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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第7話 決断の代償 第2章

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06 問題なのは

「いまのままでラニタリスと『仲良く』やることは可能さ」

 エイルは肩をすくめた。

「子供の顔をする魔物。生憎と言うのか、演技じゃない。あれが生来だ。あれを目に見えるままに可愛がる。可能だ。同時に、使い魔として、使い続ける。動物みたいに、しつける」

 青年の口調には、苦々しいものが混ざった。

「そんなふうにやりたいってんじゃない。でも、〈塔〉。一度つながれた使い魔が解放されるってことは?」

「多くは、主の死を意味する」

「それを訊きたいんじゃないよ」

 その主は顔をしかめた。

「野生の生き物なら、野生に帰るんだよな。街でも暮らせるような(ミィ)やら(ビルク)やらなら、路地裏に帰るってとこか。でも」

 エイルは石の壁を見透かすような視線を送る。拡がる大砂漠(ロン・ディバルン)

「魔物は? それも、力を手にした」

「さて」

 〈塔〉もまた、砂漠に目を向けたような気がした。――どうやってかはともかく。

「俺さ」

 エイルは呟くように言った。

「首飾り以上に、あいつを放っておくことはできないんだ。名を呼び、使い魔としたときからそうだと言えばそうなんだけど、いまじゃ」

 あの力。

 ねじれた力を持った魔物を気儘に飛び立たせればどうなる?

 呪いある首飾りを捨て置くよりも、酷い状況を招くことに、ならないか?

「判んねえ、けど」

 青年は頭をぐしゃぐしゃとやった。

「エイル」

「何だよ?」

 〈塔〉の声にまた顔を上げた。

「主よ」

「だから何だよ」

「日々、掴んでいるな。日々、段を上がるように」

「へえ」

 建物の主は少し笑った。

「お前にも魔術師みたく、『見える』ものがあるって訳だ」

「そのようなところだ」

 〈塔〉は普通に返した。

「私はな、エイル。お前の成長がとても楽しみだ」

「へえ」

 青年はまた言った。

「何か? まさか子供の成長を見守ってるつもりじゃあるまいな?」

 そう言うと今度は〈塔〉が──どうやってか──笑った。

「そのようなところだな」

「あのなっ」

 エイルはこれには抗議した。

「俺は魔物のガキを持つのもお断りだけど、石製の親父を持つのもお断りだっ」

「父親か」

 ふと〈塔〉の声音が変わった。すとん、と勢いが落ちたかのよう。

「お前は、父を知らないのだったな、エイル」

「ん」

 エイルは頭をかいた。こういった話題はたいてい「可哀相に」だとか何だとかつくので、あまり居心地がよくない。当人としては、「父親」というのは全く覚えのない存在であり、いないという寂寥感はないのだ。

 もしアニーナがそれを日夜嘆き悲しむようなことをしていたら、息子は「父がいないと言うのは寂しいことなのだ」と覚えて育ったかもしれない。ただ、幸か不幸かアニーナは「お前の父さんはいい男だった」とか「ヴァンタンとあたしが歩いてると誰もが羨ましそうに振り返った」とかいう惚気の類ばかりを口にしたので、エイルにとってヴァンタンという男性は、自分の父だというより母の恋人なのだという感覚すらある。

 だから、父の不在をことさらつらく思ったことはない。

 だが、まさか〈塔〉が気の毒だとそんなことを言い出すとも思えないな、と考えたエイルは改めて〈塔〉を──見るならここだと決めている一点を──見た。

「それが、何だよ?」

 彼は三度(みたび)言った。

「実はな、エイル」

 〈塔〉は神妙な声を出した。

「私は父と子というものに憧れを持っている」

 エイルは吹き出しそうになるのをどうにかこらえた。

「笑いたければ好きにしろ」

 〈塔〉はそれを感じ取りでもしたか、そんなふうに言った。

「オルエンとお前を見ていると、たまに思うのだ。父と息子とはこのような」

「冗談にしても最悪だっ」

 エイルは厄除けの仕草をした。

「だいたい、あんな韜晦爺なんざ、存在自体が迷惑ってもんだ」

 あのあと、オルエンはまたも雲隠れである。エイルはオルエン専用罵詈雑言を並べ立てた。――呪いは、抜いた。

 ただ、この言いようは癖みたいなものだ。彼は以前ほどには、オルエンを困った爺さんだと思っていない。

「まあ、正直に言うなら、感謝は、して、る」

 オルエンがアニーナを守ってくれたことは間違いのない事実だ。彼はそれをよく理解していたので、当人を前にはとても吐けそうにない台詞を呟くようにした。〈塔〉は特に何も言わなかった。

「呪いを解く方法をほかにも探してくれるって、そうも言った」

 タジャスでのやり取りを思い出しながらエイル。

「ただ、そのあとで母さんを守ってくれるだかってことになったし、実際それは見事にやってくれたし、我が師匠の素晴らしきご助力はそれに代わったものと思ってた」

 でも、とその弟子は続けた。

「もしかしたら、それを実行してくれてるために連絡がないのかも、とも思う」

 彼はこれまで、オルエンにどんな期待もしたことがない。しかし、(なが)の不在から戻ってきてよりこっちというもの、師匠はエイルの期待以上のことをやってくれている。それもまた確かだ。

 ゼレットに言わせれば、助力を期待させておいて弄ぶ(・・)ということになろうが、オルエンはそんな形で意地悪などしない。と思う。たぶん。

「問題なのはさ」

 エイルは首筋をかいた。

「いまや、呪いじゃない」

「ほう」

「イーファーでもない」

「では」

 〈塔〉はゆっくりと言った。

「ラニタリス、か」

「半分、当たり(レグル)

 エイルは面白くもなさそうに拍手した。

「では残りの半分は」

「俺、だよ」

「どう、問題だ」

「もう、『魔術師としてやってくかどうか』じゃない」

 エイルは中空に意味のない印を切った。

「『どういう魔術師になるか』」

「ほう」

 〈塔〉はまた言った。エイルは沈黙する。

 ふと、ダウ導師の真面目な顔が浮かんだ。

 師と仰ぐならばスライの方が肩が凝らなくていい、などと思っている青年術師は、いったい何でまた兄弟子のことなど思い出したものか、将来(・・)を相談するなら彼がよいと考えたのか、いややっぱりスライの方が、などと考えたところでその理由を知る。

「アーレイドから呼んでいるぞ」

「――ダウ師?」

そうだ(アレイス)

 〈塔〉の返答に成長途上の魔術師は、成程な、と納得をした。彼はその気配を感じ取ったのである。

「ちょい待ち」

 エイルはすうっと息を吸って目を閉じると、遥か西方の故郷にある魔術師協会とその導師に意識を集中した。

(ダウ師? どうしたんすか、突然)

 実際、スライではなくダウから連絡があるというのは、いささか意外であった。

『エイル術師』

 ダウの静かであまり温かみを感じさせない声が聞こえる。と言っても特に嫌な感じはない。せいぜい「好きとは言えない」というくらいだ。

『あなたに連絡をと』

 ダウはそうとだけ告げると本題に入った。

『先程のことです。アーレイド城が(イネファ)の襲撃を受けました』


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