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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第6話 嵐の兆し 第2章

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11 道を示した責任

「……本当に、騙せるかな」

 呟くように青年は言った。

「何をいまさら」

「そりゃあんたの術はすげえし、本物を知ってる俺が見ても、形状はもちろん、呪いごとみんな似てる。でも、もし……イーファーが気づいたら」

「イーファー?」

「コリードの名がイーファラードであるとスライ導師が掴まれたんです。そして、彼はラギータ家の人間である可能性が高い。現当主の弟がイーファーと呼ばれていました」

 ウェンズは彼らが知った事実を簡潔にオルエンに説明した。オルエンは鼻を鳴らす。

「イーファラード。それはまた、ずいぶんとよい名をつけた」

 もちろん皮肉であろう。

「スーリィンはレンの捻れを嫌って街を出たのであろうに、その子孫どもがトルーヴに影響されるとはな。とんだ〈ドーレンの輪っか〉だ」

「トルーヴに影響、だって?」

その通り(アレイス)。かつてのレンは、エイル、お前の知っとるよりはまともだった。だが、いかんせん〈魔術都市〉と呼ばれるだけの場所だ。術師にばかり都合のいい街を作ればどうしたって捻れる。もっとも、私の言うことではないがな」

 オルエンは皮肉めいた笑いを見せた。

「トルーヴがレンを出たのは、何かしらの目的があった。スーリィンのように故郷を捨てようとした訳ではなく、彼はともに旅に出た女と戻ってくるはずだった。だが何らかの事情でそれは為されず、連れ立った女の行方は知れず、彼はレンを離れて放浪をし、偶然か必然か、同じようにレンを離れた女の子孫と出会った」

「運命、とは言わないんだな」

「言ってほしければ言うが」

「言って『ほしい』訳じゃないよ」

 エイルはまた言った。

「トルーヴはレンの悪影響をまき散らしたくてふらついていた訳ではなかろうが、彼の意志とは別に、彼の片翼竜はラギータ家の女にレンを思い出させた。猫は魔性だが、その魅力で竜を引き止めるのは不可能だろうな。トルーヴは去り、だが女は諦めず、レンの捻れを自身の家系に呼び起こそうとでも言うように、面倒な遺言をした」

「当主は魔術師と結婚すべし?」

「子供たちには魔術的な力のある名を付けるべし、というのもありますか」

「魔術的な力だって?」

「リティアナローダ。リティリーザ。イーファラード。偽薔薇に毒薔薇、闇の術師。名を呼んだからどうというのではありませんけれど、〈名前は運命を作る〉と言いますね。暗い名は暗い力を呼ぶと思われている。だから通常はつけないのですが、真偽はともかくとしてこの場合、ラギータ家の当主たちが暗い名に求めるのは、レンの捻れということに」

「阿呆じゃねえのか。んなもん求めて、何になるってんだ」

「何にもならん。だが、何かになると思っておるのだろう」

「栄光を再び、かよ?」

「さてな」

 オルエンは肩をすくめ、エイルは唇を歪めた。

「イーファーだかコリードだか知らぬが、呪術師が何か気づいたとしても、商人が気づかなければ問題はない」

「何でだよ。気づけば、言うだろ」

 エイルは顔をしかめた。彼が考えていたのは逆だ。クエティスは気づかないかもしれないが、イーファーが気づけば同じだと言うような。その疑問に答えたのはウェンズである。

「いくら黒い技に長けたとしても、それだけの呪いをこなす術師……オルエン殿のような術師を敵に回すことは得策でないと考える可能性が高いからです」

「気づいても、黙ってるってか?」

「通常であれば、十二分に有り得ます。ですが、イーファーも首飾りをほしいと考えている以上は……」

 少し躊躇いがちにウェンズは言った。高位の術師に対して異を唱えることに、不安を覚えているのだ。

 これはウェンズが気の回しすぎだとか、怖がり(・・・)だとか言うのではなく、魔術師ならば逃れ難い感覚である。エイルは、オルエンにこそ異論反論抗議に苦情、何でもできるが、それ以外、ダウだのスライだのアーレイド協会長(ギディラス)だのに対しては難しい。向こうに威圧するつもりがなくても、魔力に気圧されるのだ。

「そやつの望みについては、何とも言えぬがな」

 オルエンはウェンズの方を向くとそう答えた。

「先におぬしは何と言った? 最短で一旬。そうだな?」

「ええ」

「ならば一旬だ。呪いが解ける、そのことが商人の疑惑を招き、呪術師の確信を招くかもしれん。解くことができれば、呪術師も術をかけた魔術師の力を甘く見るかもしれん。判るか」

 今度はオルエンはエイルを見た。

「一旬で、呪いを解く方法でも首飾りから手を引かせる方法でも何でも考えろ。三日よりはましだろう」

「そりゃ、三倍以上あるけど」

 三日ではなく二日半であったと考えれば、四倍である。

「これまで、何も判らなかったのに!」

「嘆くな。私も手伝ってやる」

「……まじ?」

 オルエンの「助力」はこの偽物作りだけで終わると思っていたエイルは口をぽかんと開ける。

「もしかして、熱でもあるんじゃ」

「これが高熱のうわごとだろうと、お前には重畳だろうが。何なら誓いもしてやるか」

「いったい、何でだよ」

 エイルの口から出ていたのはそんな言葉だった。オルエンは唇を歪める。

「不満なのか」

「助かるさ、そりゃあな。でもあんたは、関わることを避けようとするみたいに、しばらく顔を見せなかったりしたのに」

 エイルはごく普通の口調で言った。疑念や皮肉の含まれないそれを聞いたオルエンは、はじめて見るもののように、弟子を上から下まで眺めやった。

「関わりを避けるように」

「否定するならそれでもかまわないけど」

「そうか」

 老魔術師はわずかに息を吐いた。

「お前は、そう見たのか」

 それは「誤解である」という類の言い訳とも取れた。「お前はそう考えたやもしれんがそうではない」と言うような。

 だがエイルは気づいた。オルエンは「お前の魔力(・・・・・)はそう見て取(・・・・・・)ったのか(・・・・)」という意味だ。

「避けるつもりはなかった。だが結果は同じことだな。エイル、私がお前に道を示した。選んだのはお前自身だが、お前は私が示さずとも同じ道を採ったやもしれぬ。だが私には、道を示した責任があるな」

「責任だって?」

 エイルは鼻の頭にしわを寄せた。

「よせよ。らしくないし、気味悪ぃ」

 いつだったかオルエンは、エイルにこの塔の鍵を提供したあとで「増えた選択肢を掴んでおきながら、選択肢を増やしたことを責めるのは筋違いだ」などということを言った。

 だというのにいまの台詞はまるで逆だ。

 口に出しては「気味が悪い」と言ったが、どこか不思議な感じもした。

 何が、オルエンを変えたのか。齢何百年になるのだか判らない魔術師が、二年やそこらで感性を変えるとも思えない。ならば、変わったのは、エイルか。

「ふむ」

 オルエンは腕を組んだ。

「では私の助力は別の形とでもするか。受け渡しに関して、問題は何だ」

「母さん」

 エイルは何か考えるより先に言っていた。

「シュアラの方はファドック様に任せられる。でも母さんは」

「よし、では私はそこだ」

「何?」

「お前さんたちが拙い芝居を頑張る間、アニーナ殿の守りは私が引き受ける。何か質問は」

「……まじで?」

 エイルはまた言った。

「それが質問か」

 オルエンは鼻で笑った。

「まじもまじ、大本気だ」

 師匠はそう言うとにやりとした。

「安心して芸事(トランティエ)に励め」


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