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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
終章 vol.3/3

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04 俺の、意志だ

「そのことがあってから、考えた。ランティムには魔術師協会がない。悪い魔法使い(・・・・・・)が何か企んでも、対応が遅れる」

「そんなの、そうそういないさ」

「万一に備えるのがよい領主というものだ」

 シーヴが返すと、エイルは反論できないようだった。

「そこで。専属魔術師とは言わん。貴重な意見をくれる、顧問が欲しい」

「何だって?」

 エイルは目をしばたたき、シーヴはにやりとした。

「魔術顧問だよ、エイル術師(・・・・・)。ときどきでいい、俺の相談に乗ってくれないか」

「――シーヴ」

 これは明らかに、全く思いがけない言葉であるようだった。実際のところを言えば、シーヴ自身、思いがけないというのが本音だ。正直、考えたことなど、なかった。いま、するりと出てきたこれは、言うなれば舌先三寸、嘘八百だ。

 だがこの言葉は、エイルの足をとめた。シーヴ自身は知らないことであるものの、「エイラ」を思い出しているのだろうというエイルの想像を裏切ることにも成功していた。

「できないよ」

 エイルは、首を振った。シーヴは言葉を探す。

「何もヴォイドの前でとうとうと魔術学を語れとは言ってない。ただ少し、俺に助言をくれたら、それだけで」

「できない」

 友は繰り返した。シーヴはまた、考える。

「……そりゃ、お前はアーレイド城に勤めてるって話だったが」

「それも、辞めた」

「何?」

 またしてもシーヴは驚かされた。

「辞めた? どうしてだ」

「いつ、それを放り出して、ほかの仕事……本業に携わらなくちゃならなくなるか、判らないんだ。ちゃんと辞めるのが、筋だと思った」

「本業」

 シーヴは繰り返す。

「魔術師業って意味じゃ……ないようだな」

「何でだよ」

 エイルはむっとしたように言った。

「俺が魔術師業に精を出しちゃ、おかしいか」

「いや、おかしくないが……いや、おかしいな」

「どっちだよ」

「おかしい」

 シーヴはそう、結論づけた。

「俺の知らない間に、お前が魔術への興味を深くしたんだとしても、おかしい。俺は納得しないね、エイル」

 首を振って彼は言った。

「俺自身の台詞を否定するようだが、お前は魔術師として精進するとしても、厨房の仕事も、剣の修行も続けたがる、そうでないとおかしい。それで俺に呆れられる、そうじゃないと、おかしいだろ」

「お前の言ってることの方がおかしいよ」

 エイルはもっともなことを言って、少し笑った。

「よし。では一歩譲って、俺がおかしいと認めよう」

 シーヴは片手を上げて言った。

「だがそうなると、やっぱりお前もおかしいんだぞ。魔術師としてやっていくならば、これくらいの規模の町で魔術顧問をやるのは都合がいいだろう。王女殿下付きほどの給金は出せないが」

(ラル)の心配なら要らないよ」

 エイルはそれを遮るように言った。

「たまに協会の仕事でもやれば糊口はしのげるし、魔術師ってのは黒ローブを着てさえいれば、下着に穴が開いてたってかまわないもんだ。つまり、服代もかからない」

「お前はそうでも、ラニタは」

「あいつは、魔物だ。人間みたいに飯は必要ない」

「服は、いるだろ」

 指摘するとエイルは目をしばたたいた。

「……まあ、確かに要るけど、鳥になってりゃ、要らないんだし」

「それなら鳥を使い魔にしろよ」

 シーヴは呆れたように言った。

「服がないから人間の姿を取れないなんて、変な話じゃないか」

「まあ、そうかも、しれないけど」

 エイルは困ったように言い、シーヴはいいぞと思った。

 友人が何を体験したにしても、それはあまりにも非日常、非現実的すぎることなのだ。彼は、それに対する現実的な心構えができていない。金の心配、などと言えばあまりに世俗的だが、現実に帰ってこさせるには非常にいい話題だ。

「だからって」

 エイルは首を振った。

「お前から給金もらうなんてぞっとしないな、シーヴ」

「そうか」

 シーヴは顎に手を当てた。

「よし、じゃあ、ヴォイドから受け取れ」

「そういう問題かっ」

 反射的と言った様子でエイルは叫び、自分で驚いたようだった。――いまのは先の笑みのような、何らかの判断によるものではない。

「参ったな」

 青年魔術師は言った。

「全部、変わっちまったと思った。俺の周りの世界が、全部。俺自身で変えたものもある。お前も、そうだと思ってたのに」

「俺が? お前に変えられたと?」

 シーヴは鼻を鳴らす。

「お前の言葉は契機ではあったが、それ以上のもんじゃない。俺は俺の意志でこの位置にいる」

「そうか」

 エイルは呟くように言った。

「お前の意志。そうだな。俺の、意志だ」

 ふっと魔術師の青年は顔を上げる。

「俺はさ、シーヴ。判ってた。判ってるつもりだった。自分で決めた、俺が選んだって。でも同時に、否定もしてたんだ。俺がこうしたかったんじゃない、こう――ありたかったんじゃ、ない」

 エイルは首を振った。

「否定してた。お前流に言や、逃げてた」

 静かな言葉――どこか告解に似ていた――にシーヴは言い訳めいたことを口にした。逃避などと責めるようなことを言ってすまなかった、というような。王子の友は首を振る。

「いいんだ。俺は、お前が見まいとしていた事実を突きつけた。悪いとは思ったけど」

「そのことについては感謝していると言ったろう」

それだ(レグル)

 エイルはうなずいた。

「お前は俺が見たくないと思ってて、でも見なきゃいけないものを突きつけてくれた。俺がしたのと同じように。そいで、お前がしたのと同じように、俺も感謝する」

 茶色い髪の青年は空を見上げ、黒髪の若者も倣った。

「腑に落ちたってのかな」

 自らの意志であること。エイルがそれについて言ったのは判った。だが、何を選択したのか、したと考えているのか、それは相変わらず判らなかった。

 しかしエイルの表情はどこか晴れたように見えた。

「話せて、よかった」

 エイルは言った。

「俺は悔やむし、悩むし、迷うだろう。でも、いいや、それで」

 青空を見たままでいた青年は、それから友人に視線を戻した。

「レ=ザラ様は? 順調でいらっしゃるのか?」

「ああ」

 不意にそれを問われたシーヴは少しはにかんだような笑みを見せた。

「それがだな」

 ランティム伯爵は咳払いをした。

「どうやら、双子の兆候がある」

「双子だって?」

 エイルは驚いた顔をした。

「不吉だという星占もあるらしいが、王家の長子であればともかく、田舎の伯爵家じゃ大した問題でもない。二倍の祝宴を開かなけりゃならんとしたら、財政には問題だがな」

 にやりとして、もうすぐ父親になる男は言った。エイルは嬉しそうに目を細める。

「おめでとう」

「そいつは生まれてから言う台詞だろう」

 返礼の仕草をしながらも、シーヴはそう指摘した。

「――言いにこられないかもしれないからさ」

 エイルはどこか寂しげに笑った。

「馬鹿を言うな」

 ぴしゃりとシーヴは言った。

「こい」

「努力は、する」

 そう言ったエイルは少し笑み、今度のそれに翳りは感じられなかった。シーヴは安堵する。


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