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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第1話 砂漠の魔物 第4章

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04 どこの殿下です

「あんまりからかっちゃ駄目ですよ、あいつ、真面目なんだから」

 エイルはソーンが心配になってそんなことを言った。

「お堅い儀式長官の息子だからなあ」

 ゼレットは口髭を撫でながら言った。

 ソーンはエイルが言ったように真面目で、女性に対する反応はゼレットの全く逆を行く。つまり、恋人や妻を作らずに女遊びをするなど、もってのほかと思っている。

 ゼレットは妻と死別しているが、再婚をする気配はないまま――女性執務官のミレインに求婚をしていることは話題だったが、ミレインはそれを伯爵の冗談とばかりに相手にしなかった――気軽に女に手を出すこと、甚だしい。いや、女ばかりでなく男にも手を出す。どうしてかエイルは気に入られ、たいそう困惑をしている。

 「お堅い」ソーンにしてみれば、女遊びどころか男遊びまでとなると理解の範疇外になるようだ。彼はいきなり義父となった男にエイル以上の困惑をし、いまでも相対すると「父と息子」ではなく「伯爵と一兵士」という調子になる。

 ゼレットはそれを咎めず、いまに慣れるだろうと言っていた。その言い方はエイルに西方のひとりの騎士を思い出させ、彼らは少しも似ていないのに、どうして言うことが似るのだろうと首を捻ったものだった。

「まあ、いまでは俺の息子ということになるが」

 ゼレットはにやりとして続けたが、エイルは不思議に思うところがあった。

「性格は正反対ですけど、どっか似てますよね、ゼレット様と」

 エイルは以前から思っていたことを口にする。

 この伯爵には――当然のことに――幾人か落とし胤がいるとの話だったが、母親たちが伯爵家などにやりたがらないということで、彼は息子や娘とともに暮らしていなかった。それが、いきなり他人を養子にすると聞いて驚き、会ってみれば似ているように見えて少し気になっていたのだ。

「まさか隠し子じゃないでしょうね」

 青年がそう言うと、伯爵は唇を歪めた。

「冗談はよせ。ソーンが聞いたら卒倒する」

 それは否定にも肯定にも取れたが、エイルはそれ以上の追及はやめておいた。万一にもそんな出生の秘密があったら、ソーンは、卒倒こそしないにしても相当落ち込むに決まっている。

「俺が死ねばカーディル領は誰か次に伯爵位を得たものが治める。それでよいと思っていたが」

 言いながらゼレットはエイルを見た。

「血筋はともかく、ちゃんと話を伝えておかねばならぬ後継が必要だ、と思ったからな」

「……えっと」

 エイルは目をしばたたいた。

「それって、もしかして」

そう(アレイス)。お前のためだ、エイル」

「俺は関係ありませんよ!……もう、あれ(・・)とは」

「そうか? だが、気になるだろう」

「まあ……なりますけど」

 渋々とエイルは認めた。

 〈変異〉の年に起きた出来事。それはもう彼とは関わりがないはずだったが、六十年後にまた訪れる〈変異〉のとき、また同じ輪が今度は何事もなく無事に回ればよいとは思っている。

「ミレインはなかなか俺の子を産むと言わぬし、ソーンの親父とはちょっと縁があってな。まあ、ちょうどよかったと言うところだ」

 ゼレットはそんな説明をすると、だが、と言った。

「歌を歌う魔物だったとは知らなかったな。知っていれば、殿下(カナン)にお話しできたのだが」

 戻った話題に、しかしエイルは首を傾げる。

「殿下って、どこの殿下です」

 ウェレスの王子ならば当事者なのだから、当然知っているだろう。面白くない話であるはずだから、蒸し返せば伯爵であろうとただでは済まないはずである。となるともちろん、ウェレスの殿下ではない。

エディ(・・・)スンだ(・・・)

 さらりと言われたエイルはむせそうになった。

「エ……エディスン?」

 彼の友人兄弟はエディスン王の命令で〈風読みの冠〉を探す。エイルの持つ首飾りはそれと何か関係があるのだろうかと考え出したところだった。だがまさか、ゼレットからその地名を聞くとは思っていなかったエイルは目を白黒させる。

「うむ。その殿下とは宮廷で一度お会いしたが、北に行ったら何故だか、とある男の館にいらっしゃった」

「それって、ご友人のところですか」

「違う」

 ゼレットは素早く否定した。

「ただの知人だ」

 伯爵は言い換え、エイルは一(リア)首を捻ったが、すぐに得心した。門番の言葉を思い出したのだ。

 ゼレットは、エイルには――お断りし申し上げたいくらい――素直に好意を示してくるが、友人を相手取ると却って皮肉の応酬をすることも多い。

「わざわざ冬のさなかに訪れていったのは、その人のとこじゃないんですか」

 そういうことなのだろうと思ってエイルが問うと、ゼレットはうなずく。

「まあ、病弱な男だからな。うっかり死んでいたら笑ってやるつもりでいたのだ」

 エイルはやはり納得をした。これは、相当に、親しい。

「無事に生き長らえておったが、これがまた奇妙な話を聞かされてな。そうだ、お前も何か知っているのではないかと思ったのだ」

「何をです」

 エイルは片眉を上げた。聞きたいような――聞きたくないような、気がした。

「それはだな……ああ、話せば長くなる。茶にしよう」

 ゼレットはそう言うと使用人に合図をした。

「やってきたのは実によいタイミングだ、エイル。そう、お前に聞きたいことがあるのだ。もちろん、会いたかったことが第一だが」

 その口調に危険な徴候を見て取って、エイルはぱっと逃れた。案の定、彼の肩を抱こうとしていたゼレットは、気づかれたことに残念そうな顔をした。


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