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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第7話 決断の代償 第3章

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07 感動的です

 バシィ――という強烈な音は、あたかも高い崖から落とされた大きな岩が水面を砕く音に似た。

 アロダはその瞬間、振り切った新しい長杖を素早く引き戻した。

 部屋には煙が白くもうもうと立ち上り、それはあたかも、ここが風呂場ででもあるかのようだった。

「火術をそんなふうに使ったら、嘆く女性(ひと)がいるんじゃありませんか」

 ふたりしかいなかったはずのその医務室に、三人目の声がする。

「だからって、真正直に水術をぶつけてこなくてもいいでしょうに」

 現れた姿にアロダは肩をすくめると手を振った。

「酷い湿気だ。せっかく気候のいい街なのに、まるでエディスンみたいになってしまいましたね。――ヒサラ」

「私はエディスンの気候を好いていますよ。何しろ、故郷ですからね」

 ヒサラ・ウェンズも、しかしこちらはゆっくりと、杖を引き戻す。

「やれやれ。私を見張ってたんですか?」

 アロダは肩をすくめた。

「何とも、いいタイミングですね。私の知る限りで三度目ですけど、もしかして効果的な瞬間を狙ってんですか?」

「偶然です。狙えるのならば、もう少し劇的に」

「充分、劇的ですけど」

 あくまでも静かな青年術師に、中年術師は顔をしかめた。

「悪いですが、あなたに見張られたら私ゃ気づきますな。ローデン閣下ですか」

そうです(アレイス)。閣下はエディスン外の事情には手を出されないが、此度は私の頼みを聞いてくださった。もちろん、あなたを放っておきたくないということもおありでしたのでしょうが」

「やれやれ。まずい人を怒らせたもんです、ほんとに」

「援軍、という訳かな」

 思いがけぬもうひとりの魔術師――顔にある傷跡のために「悪そうに」見える――の登場をじっと見守っていたファドックは、ゆっくりと言った。

「容易に信じてよいものか判らぬ、というのも情けない話だが」

「判らなくて当然でしょう。と言うより、警戒すべきですよ、こんなふうにいきなり現れる魔術師なんて。いまのはアロダ殿のことじゃない、私のことですからね」

 ウェンズはアロダに視線を合わせたままでファドックに語った。アロダが感心したように手を叩く。

「全く、巧いですなあ、ヒサラ殿は。エイル殿の友人ですからご信頼ください、とでもやってくれれば、いまの騎士殿は却って警戒してくれるのに。残念です、逆をやられてしまいました」

「エイルの友人だと?」

「有難いことに彼はそう言ってくれましたけれどね、信用しろとは申し上げませんよ」

 ウェンズは淡々と言った。

「突然この王宮に現れた彼の友人はあなたで三人目のようだ」

 ファドックはクエティス、そしてアロダのことを指して言った。

「ふたりまでは全くの嘘だった訳だが、〈二度起きたことは繰り返す〉か〈神は三人目を指す〉か」

 ファドックはふたりの魔術師を視界に収めたままで数歩を動くと、先の短剣を拾った。

「神々には、あまり覚えがめでたくないと思いますけれど」

 かつて神官への道を蹴った男は肩をすくめた。

「疑いのあまり斬りかかられさえしなければ、いまこの場で信用していただく必要もない。お話は」

 やはりアロダを見続けたままで、ウェンズは続ける。

「彼に帰っていただいてから、ゆっくりできますからね」

「やれやれ」

 アロダは三度(みたび)言った。

「どうにも、巧くない。こりゃ、ツキがないですな。そういうときは帰って寝るのがいちばん。お望み通り、退散させていただきますよ。ファドック殿を苛めても私ゃ罰されませんけどね、ヒサラ殿を苛めたら、ふたりの大先輩から大叱責です。まあ少なくとも、あなたがエディスンの術師である間はですけれど」

「そのことを気にしておいででしたら」

 アロダのほのめかし――ローデンのみならず、フェルデラとも関わり(・・・)があると言うこと――は無視して、ウェンズは言った。

「近いうちに、勝負(・・)ができるかもしれませんよ」

「おや」

 アロダは驚いた顔をした。

「それはびっくりです。いや、本当に。私と勝負する気があるというのもですが、本気でエディスンを離れるつもりでいるんですか」

「好きにとって下さい」

 ウェンズはやはり淡々と言った。

「お引き取りを。アロダ術師、願わくばあなたのはみ(・・)をローデン閣下がもっときつくしてくださいますように」

「すてきな呪いだ。感動的です」

 アロダは天を仰いだ。

「本気で呪われないうちに帰ります。それじゃご多幸をお祈りしてますよ、ヒサラに、ファドック殿」

 何とも呑気な分かれの言葉を口にして、中年術師はひらひらと手を振った。――かと思うと、部屋の人数はひとり分、減る。

「……ヒサラ殿、と言われたか」

 魔術師が消えた場所をじっと見ていたファドックは、すっと視線を新来者に移した。

「エイルは、ウェンズと呼びます」

「では、ウェンズ殿」

 ファドックは言い換えた。

「北の街の魔術師が、何故エイルと知り合った?」

「話せば長くなりますが」

 アロダが隠れている気配はない、と判断するとウェンズはようやく杖をしまい込んだ。ファドックに向き直る。

「お聞きになりたいですか?」

「そのようだ」

「私はかまいませんが、その前に」

 ウェンズは寝台を指差した。

「医務室で怪我もないもんです。お医者様はどちらに?」


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