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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第7話 決断の代償 第3章

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09 君は、何者?

「ああ、ご足労をおかけしまして、協会長(ギディラス)

 アロダは安堵したような息を洩らす。

「注意はしてたんですけどねえ、こんなに簡単に捕まるとは正直、思いませんで」

「気にしなくていい、君の失態じゃないからね。エイル君に不思議な力の流れがあることは判っていたけれど、こんなふうに発揮されるものとは、私とて」

 優しい瞳が眼鏡の奥で興味深げにきらめいた。

「まさかってか、やっぱ、なのかな」

 フェルデ(・・・・)ラに気(・・・)をつけろ(・・・・)――オルエンの言葉が蘇る。

「絡んでるのか。イーファーとも?」

「イーファー?」

「コリードですよ、お話ししたでしょう」

「ああ、呪術師君(エル・コーリード)か」

「やっぱり」

 エイルの薄茶の目がぎゅっと細められた。協会長は首を横に振る。

「おっと、勘違いはしないでほしいな。アロダ術師から話を聞いただけ。私は呪術には興味はないよ。黒いものを伴ったとしても、あれは通常の魔術、その一派にすぎない。私が気になるのは君の首飾りと、それから君自身だ、エイル君」

 にっこりと笑った顔にエイルは気圧された。

 アロダは、エイルよりもずっと高位。フェルデラは遙かにその上を行く。

 このふたりを相手取るのは、いかな助力(・・・・・)があっても、厳しいかもしれない。

 いや――もしかしたら、そのような懸念は全く要らないだろうか?

 青年は杖を握り直した。

「慌てない」

 フェルデラが言うと、意志とは裏腹に再び杖が下げられた。エイルは小さく呪いの言葉を吐く。

「悪い言葉も、使わない。君はそんな礼儀知らずではなかっただろう?」

「そんなもの、いまは不要だからな」

 エイルは杖に意識を集中した。いや、その持ち手を飾っている白き翡翠に。

(――力を)

 すい、と腕が軽くなる。エイルは三度(みたび)、それをかまえることに成功した。

「いまのは?」

 フェルデラが瞬きをした。

「先にも見ましたが、魔術とはどこか違いますね」

 アロダも同じようにする。

「何でも、いいだろ」

 エイルはわずかに眉根を寄せた。これは「そのとき」以来、彼が初めて見せた感情の片鱗だった。

「これが、俺の」

 どちらにともなく、短杖を向ける。

「選んだ、ものなんだ」

「興味深い」

 言葉の通り、実に興味深そうにフェルデラは言う。

「エイル術師。君は、何者?」

「さあね」

 と言うのが彼の答えだった。

「それは、俺に決められることじゃない」

「君に決められない?――では」

 エディスン魔術師協会長(リート・ディラス)の目がきらりと光った。

「誰が決める?」

「あんたの知ったことじゃない」

 すげなく、エイルは言った。

「運命とでもお星様とでも好きに考えとけよ」

 星、の一語にフェルデラは目を細くした。

「ああ、惜しいね。いまの君をエイファムに観てもらいたい。彼ならば、いまの君の星をどう読むだろう?」

「怖いこと言わんでください、ギディラス。ここにローデン閣下がいたら、私ゃ今度こそ殺されますよ」

 アロダは大げさに身を震わせた。

「そんな簡単に殺させはしないよ、心配しなくても」

「簡単じゃなければ殺させるんですか」

「場合によっては」

 エイルが口を挟んだ。

「俺が、な」

 青年魔術師はアロダを睨みつけ、太めの魔術師は肩をすくめる。

「強気に出たもんですね。さっきから、意外だ。話から想像していた若者と違いますよ」

「私が知っている彼とも違うね。彼を変えるだけの何かがあったようだ。先の奇妙な力と言い、侮るようではいけないね、アロダ術師」

「侮りゃしませんよ。私ゃ人生、いつだって真剣勝負です」

「じゃあ、その真剣な気持ちで誓ってもらう」

 エイルは順番に、自分より上位の術師ふたりを見た。

「二度と、アーレイドに関わるな」

「へえ」

 面白そうにフェルデラは笑んだ。

君に(・・)、ではないんだね」

「俺に関わりたければ、好きにしろ。でも首飾りは渡さないし、不思議な力(・・・・・)の話もご免だ」

「残念だ」

 協会長は言った。

「私は、無理強いは好まない」

 その台詞にエイルは目を細くした。

「脅迫なら、無駄だと言っておく」

「まさか」

 あくまでも穏やかに、フェルデラは首を振った。

「誤解があるといけない。私は、言っただろう、首飾りに興味があるのだと。最初からそう言っているはずだよ、君が話にきてくれたら嬉しいと」

「そうだったな」

 エイルは協会長がそう言ったことを覚えていた。

「でも、信じられないことのたとえだろ。――〈魔物の誠実〉ってのは」

「これは、これは」

 フェルデラは笑った。

「知っていたのかい? ヒサラ術師が話した? それとも君自身で見て取ったのかな。どちらにしても少し意外だね。前者ならば、〈蘇り君〉は君についたことになる。後者ならば」

「それほどの術師とは思わなかった?」

「いいや」

 皮肉を込めてエイルが言えば、フェルデラは首を振る。

「判っていて喧嘩を売るほど、君は後ろ盾(・・・)に自信を持っていることになる」

「結局」

 エイルは唇を歪めた。

「つまりは、俺のことは大した術師じゃないと思ってるって訳だな」

「そうなるかな? 気分を害したのなら謝ろう」

「けっこうだね。事実だ。魔力じゃ、あんたに毛先ほども敵わない。でも、そうだな。ウェンズは何て言ったっけ。そうだ――ほかなる力」

 明るい薄茶の瞳に暗い炎が宿ったようだった。

「それを用いれば、あんたとだって対等に戦れる」

「面白い」

 フェルデラはかすかにうなずいた。

「実に興味深い。けれど、私は戦う気はないよ、エイル君。アロダ術師も同様だ。そんなことをして、稀少な存在を損ないたくないからね」

「俺のことかい? 数奇なる運命? 奇妙な、星巡りを持つ?」

 その声は低くなる。

「そんなもんが――そんなもんが、大事なひとたちを傷つけることになった! 偶然を引き寄せる定め? ふざけんな、俺は望まなかった。望まなかった、こんなことは、一度も!」

 ずっと静かだったエイルの声が突如、激しさを帯びた。ふたりの魔術師は驚いた顔をする。

 望まなかった。一度も。

 一度も――?

 本当に、ただの一度も、望まなかったと?

 無力な自分に歯がみし、どうか力をと、そのためならば何でもすると思ったことが、一度たりともなかったと言うのか?

 ――なかった。

 あの瞬間まで。

「誓え」

 彼は無理矢理に声を抑えると、低くそう言った。

「アーレイドには関わらないと。二度と、手を出さないと。俺に興味があるなら、俺のところにこい。もし、また誰かを(おびや)かすような真似をすれば」

「私は、そのようなことはしていない。今後もしないだろう」

 フェルデラは片手を上げてエイルの言を制した。

「アロダ術師?」

「仕方ない。認めましょう。しましたよ、私はね。怒らないでくださいよ、ギディラス。あなたが首飾りに興味を持つように、私はコリードの呪力に興味があるんです。彼につき合うのはそのためですよ。機嫌取っとけばいいことがあると思いましてね」

「私の機嫌を損ねることは?」

「ものすごく怖いです」

「なら、ここはエイル術師の機嫌を取ろう」

 半人外の協会長はにっこりと言った。


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