05 話を聞こう
「いつきた? 今度はいつくるとか、言ってたか」
エイルが言うと女は少し考えるようにしてから首を横に振った。
「そんな話は聞かなかったよ。レギスに帰る、なんてことは言ってたけど」
「レギス?」
「帰る?」
「フラスの近くにある町らしいよ。そこに、何て言ったかね、そうそう、ホンキョチがあるとか」
「本拠地」
よもや、東国ふうの品を偽造する一団の隠れ家でもあるのだろうか。エイルはそんなふうに思ったエイルは嘆息した。これは、間違ってもシーヴが退きそうにない。
「その『リグリス様』だが」
シーヴは、エイルが案じたようにはレギスに行くぞなどと言い出さず――当然のこと、と思っているのかもしれない――司祭について口に上せた。
「どうして商人がわざわざ挨拶に? ここでは商売をしないのなら、機嫌をとっとく必要はないんじゃないのか」
「さあねえ。どちらかと言うとセラスの方で、クエティスだっけ? あの男を呼ぶみたいだよ。何て言ったっけ、彼の人脈っての? そういうのが要るんじゃないかってのがあの男の言だったよ」
名前を覚えていない割には、話の中身はきっちり記憶しているようだ。なかなか有難い。
「司祭が。商人に。どんな用事なんだ」
「さてねえ、伺ってみたらと言いたいとこだけど」
女は肩をすくめた。
「あの方はあたしらの前にゃ顔見せないし、若くて可愛い神父様もどこだかに修行に行ったとかで、いま、わたしらにあの方々と言葉を交わす手段はないのさ。教会には代理の神官様がいるけど、何だか冷たくてね、いまは滅多に誰も寄らない。ま、あの方々とお話をしたいともあんまり思わないけどね」
女はそう締め括ると、仕事に戻ると言って立ち上がった。
「火の術、ねえ」
それを見送るようにしながら、エイルは胡乱そうに声を出す。
「魔術じゃないことに〈塔〉の主の座を賭けたっていいけどさ」
「魔術師には魔術師が判る、とね。それじゃ神様のお力だろ」
「だからそれがおかしいんだって」
エイルは声を潜めた。
「八大神殿の神官じゃないみたいなこと言ってただろ。そりゃあ神様なんて有名どころ以外にもいっぱいいるけど、司祭はともかく、神父までいるってのは、なかなか」
箔をつけようと司祭を名乗るのは小さな宗派でも有り得そうだ。だが、神父となるとどうだろう。ただ布教を目的とするならば、逆に「司祭」などという偉そうな役職は不要のはずだ。
となると、それは何らかの組織として存在できる、ある程度以上の団体。少なくとも、そういった形を保とうとするだけの志や理由がある何者か。
「火の神様ってのはそれくらいの力があるんじゃないか?」
「アイ・アラスについて言ってるんじゃあるまいな?」
エイルが顔をしかめると、シーヴは「何か問題か」とでも言うように片眉を上げる。そこで魔術師は、通常アイ・アラスなどの自然神は神官や神殿を持たないのだと説明した。
「そう言や、確かに自然神の神官なんてのは聞かないな」
成程、とシーヴは言った。
「じゃあ、ここの神官たちは例外なんだろうよ」
「あのな」
エイルは、魔術師ではない男にどうやって説明したものかと眉を潜めた。
「簡単に言えば、火の神様を崇めたところで神力は身につかないんだ。火の技なんてのは魔術師の領分。言っとくが、天候を操ることができるほどの魔力があれば、似非神官を名乗るよりどっかの魔術師協会を乗っ取った方がいいと思うね」
「んじゃ」
砂漠の青年は顎をかいた。
「お前の推測は」
言われたエイルは考えるようにした。
「そうだな、魔術によく似た作用を施す魔法陣を使っている。それにしたって町ごとってのは相当だけどな。或いは、『セラス』は俺の知らない力の持ち主。たとえば」
エイルは肩をすくめる。
「本当に、神の使いとか」
「はっ、神の使いが田舎町で神殿ごっこか? 八大神殿が泣くな」
「大都市に食い込めない、ささやかな神様なんじゃないかな」
「神の使い」というのは半分以上冗談であるので、エイルは全く適当なことを言った。
「判らないよ。少なくとも、町びとを寒さから守るなんて術に邪な意思は感じられないね。まあ、機嫌を取るため、ってのはあるかもしれないけどな」
小さな宗派であれば、町びとと揉め事を起こすことは避けたいだろう。何の力によるものであれ、恩を売っておいた方が楽だという考えかもしれない。
「気になるのは、司祭とやらがクエティスを呼んでいるようだ、という点だが」
「善意の解釈をすれば、クエティスが偽物を売ると知って、町びとを騙さないように言い含めるため、とか」
「悪意がある訳じゃないが、もうひとつの解釈としては、偽物を売ってることをばらされたくなければ金を出せ、というような」
「聖職者だろ」
「神官サマは一切悪事を働かないとでも?」
「そうは言わないけど」
エイルはうなった。
「そもそも、司祭ってのも自称だよな」
沈黙が降りる。
「――『セラス』に話を聞こう。ご本人が無理なら、下っ端神官でもいい」
「何を聞くんだよ?」
エイルは口をへの字にした。
「ご友人の偽物屋について話を伺いたいのですが、とでも?」
「その辺だろうなあ」
「おい」
エイルはシーヴを睨んだ。
「仮にも、ここの権力者に相当する奴みたいだぜ。怒らせたら厄介だろう」
「怒らせようと思ってる訳じゃない。ただ、聞いとくべきことは聞いておかんとな」
確かにもっともな台詞ではある。クエティスという人物を知っている相手に行き当たったのであるから、彼らの目的としては、話を聞くべきだ。
「行くだけ行ってみるか。駄目なら、フラスだ」
「それに、レギスと言ったか」
シーヴの言葉にエイルはうなずきながら、この「長旅」を――自身の定めであろうと何であろうと、自身のものはよいとしても、シーヴのそれをも認めつつある自分にこっそり息を吐いた。




