12 護衛騎士
「私が選ぶものをご存知の上で閣下はカティーラ姫を私にと仰って下さいました。妻もそれを知っています」
「本当のところを言えば、嬉しいわ。でも、駄目よ」
シュアラは首を振る。
「お願い。何かあったときは、まずソレス夫人と子のことを考えて」
「お約束はいたしかねます」
「ファドック」
「いえ、シュアラ様。どのようなご命令にも従いますが、それだけは承れません」
護衛騎士は穏やかな口調のままで言った。王女は困って、何か言おうとし、だが口をつぐむと首を振った。
「ファドック・ソレスである前に騎士であろうとする、それがお前の決めたこと?」
「ファドック・ソレスが、シュアラ殿下の護衛騎士なのです。お気に召さないならば、正式に解任なさるか、或いは追放か死罪にでもしていただかない限りは」
「全く、本当だわ」
それはファドックの台詞に対するものではないようで、騎士は片眉を上げた。
「エイルよ」
「彼が、何か?」
「ファドックはとても頑固だって。私はあまりそんなふうに感じたことはなかったのだけれど、いま実感したわ。エイルの方がお前をよく知っているのね」
シュアラのその言葉にファドックが何か返そうとした、その、とき。
城内、と言う場所に似つかわしくない騒音が、厚い壁を越えて王女の部屋に伝わってきた。
「――何ごとかしら?」
王女が眉をひそめる間に、騎士はさっと王女を守れる位置についた。
「失礼いたします、殿下、ご無礼を!」
ばたん、と扉が乱暴に開かれると、近衛隊の制服を着た若者が青い顔で姿を現した。
「どうした。報告せよ」
若者の慌てぶりから、何か尋常ならざる事態が起きたことは明らかであった。シュアラは無礼を咎めることはせず、ファドックは落ち着いて問う。
「はっ」
兵は自らの狼狽に気づき、その恥を返上するようにぱっと敬礼をした。
「城内に……侵入者が」
「何ですって?」
「どこだ」
「西門です。十名ほどの賊が門を強襲し、突然の乱入を。すぐさま巡回兵たちが対応し、鎮圧するかというときに、更に二十名ばかりが」
「三十」
ファドックはもとより、シュアラですら奇妙に思った。
西門。西棟。そこには賊が狙うような「お宝」は何もない。こっそり内部に忍び込み、宝物庫を狙うとでもいうのならば判るが、三十名で城を強襲とは。王城都市たるアーレイドには訓練された正規兵もごまんといるのだ。仮に、賊の望むものがもっとも西門に近い棟にあったとしても、たどり着けるかも怪しい。
加えて、そのように二隊に分ける意味も判らない。ひとりふたりで侵入するか、大隊でもって戦でも仕掛けてくるならまだしも、そんな中途半端な人数で、いったい何を。
「軍団長は」
だがファドックは「そんなのはおかしい」だの「狙いは」だのとここで言っても意味のないことは言わず、正規軍隊長サダルの居場所を尋ねた。
「それが、東街道に巡回を」
軍団長は、たいていの都市においてその警護、護衛隊の最高指揮官である。不在時は副隊長がその任に当たることも多いが、アーレイドでは、その代理は近衛隊長の任務であった。
十名と二十名。どうにも中途半端だ。襲撃にも侵入にも。小隊のひとつも出動すれば、簡単に制圧できるだろう。
だが――。
ここはアーレイドだ。数代に渡って近隣とも問題なく、不穏な噂もない。生憎と犯罪が皆無とは行かないが、それでもここは、平和な街なのだ。
得体の知れぬ賊の集団がいきなり城門を襲うなど、それが十名でも一千名でも同じ緊急事態である。
ファドックはすっとシュアラを見た。思いがけぬ知らせに彼女の顔からは血の気が引いていたが、それでも王女は取り乱すことなく近衛隊長に向けて退室の許可を出した。
近衛隊長であれば、ここは敬礼をひとつして、素早く踵を返すべきである。しかし護衛騎士としては、王女の近くを離れるべきではない。
ファドックはわずかに逡巡した。
シュアラかアーレイドかというのは彼に取って――もしかしたらシュアラかカティーラか、よりも選べぬ〈ヒュラクスの紐〉であるかのようでもあった。
ファドックが選ぶのは最後には王女であろう。ただ、この現実問題に則したとき、いま彼を必要としているのは城の西棟と、指揮官代理を待つ兵たちだ。
「先の命令が聞けないと言うのならば、これは聞いてもらわなくては」
その一瞬の逡巡を見て取ったシュアラは、すっと立ち上がった。
「ファドック、行きなさい」
王女は緊張を隠して、はっきりと彼女の騎士に命じた。
「いま必要なのは王女の護衛騎士ではないわ」
言うと、シュアラは笑んだ。
「必要なのは、アーレイドの護衛騎士よ」
その言葉にファドックは静かに頭を下げ、無言で忠誠の仕草をするとさっとその身を翻した。
決めれば、彼は迷わなかった。だがそれは、これが何のはじまりであるのか、いまだ彼が知らぬ故であったろうか?
シュアラはその後ろ姿を見送りながら、胸に手を当てた。
エイルから贈られた魔除け飾りが、どうか彼女の街と、そして騎士を守ってくれるように――と。




