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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
終章 vol.2/3

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07 かくも偉大なり、定めの輪よ

 魔術師は塔の外を見透かすかのように目を細めた。

「首飾りの力。あれは魔術師協会と神殿に波瀾を呼ぶか。いや、風具に興味を持つ魔術師はいても、協会全体としてそのために団結することはなかろうな。その代わり」

 オルエンは言葉を切って、呟いた。

「〈魔術都市〉には、さまざまな変り種がおる」

「それが」

 〈塔〉はゆっくりと声を出す。

「ぬしの言う『エイルの道はレンと交わる』か」

「有り得る。だが判らぬ」

 レンの魔術師は苛々と手を振った。

「ただ、あれらは混沌を呼ぶ。呪いがあろうと、なかろうと」

 それはエディスンの〈星読み〉の術師と同じ見解であった。

「エイルが拾い上げねば、どうなっていたか」

「そうさせたのは、ぬしだろう」

 〈塔〉は指摘した。オルエンは片眉を上げる。

「かもしれん。だが、彼は従わずともよかったのだ。私はルファードと彼を出会わせたかもしれないが、首飾りとサラニタを拾ったのはエイルだ」

「エイルが聞けば、詭弁だと言おうぞ」

「かもしれん」

 繰り返してオルエンは少し笑った。

「だが、それが真実だ。そして気になるのは」

 そこで彼は声を落とした。

「フレウス・トルーヴ」

「ぬしの競争相手だった術師だな」

左様(アレイス)

「首飾りを砂漠に捨てたと言う」

「それだ」

 オルエンは指を一本立てた。

捨てた(・・・)。本当にあやつは、首飾りを捨てたのか」

「だからこそ、ルファードの手に渡ったのではないのか?」

「疑わしい」

 眉根をひそめて、トルーヴを知る男は言った。

「あやつは、首飾りに自身がもたらしたものを知ったはずだ。呪いを解く方法を自分でも見つけられず、諦めて、粉々に打ち砕くでもなく――捨てた?」

 オルエンは首を振る。

「危険なものであることは判っていただろう。精霊師(ケルエト)の道具に、精霊師にして魔術師である自身の力が入り込み、この上なくややこしくなったもの。とは言え、破壊するのであれば難しくなかったはず。関わる司や風具への影響を懸念したとしても、何故、砂漠に投げ捨てて終わりにした? いや、そんなことで終わりにしようとしたのか?」

「では、捨てなかった? ならば、トルーヴが持ち続け、死んだのちに魔物に拾い上げられたとでも?」

「可能性としては有り得る。捨てたのではなく、失ったのだとな。それにしても、砂漠に行った理由は判らぬが」

 オルエンは嘆息した。

「見るのも忌々しかったろう、イーレスの死を招いた宝飾品。だがあやつもまた、苦しみに耐えた。そして死ぬ前に見つけたのではないかと思う。――呪いの道具を託す相手を」

「それは」

 〈塔〉はゆっくりと言った。

「誰だ」

「ルファード」

 オルエンは視線を中空に定めて、言った。

「エイルの前で死した砂漠の魔物だ。いや、魔物に託したと言うのではない。その先に」

 まるで言いたくないとでもいう様子で、オルエンの言葉はのろのろとした。あ

「何という皮肉。あやつは知っておったかもしれんのだ。私が大砂漠(ロン・ディバルン)にいたこと。そして、魔物に興味を持つこと」

「――ぬしに託した(・・・・・・)と?」

「そうとも考えられる。或いは」

 オルエンは視線を戻した。

エイルに(・・・・)

「何と」

「フレウスに未来を読む力はなかった。だが、あれだけの術師だ。感じ取るものは多い。あのルファードがいずれ魔鳥を抱え、魔鳥が首飾りと結びつき、エイルに拾われる。そこまで知っていたとは思えんし、無論、エイルが私と関わることまで子細に読み取ったとは言わん。――しかし」

 感じ取るものはあるのだ、と魔術師は繰り返した。

「いまとなっては判らぬことだ、と」

そうだ(アレイス)

 オルエンは同意した。

「私とフレウスは冗談にも仲がよかったとは言えん。だが、究極の術師たるべしと産み落とされ、育てられた私と、生まれながらにして稀なる力を持ち、レンでそれを育て上げたあやつ。状況さえ異なれば無二の友となれたやもしれぬと……思うようになったのは、最近だがな」

「トルーヴの方では当に先に、そうと気づいていたのではないのか?」

 〈塔〉が言うとオルエンは左手を広げ、胸の辺りに当てるようにした。

「かくも偉大なり、定めの輪よ。現世(うつしよ)に生身の身体を持ちしもの、たとえ幾億の夜を越えようと、大渦に翻弄されるが如し」

「〈ワルレートの歌〉か」

「よく覚えておるな」

 オルエンは片眉を上げる。

「記憶力だけはよいのだ」

 〈塔〉は淡々と答え、〈塔〉をそう作った魔術師は笑った。

「フレウスは私を呼んだやもしれん。だが〈名なき運命の女神〉は私を通り越してその輪をエイルに繋げた。首飾りの運命だけではない、それを手にした魔鳥の運命ごと」

 オルエンは空の見えぬ屋内で顔を天に向け、まるで祈るように瞳を閉ざした。

「エイルはラニタリスのために魔術師を続けねばならない。そしてそれは、彼の知らぬ内に多くを守ることになる」

「守る」

 〈塔〉は繰り返した。

「何、からだ」

「レン」

 オルエンは目を開けると、肩をすくめた。

「でなければよいと思っている」

 エイルが聞いていれば、あれ以来ずっと青年の上にのしかかっているものすら跳ねのけて、この出来事でより豊富になった悪口雑言、今度は本気の呪いつき、新オルエン専用特別版罵り文句を披露したかもしれないが、幸か不幸か、青年は深い眠りについたままだった。

「エイルを頼むぞ、〈塔〉」

「もう、行くのか」

「何だ」

 白金髪の魔術師はにやりとした。

「まさか、寂しいなどと言うのではあるまいな?」

「寂しいのだ」

 〈塔〉は言った。珍しくもオルエンは目をしばたたく。

「何と」

「私は主と結びつきを強くする。ぬしが私をそう作った。つまり、口では何と言おうと、オルエン。ぬしが姿を消せばエイルは寂しがる」

「とてもそうは思えぬな」

 塔の造り手は笑った。


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