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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第1話 砂漠の魔物 第3章

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09 関係ないんだろうな

 その後の旅路は、どちらもしばらく言葉少なであった。

 フラスを目指すという大筋の目的は変わることなく、彼らはただ西へと馬を向けた。

 ふたりがその小さな町ピラータにたどり着いたのは、ちょうどそこの〈冬至祭〉がはじまる日であった。

「へえ」

 シーヴは実に興味深そうにあたりをきょろきょろとした。

「意外に、陽気そうだな」

 それが砂漠の町に暮らす青年の、最初の感想だった。

「雪の女神に祈りを捧げる祭りなんて言うから、もっと寒々しいのかと思ってた」

「そうでもないよ、こんなもんさ。『祭り』なんだからな」

 フィロンド祭りは、冬祭、冬祝祭、冬至祭などと言われる。

 冬がいちばん厳しい八番目の月、紅の月に雪の三姉妹神(キャラーラ・ルー)を鎮める目的で行われるもので、太陽神(リィキア)火神(アイ・アラス)に祈るところもある。町の多くは〈月の女神(ヴィリア・ルー)の眠る一日〉つまり、十五番目の日を祭りの日としたが、大きな街などではその前後一旬ほどを祭りとしたり、どこだかではひと月中がまるまる「お祭り騒ぎ」になるという話もあった。

 この町では、十五番目の日を祭りの主体とするが、前後に一日、ちょっとした催し物を用意するという仕組みを取っているようだった。

 人々は催し物への期待や明日の本番への支度に忙しく、たまたま訪れた旅人に親切にしてやる余裕はなさそうだ。尋ねてもろくな返事のない人々からよい宿を聞き出すことは諦め、彼らは厩舎のある宿屋を見つけるとそこを寝床と決めた。

 〈ジェルンの金槌〉亭はまあまあの当たり(レグル)で、部屋も清潔ならば飯もなかなか美味かった。エイルの好みから言えば(クト)の串焼きは少し胡椒(ヴォン)が強すぎたが、シーヴは気に入ったようだ。

「クエティスの話を聞いてみても、フィロンドの返事しか戻ってこなさそうだな」

 エイルがそんなふうに言うと、シーヴは笑った。

「そうだな。祭りを楽しむんならいい時期にきたと言えるが、人捜しには不向きだ。まあ、数日ほどゆっくりするか。一(トーア)が惜しいほどには急ぐ旅でもなし」

「俺は、急いでほしいけどな」

「『早く帰れ』か?」

そうだよ(アレイス)

 旅に出てからすっかりお決まりとなったやりとりをすると、やはり決まりごとのようにシーヴは笑い、エイルは天を仰ぐ。

「お前、レ=ザラ様に手紙でも書いたらどうだ。魔術師協会(リート・ディル)から送ってやる」

「そんなことができるのか? 便利なもんだな」

「魔術師以外からはかなりの金取るらしいけど、魔術師なら、まあ、格安だ。ランティムに協会はないから少し追加料金がかかるけど、大したことない」

「いい相棒を持ったよ」

 エイルは、シーヴの言葉が皮肉なのかどうか見定めようとじっと友人を見た。だがそこに揶揄はなく、彼は友人が妻の安否を気遣う手紙でも書く気になっていることに気づいた。どちらかと言うならレ=ザラの方が夫の安否を気遣うだろうが。

「でも、そうだな。アイメアの冬至祭ほど規模が大きくはないけど、ここで二年目の約束を果たすとするか」

 エイルが言うと、シーヴはにやりとした。

「じゃあ、来年こそはアイメアで」

「馬鹿言うな」

 エイルはぴしゃりと言った。

「城を抜け出す口実にされてたまるもんか」

 シーヴは、ばれたかというように肩をすくめた。

「東の品を扱う商人に、魔物の謡う首飾り。こうして大雑把に追いかけて、何か見つかるもんかなあ」

「おいおい」

 弱気な発言をする友人にシーヴは片眉を上げた。

「見つかる(・・)んじゃない、見つける(・・)んだ。〈強く思えば雲の形も思うまま〉と言うだろう」

「〈希望などは空夢(からゆめ)〉とも言うな。〈夢は淡雪〉とも言う」

「暗い」

「放っとけ」

「雪と言えば」

 シーヴは窓の外に視線をやった。

「今年は、これでも暖かいんだそうだな」

「らしい。場所によって気候はけっこう違うから、俺もお前同様ぴんとこないけど、たいていそう聞くな。この辺りじゃよく判らんけど、南方にでも行けば雪が少ないとか、そういう判りやすいことがあるのかも」

「南方か」

 シーヴはかつて訪れた場所を思い出すように唸った。

「一面、真っ白。寒いだけで、面白みのない景色だった」

「一面砂だらけで暑いだけなのは、好きなくせに」

「そりゃ、雪と砂は違う」

「俺には大して変わらないよ。どっちも厄介さ」

 エイルがひらひらと手を振ると、シーヴは苦笑のようなものを浮かべた。

「歌う、魔物。そうだ、エイル。もちろん、あの話は関係ないんだろうな」

「あの話?」

 エイルは眉をひそめて聞き返した。

「どの話だよ」

「南方で思い出した。歌を謡う魔物の話だよ」

「何?」

 エイルは眉をひそめた。

「俺にその話をしてきたのはオルエンだよ。それに、魔物が歌を歌ってたんじゃなくて首飾りだって説明したろ」

 エイルは話を繰り返しながら、友人の頭が悪くなったのだろうかと思った。シーヴは首を振る。

「そのことは判ってるよ。だが、気になる符合だとは思わなかったのか?」

「何が」

「……鈍くなったんじゃないか」

 言われたエイルはむっとするが、シーヴが何を言っているのか判らないことは事実であった。

「名前は忘れたが、ほら、ウェレスの兵士の。俺にその話をしたのはお前じゃないか」

「ああ、ソーンのことか――ああっ!」

「……おい」

「忘れてた」

「おいおい」

「いや、オルエンから最初に聞いたとき、どこかで聞いたような話だと思ったんだけど思い出せなかった。その後は特に共通点も覚えなくて……ああ、でも念のため、改めてもう一度聞いてくっかな」

「そうしろよ」

 シーヴは笑った。


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