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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
終章 vol.1/3

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04 よろしいんじゃないんですか

 古びた館は、どんな職人も塗ることのできない「時間」という塗料で覆われていた。

 外で艶やかに咲き誇る薔薇の香りは、しかし部屋の内には届かない。

 黒ローブ姿の訪問は、この家の人間にとって決して珍しいものではなかったはずだが、このときのそれは「魔術師」だけを意味せず、凶報の使者をも表していた。

「やれやれ。だからですね、彼を馬鹿にしちゃいけないと、私はちゃんと言ったんですよ」

 太めの魔術師は首を振ってそう言うと、嘆息をした。

「楽しか、ないですよね。身内に訃報を知らせる役割なんて。でも楽しくないからと言って私がやらなければ、あなた方の弟君、及び叔父上のその後がここに伝わるのは当分先になるでしょう。クエティスまで逝ってしまいましたし、妹君にして叔母上はわざわざお知らせになんかやってこないでしょう。手紙を寄越すことすら、しないのでは? いやはや冷たいもんです。愛情の有無はともかくとして。身内なんですし」

 ラギータ家の女主リティアナローダとそのひとり娘リティリーザの前で、エディスンの魔術師はとうとうとやった。

「まあ、涙のひとつも流すのが人の道ってやつじゃありませんか。嘘っこでもいいですから」

 叔父を嫌っていた娘は、しかしだからと言ってその知らせに喜んだ顔を見せるようなことはせず、身を固くして母親の言葉を待っていた。一方でイーファーの姉は、アロダがごく普通の挨拶をしているのを聞いているかのように、特に感情を見せぬまま。

「だいたいですね、私ゃ遺体処理人でも葬儀屋でも墓掘り人でもないですのに、この半年でいくつの遺体を扱ったか。人ってのは冷たいもんですよね、関わったなら最後まで面倒見ればよいのに。まあ正直なとこを言えば、そのうちのひとりは神官殿から舌先三寸で奪ったんですけども」

「――そう、あの子が死んだの」

 偽薔薇の名を持つ女はようやくその言葉が頭に届いたとでも言うのか、ゆっくり言うと目を閉ざして祈りの仕草をした。

「冷淡だと思われるかもしれないわね。でも本当のことを言えば」

 目を開けると、リティアナローダは息をついた。

「――ほっとした」

「いや、それもまたよろしいんじゃないんですか」

 あっけらかんと中年術師は言う。

「悲痛なふりをして大泣きしながら内心で舌を出すよりは、涙の一滴もこぼさない方が正直で、ましじゃないかと思いますね」

 先には「涙のひとつもこぼすのが人の道」と言った男は、自身の言葉を忘れたようにさらりと語った。

「リティリーザ」

「は、はい、お母様」

「外しなさい」

 言われた娘は少し迷うように母を見たが、きゅっと唇を結ぶと礼をしてそのまま部屋を出て行った。それを見送るようにしてから、リティアナローダは口を開く。

「あの子がいつごろから、真っ当な魔術と違う暗いものに手を出しはじめたのか、それは知らないわ」

 イーファーの姉はそんなことを言い出した。アロダに聞かせようという感じではなかったが、中年術師は――珍しく――黙って聞いた。どうやらこれが姉の弔辞になるのではないか、と気づいたためであるかもしれない。

「望まれた魔術師として生まれたのに、自分ではなく姉の私が家を継ぐのだと知った頃からだったかしら。あの子がこの古い家を欲したというのは少し不思議なのだけれど」

「それはですね」

 案の定と言おうか、大して長いこと黙っていられず、アロダは口を挟んだ。

「多くの魔術師が住んだからかもしれませんけれど、この家には奇妙な波動がありますよ。正直、『真っ当な』術師はあまり気に留めないでしょう。暗い色をしていますから。おっと、言っておきますけれど、私が真っ当じゃないって意味じゃありませんよ、念のため」

 ウェンズが聞けば何を思ったか知れないが、リティアナローダはアロダの言い訳に特別反論することはなかった。

「コリードがそれを見て取ったのは、何も彼が生まれながらの呪術師だったからではなく、ここで生まれたためかもしれませんけれどね」

「さあ、どうかしら」

 フォローするような台詞に姉は首を振った。

「〈木々が種を落とすのか、種が木々に育つのか〉ね」

 アロダは肩をすくめるにとどめた。

「気づけば、彼は鼠や雀に呪いをかけることを楽しみ、それは次第に激しくなって、鳩、鴉、猫、犬、と」

「そして、人間、ですか」

 アロダは呟くように言った。力を試したがる性質の者には、珍しくない変遷である。

「そうね。でも、きっかけはあったの」

 リティアナローダはきゅっと目を細めた。

「彼を教え諭す立場にいながらそれまで何もしなかった父。彼は、ある日、息子に言ったのよ。力を試すならば、人間の、それも魔術師を相手にするのがいちばんだ、とね」

「おや」

 アロダは少し驚いた顔をした。

「お父さんが殺人教唆ですか。それはよろしくありませんね」

「それも、父が指し示したのは誰あろう、彼の義理の息子にしてイーファーの義理の兄である男だった」

「ん? それはもしや」

 アロダは指を一本立てると右に左にと動かした。

「お父君の娘婿、つまりあなたの夫君ということに」

そうよ(アレイス)

 女は淡々とうなずいた。

「父は、大した魔術師ではなかったらしいわ。けれど、魔術師にはよくあることのようね。自尊心ばかりは高くて。――父は妬んだのだと思うわ」

「妬んだ。コリードの生まれをですか? それとも才能? なかったとは言いませんけれど、ものすごいってほどのことでもありませんでしたよ。協会で真剣に取り組む術師ならば彼くらいは珍しくない」

「イーファーを妬んだと言ったかしら?」

 リティアナローダは首を振る。

「父は、キオール……私の夫を妬んだのよ。愛する娘を奪った魔術師を」

「それは、また」

 アロダは反応に困るように瞬きを繰り返した。その愛情が「父親の愛」にとどまらないという意味であることは〈真夏の太陽(リィキア)〉のように明らかだったからだ。

「ずいぶんと、おモテ(・・・)に」

化け狐(アナローダ)の名を持つ女ですもの」

 そう答えたリティアナローダはわずかに口の端を上げた。それは、色事に興味の薄い魔術師をもぎくりとさせる妖艶さを伴ったが――まるで〈淡雪の如く〉溶けるように消えてしまった。


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