07 かくも偉大なり、定めの輪よ
魔術師は塔の外を見透かすかのように目を細めた。
「首飾りの力。あれは魔術師協会と神殿に波瀾を呼ぶか。いや、風具に興味を持つ魔術師はいても、協会全体としてそのために団結することはなかろうな。その代わり」
オルエンは言葉を切って、呟いた。
「〈魔術都市〉には、さまざまな変り種がおる」
「それが」
〈塔〉はゆっくりと声を出す。
「ぬしの言う『エイルの道はレンと交わる』か」
「有り得る。だが判らぬ」
レンの魔術師は苛々と手を振った。
「ただ、あれらは混沌を呼ぶ。呪いがあろうと、なかろうと」
それはエディスンの〈星読み〉の術師と同じ見解であった。
「エイルが拾い上げねば、どうなっていたか」
「そうさせたのは、ぬしだろう」
〈塔〉は指摘した。オルエンは片眉を上げる。
「かもしれん。だが、彼は従わずともよかったのだ。私はルファードと彼を出会わせたかもしれないが、首飾りとサラニタを拾ったのはエイルだ」
「エイルが聞けば、詭弁だと言おうぞ」
「かもしれん」
繰り返してオルエンは少し笑った。
「だが、それが真実だ。そして気になるのは」
そこで彼は声を落とした。
「フレウス・トルーヴ」
「ぬしの競争相手だった術師だな」
「左様」
「首飾りを砂漠に捨てたと言う」
「それだ」
オルエンは指を一本立てた。
「捨てた。本当にあやつは、首飾りを捨てたのか」
「だからこそ、ルファードの手に渡ったのではないのか?」
「疑わしい」
眉根をひそめて、トルーヴを知る男は言った。
「あやつは、首飾りに自身がもたらしたものを知ったはずだ。呪いを解く方法を自分でも見つけられず、諦めて、粉々に打ち砕くでもなく――捨てた?」
オルエンは首を振る。
「危険なものであることは判っていただろう。精霊師の道具に、精霊師にして魔術師である自身の力が入り込み、この上なくややこしくなったもの。とは言え、破壊するのであれば難しくなかったはず。関わる司や風具への影響を懸念したとしても、何故、砂漠に投げ捨てて終わりにした? いや、そんなことで終わりにしようとしたのか?」
「では、捨てなかった? ならば、トルーヴが持ち続け、死んだのちに魔物に拾い上げられたとでも?」
「可能性としては有り得る。捨てたのではなく、失ったのだとな。それにしても、砂漠に行った理由は判らぬが」
オルエンは嘆息した。
「見るのも忌々しかったろう、イーレスの死を招いた宝飾品。だがあやつもまた、苦しみに耐えた。そして死ぬ前に見つけたのではないかと思う。――呪いの道具を託す相手を」
「それは」
〈塔〉はゆっくりと言った。
「誰だ」
「ルファード」
オルエンは視線を中空に定めて、言った。
「エイルの前で死した砂漠の魔物だ。いや、魔物に託したと言うのではない。その先に」
まるで言いたくないとでもいう様子で、オルエンの言葉はのろのろとした。あ
「何という皮肉。あやつは知っておったかもしれんのだ。私が大砂漠にいたこと。そして、魔物に興味を持つこと」
「――ぬしに託したと?」
「そうとも考えられる。或いは」
オルエンは視線を戻した。
「エイルに」
「何と」
「フレウスに未来を読む力はなかった。だが、あれだけの術師だ。感じ取るものは多い。あのルファードがいずれ魔鳥を抱え、魔鳥が首飾りと結びつき、エイルに拾われる。そこまで知っていたとは思えんし、無論、エイルが私と関わることまで子細に読み取ったとは言わん。――しかし」
感じ取るものはあるのだ、と魔術師は繰り返した。
「いまとなっては判らぬことだ、と」
「そうだ」
オルエンは同意した。
「私とフレウスは冗談にも仲がよかったとは言えん。だが、究極の術師たるべしと産み落とされ、育てられた私と、生まれながらにして稀なる力を持ち、レンでそれを育て上げたあやつ。状況さえ異なれば無二の友となれたやもしれぬと……思うようになったのは、最近だがな」
「トルーヴの方では当に先に、そうと気づいていたのではないのか?」
〈塔〉が言うとオルエンは左手を広げ、胸の辺りに当てるようにした。
「かくも偉大なり、定めの輪よ。現世に生身の身体を持ちしもの、たとえ幾億の夜を越えようと、大渦に翻弄されるが如し」
「〈ワルレートの歌〉か」
「よく覚えておるな」
オルエンは片眉を上げる。
「記憶力だけはよいのだ」
〈塔〉は淡々と答え、〈塔〉をそう作った魔術師は笑った。
「フレウスは私を呼んだやもしれん。だが〈名なき運命の女神〉は私を通り越してその輪をエイルに繋げた。首飾りの運命だけではない、それを手にした魔鳥の運命ごと」
オルエンは空の見えぬ屋内で顔を天に向け、まるで祈るように瞳を閉ざした。
「エイルはラニタリスのために魔術師を続けねばならない。そしてそれは、彼の知らぬ内に多くを守ることになる」
「守る」
〈塔〉は繰り返した。
「何、からだ」
「レン」
オルエンは目を開けると、肩をすくめた。
「でなければよいと思っている」
エイルが聞いていれば、あれ以来ずっと青年の上にのしかかっているものすら跳ねのけて、この出来事でより豊富になった悪口雑言、今度は本気の呪いつき、新オルエン専用特別版罵り文句を披露したかもしれないが、幸か不幸か、青年は深い眠りについたままだった。
「エイルを頼むぞ、〈塔〉」
「もう、行くのか」
「何だ」
白金髪の魔術師はにやりとした。
「まさか、寂しいなどと言うのではあるまいな?」
「寂しいのだ」
〈塔〉は言った。珍しくもオルエンは目をしばたたく。
「何と」
「私は主と結びつきを強くする。ぬしが私をそう作った。つまり、口では何と言おうと、オルエン。ぬしが姿を消せばエイルは寂しがる」
「とてもそうは思えぬな」
塔の造り手は笑った。




