04 お手伝いしますよ
やれやれ、というような呟きはずいぶんとのんびりしていた。
だが、知らぬ声だ。となれば、安静を厳命されたままであろうと、近衛隊長の警戒心を瞬時に高まった。アーレイド城内は、いまだ警戒を怠れぬ。
「存外、冷たいんですねえ、彼。こうして負傷したあなたをほっぽって、どっかにぽんと飛んじまうなんて。どうやら大事な人がいるんですね、あなたなんかより」
「何者だ」
医務室で治療を受けるに当たって彼は装備を外さざるを得なかったが、短剣だけはすぐに手の届くところに置いていた。それは過剰なまでの慎重さ故なれど、奏功したようだ。
ファドック・ソレスは一瞬とかからずその短剣を掴むと、躊躇いなく寝台から飛び降りた。治療をしたばかりの傷に走る痛みには、かまっているときではない。
「さあて、何者でしょうねえ、あなたと同じ体質というか性質というか、似たようなもの、そうですね、〈星巡り〉とでも言いましょうか、そういうものを持っている人じゃないですかね」
〈星巡り〉の一語をアロダ――である――は少し皮肉交じりに発し、おや、と言った。
「もしかしたら『何者か』というのは、エイル術師が飛んでった先の相手のことじゃなくて、私のことでしたか」
相当に判りきったことを言って、アロダはわざとらしく目を見開く。
「お初にお目にかかります、ファドック・ソレス近衛隊長。私はアロダと申します、エディスンの術師でございます。縁あってエイル術師だのユファス殿だのと行き会いましてね。こちらの城内で不穏なことが起きたらしいというので、お手伝いに参ったんですよ」
さらさらと何枚目の舌がもっともらしい話を口にするのか、いや、アロダは決して嘘はついていないとも言える。
「警戒はご不要ですよ。ほら、私ゃエイル殿のことも知ってますし、ユファス殿とだって仲いいんですから。あ、もしかしたらユファス殿のことはご存知ないですかね、下厨房の料理人ですが」
とうとうとアロダは――完全な嘘ではないことを――語った。ファドックは何も言わず、じっとそれを見る。
「お手伝いに馳せ参じたんですよ、ソレス隊長。何でも、アーレイドは王宮に魔術の守りを持たないとか。城の要請に協会が派遣した術師は、まだ子供だ。私ゃ、エイル殿が心配でしてね」
「彼には」
そこでファドックはゆっくりと口を開いた。
「魔術師の友人はいないようだったが」
「少し前まではそうかもしれませんがね、まあ、ちょっとした縁からいろいろ手伝ったり、一緒に呪術師と対決したりすりゃ、仲良くなったと言ってもいいでしょうよ」
そうしたのはもちろんアロダではなくウェンズである。アロダは何とも小狡く、「全くの嘘八百」を避けた。
「ずいぶんと」
騎士はその称号に似合わぬ短い剣を油断なくかまえた。
「よく回る舌だ」
小さな得物の扱いはファドックの得意だとは言えないが、手元にあるのはそれだけである。有用なのがそれだけならば、それだけでどうにかするしかない。
「おや」
アロダは心外そうに言う。
「困りましたね。お疑いですか。まあ、警備の責任者としてはそれくらいでないと。いやいや、ご立派と思います」
「何も、何ひとつ、回答をもらっていないようだが」
ファドックは油断なくアロダを見ながら言った。
「ああ」
アロダはぽんと手を打つ。
「判りましたか。鋭いですな」
たいして洞察しなくても判りそうなことであるが、魔術師は追従、或いは小馬鹿にした台詞を口にした。
「いやはや、驚きです」
魔術師は首を振った。
「〈風謡い〉を追っかけてたはずですのに、予想外の奇妙な力に出くわした。エイル殿の運命は面白いものなんですな。そうは思いませんか」
「私が何を知ると、言う」
慎重にファドックは返した。
「そんなこと、私ゃ知りませんよ」
というのが中年術師の返答である。
「けれどあなたは知ってる。それでいいんじゃないですか」
いまのところは、とアロダは言った。
「手伝いと言ったか。何をどう手伝う」
ファドックはアロダとの距離を測った。黒ローブを身につけた魔術師を相手に、このような小さな武器がどんな役に立つだろうか。剣を振り上げる間もなく、魔術師はそれを消滅させてしまうかもしれない。
だが、そうかもしれないと言って剣を下ろすのは無論、馬鹿げたことだ。
彼は魔術の怖ろしさを知る。だが、それに手をこまねくことはせぬだろう。二度と。
「『何を』。それとも、『誰を』でもいいですかね。私はあなたをお手伝いしますよ、隊長」
それはアロダの最初の「回答」だったが、同時に何も答えていないに等しかった。
「手はじめに何から行きましょう?」
今度はアロダが問うてきた。ファドックはかすかに眉をひそめる。
「手はじめ、だと?」
「そうです。あなたは近衛隊長なんかで終わる人じゃない。伯爵位を継ぐというお話もあるそうですが、それだけでももったいないと思いますね。いいえ、そんな世俗のことなんか、本当はどうでもいいです」
アロダはひらひらと手を振り、ファドックは黙った。
「エイル術師と関わったあなた。運命ですか、それとも星巡り? どんな言い方でもおんなじことですけどね。あなたの進む道はあなたのものでありながら、そうではない。必ず、例の彼と結びつくんです。不思議ですねえ、あなたはただ人のように見えるのに、殊、彼と関わるときにだけ尋常ならざる光を持つ。自覚はおありですか? ないんでしょうね、たぶん」




