カーディルの領主は唸った。
「何だ。シーヴ青年はまるで領主のような考え方をするな」
ゼレットの言葉にエイルは嘆息した。
「領主なら、自分でそれを追いかけたりしないと思いますけどね」
「まあ、そうだな。俺はせん。俺より向く奴を使う」
「でしょうね」
「では彼はそれに『向く奴』か。専属の密偵のようなものか」
「密偵」
エイルは面白そうな顔をした。
「そんな緻密な仕事ができる奴じゃないですね。向いているかも、どうでしょう。俺はそうは思えませんけど本人はそう思ってるんじゃないですか」
「成程」
ゼレットは考えるようにした。
「では、お前は」
伯爵は真剣な顔になった。
「俺のもとには滅多にこぬくせに、シーヴ青年のもとにはそうして顔を出して、あまつさえその調査に協力しているというのか」
「……はっ?」
「つまり、お前は彼が大事な存在だが恋人ではないと言っておったが、恋人になったのか。ううむ、妬けるな」
「阿呆言わんでくださいっ」
エイルは怒鳴った。
「俺は恋人にするなら女の子がいいですっ。さっきも言ったばっかりですけどっ」
「たまには考え直してみてもよいではないか」
「結構です。第一、そういう話じゃなかったはずなんですけど」
エイルはもっともなことを言ったが、ゼレットは納得いかないと言うように首をゆっくり振った。
「シーヴんとこにだってそうしょっちゅう行ってる訳じゃないですよ。今回はたまたま……って、何でそんな言い訳しなきゃならんのですか」
エイルはゼレットを睨む。
「俺はこの符合に頭が痛いってのに、ゼレット様は全く平気なんですね」
「そうでもないぞ。面白く思っとる」
「面白かないですよ。あの首飾りが紛れもなくエディスンの王子様が探してるもんだとしても、それじゃどうぞと渡せやしません。あれを西に持ち出したら大変なことになる」
「ギーセスが呪いと言い、お前が所有欲を刺激されたと言う、それか」
「そうです。あれを巡って町中が争うくらいの力は確かにあると思いますね」
エイルはあの嫌な感覚を思い出して首を振った。
「タジャスが滅びなかったのが不思議なくらいですよ」
彼は、彼自身が所有欲に薄いことと、「ないよりはまし」程度であっても魔力を持つことで対抗できたのだ。そうでない人間には、きつい。
「かかってる呪いが魔術なら協会にでも持ち込んで解いてもらいますけど、あれはちょっとばかり違う」




