08 心配でたまらんのです
呼んでるぞ、と言われて客のほとんどいない食堂に足を向けた料理人は、可能な限りに目を見開いた。
「何で、あなたがここにいるんですか」
「そんなふうに言うんですか」
相手はがっかりしたようだった。
「『久しぶりですね』とか『元気でしたか』とか『会えて嬉しいです』……いや、これはいささか図々しいですかな」
黒ローブを着ていない太めの中年魔術師はひらひらと手を振った。
「答えになってないよ、アロダ術師」
「ユファス殿の顔を見にきた、ではいけませんかね? 私ゃあなたのことが心配でたまらんのです。まあ、元気ではいらっしゃるようですな。調理着、よくお似合いですよ」
ほとんど無意識で礼の仕草などした青年は、しかし判らないと首を振った。
「何のためにここへ」
「だから、ユファス殿の顔を見たかった、ではいけませんかと」
「とても納得できないよ」
ユファス・ムールは顔をしかめた。
「クンディムの町では偶然というのも信じられたけれど、ここではとても思えないね」
「そりゃそうでしょうね」
アロダはうんうんとうなずいた。
「わざわざ訪ねてきておいて、おお、偶然ですね、もないもんです」
当たり前です、と術師は言った。
「それで、僕に何か用事?」
「用事がなけりゃきちゃいけませんか。嫌われましたな」
「嫌いでたまらなかったら、用事も訊かないよ」
「そうですか、それはよかった」
うんうんとまたアロダはうなずいた。
「例の騒動は、ご存知でしょう?」
「騒動って」
ユファスは目をしばたたいた。
「このアーレイド城での話かい?」
「もちろん」
「そりゃ僕は知ってるよ。聞きかじった程度だけどさ。でもどうしてあなたが知ってるの」
「それはですね」
アロダは指を一本立てた。
「私ゃ、実はここの近衛隊長にお会いしたかったんですよ」
意外な言葉に青年はまた瞬きをする。
「ファドック様に? 何でまた」
「そりゃ、この城で仕事をするんだったら、話を通しておいた方がいい人だからです」
「……いろいろな点で質問があるんだけれど」
ユファスは遠慮がちに片手を上げた。どうぞ、とアロダは掌を上に向ける。
「まず、仕事をするの? あなたが、ここで?」
「いけませんか?」
「いけないとは言わないけど、まさか、宮廷付きとかそういう?」
「まさか」
アロダは大仰に手を振った。
「ローデン閣下の向こうなんて張れますか。大した仕事じゃありませんよ」
「ふうん」
どうやらその内容を告げる気はなさそうだ、とユファスは見て取った。
「じゃ、次。どうしてファドック様? 近衛隊長か、護衛騎士に関わる仕事なのだとしても、それより先に話を通すべき人はたくさんいると思うけど」
「そこはそれ。事情というやつが」
「汲んでください、と?」
「そうです」
アロダは拍手などした。
「皮肉なんだけど」
「おや、そうでしたか」
平然としたものである。
「まあ、あなたに質問をするなんて無駄かなあ」
「そんなことありませんよ。何でも答えます」
「答えてないじゃない」
「そうでしたか?」
アロダは首を傾げた。
「だいたい、宮廷魔術師なんて有り得ません。そんなものになろうとしたら、ユファス殿のお友だちと争わなけりゃならないじゃないですか」
「エイルのこと? それこそ、まさか、だよ。彼は宮廷魔術師になんて」
「なれない? 意外に信用してないんですね」
「そうじゃないよ」
ユファスは苦笑した。
「望まないだろう、と言うんだ。もし彼が申し出れば、シュアラ殿下はお喜びだろうし、それこそ近衛隊長だって推すだろう。でもエイルは、何て言うのかな、いま宮廷勤めをしているのも……間違っていると言うのはおかしいけれど」
「向いてない? それとも」
アロダは考えるようにした。
「彼の運命は――違う方向にある、とか」
「かもしれない」
ユファスはうなずいた。
「と、ちょっと待って」
そこで料理人の青年はまた片手を上げた。
「どうしてエイルのことを知ってるんだい」
「あなたと私が偶然に素敵な再会ができたのは彼のおかげじゃなかったですか?」
ユファスは、先だっての墓参りを思い出した。
「まあ、それはそうだけど、あなたは会ってないでしょう」
「魔術師同士には会ったも同じですよ、ああやって魔力の残滓を知れば。たぶん」
アロダは肩をすくめる。
「向こうだって、私に会った気になってると、思いますね」




