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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第6話 嵐の兆し 第2章

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07 いきなり何なんだ

 どのようなやり方で、どの程度の力で、どちらの方角に魔力を向ければ、術のあとで頭痛に悩まされずに済むものか。向けられた魔力をどのように受け止め、或いは受け流し、投げ返し、打ち返せば相手に届くものか。

 また、こうして力のやり取りをすれば、エイルがウェンズの助力を必要としたとき――逆は、とりあえずあるまい――ウェンズはどう力を行使するのがいちばんエイルに効果的であるか、知っていくこともできる。

 もどかしくもあるが、おそらくはいまできることで最上だろうと思った。

 時間は、静かに流れた。

 ふたりの術者は向かい合ったまま、無言で印を切り、杖を振る。それは、傍から見れば何とも奇妙で、どこか滑稽な様子だった。

 だがそれを見ているのは〈塔〉だけであり、〈塔〉は真剣な彼らに笑いを洩らしたりはしない。

 エイルは時折しくじり、ちょっとした衝撃を受けた。

 それに対してウェンズが何か言ったり、先ほどの「講義」の際にやっていたような、雷の子(ガラシア)を「教え子」に放つようなことはなく、ただその代わり、変わらぬ速度で力を放ってきた。

 つまり、衝撃に驚いてもたついていれば、次の衝撃がやってくると言うことだ。

 エイルは呪いや罵りの文句を呟くことも控え、ひたすらに集中して力を受け、力を返し続けた。

「――いったい、何事が行われているのかと思えば」

 どこか呆れたような声が耳に届いたのは、彼らが「訓練」をはじめて半刻は経とうという頃であった。

 ウェンズは傷跡のためか、感情が見えづらい。はたまた表情を隠すのがもともとうまいのかもしれないが、どこにも疲労の色はうかがえない。一(リア)で杖を引き、害意がないことを示すためであろう、それを消し去った。

 一方でエイルはついていき損ねた。中途半端に杖を回し、生じさせた魔力を慌てて消滅させると、感じはじめていた疲労がどっと大きくなるのが判った。

「驚かせるんじゃねえ、クソ爺」

「何と。私にいま、そのような口を利いていいのかね、弟子よ」

 白金髪の魔術師は、大げさに首を振った。

「お初にお目にかかります、オルエン殿」

 ウェンズは丁重な魔術師同士の仕草、それも協会長級の相手に対する敬意ある仕草をした。

「エディスンのウェンズと申します」

「成程」

 オルエンはその名乗りを聞くと、黒に近い色の髪を持つ若者をじろじろと眺めやった。

「では、おぬしが噂の」

 オルエンはにやりとするとウェンズを見た。

「フェルデラの、飼い犬(テュラス)か」

「おいっ」

 エイルは憤然と声を出した。

「いきなり何なんだ、その言い草は」

「いきなりでなければよいのか?」

「いきなりだろうとあとだろうと、失礼な言い草だろが」

「どうせ言うのだから最初でもかまわんだろう。丁重丁寧にご挨拶してから言えばよいというのでなければ、いつ言ったところで同じだ」

「私はエディスン協会の術師ではありますが、協会長に仕えている訳ではありません」

 戸惑いながらもウェンズは返した。オルエンは鼻を鳴らす。

「自覚はなくとも、犬だ。あの協会長は食わせ者だぞ。優しい顔をして、えげつない」

「何だよ、知り合いなのか」

「興味を持たれては厄介だからな、顔を合わせたことはない」

「それでその言い草かよ」

「事実なのだから仕方あるまい。よいか、ヒサラ・ウェンズ。おぬしには自覚なく、何も魔術をかけられている訳でもなかろう。それでもお前はあやつの犬だ。自分を大事にしたければ気をつけることだな」

「ご忠告、と思っておきます」

 ウェンズは困った顔で応じた。

「何なんだよ。もうちょっと説明しろ」

「説明も何も。お前は奴に相対したときに何も感じなかったのか?」

「正直、ちょっと怖いなとは思った」

「それだ。判っておるではないか」

「でも力のある術師に面と向かったら感じるようなもんだ。話してみれば穏やかそうだし」

「それがあやつの手だ。騙されるでない」

「フェルデラ協会長が首飾りを狙ってるとても思ってんのか。根拠は」

「首飾りの話などしておらん。フェルデラには気をつけろと言っておる」

「それにしたって根拠が見えないぞっ」

「根拠だと。お前が感じ取ったものは何だ。あやつはお前に何も言わなかったのか」

「いろいろ、話したさ」

「気にかかっていることはないか」

「そう言や」

 言われてみれば、気になることもあった。エイルはエディスンの魔術師協会長室を思い出しながら続ける。

「呪いを解くには、それより強い力をぶつければいいとか、んなことを言われた」

 聞いたオルエンは顔をしかめた。

「そうきたか。お前は、どう答えた」

「いや、俺が何か言う前に、禍々しい力を使うのはやめろとか何とか、ローデン術師がさ」

「何と。そやつも同席しておったか」

「宮廷魔術師の方も問題なのかよ?」

 半分呆れた声でエイルが言うと、しかしオルエンは首を振った。

「あやつはよい。ねじれた力を持っておって、しかも性格の方もかなりひねくれておるが、根底にあるのは白か黒か、応か否かだ。判りやすい。いまはそれが全てエディスンとカトライ王のために捧げられとるのは惜しいが、あやつは興味がないと思えば『興味がない』と言って本当に、それきり、見向きもしない」

 淡々とオルエンは言い、ウェンズは心当たりでもあるのか、少し笑んだ。

「だがフェルデラは違う。興味津々であっても言霊に縛られない形で興味がないように告げ、そのあと、じっと観察を続けておる」

「では」

 ウェンズは真顔になってオルエンを見返した。

「私が、協会長の目だと仰るのですか」

「もの判りがよいな。そういうことだ」

 オルエンは片眉を上げ、エイルは割って入るように片手を上げた。

「待てよ。でもウェンズは協会長から何の命令も受けてない。そうだろ?」

「ええ。誓って」

「だがあとで命じられれば、同じだ」

 オルエンは鼻を鳴らすと簡単に言った。

「あれのことは警戒しておけ。何しろ、魔物だ」

「そりゃいくらなんでも酷いだろ」

 エイルは顔をしかめた。

「驚きました」

 ウェンズは目をしばたたいている。エイルは何だか決まり悪くなった。

「悪い、ウェンズ。こいつはいつも勝手なこと抜かす爺ではあるけど、今日はいつもに増して」

「いえ、いいんです、エイル。事実なんですから」

「……何?」

 発せられた台詞に、今度はエイルが目をしばたたく番だ。

「隠している訳ではありません。気づく術師も少なくない」

「おかしいのはそれを容認しとるエディスンの術師どもだ」

「待て待て待て」

 エイルは片手を振り回した。

「魔物? あの人が?」

「だから人ではないのだ」

「人外、魔族と言われる存在ですね。半分ですが」

「何だってえ!?」

 魔物。魔族。人外。――半分? まさか、と思った。そんなふうには見えなかった、と考えて彼は舌打ちする。ラニタリスだって、子供でいれば「そんなふうには見えない」!

「で、でもまさか、協会長だろ」

「有り得ない話でもないんですよ。歴史的に見れば幾度もあることです」

「だがそれはもう少し害のない奴らだ。よりによってソーリンダルとの混血(キシリス)など。シアナラスの目は節穴でもあるまいに」

「〈媼〉をご存知なのですか?」

 ウェンズが問えばオルエンは首を振る。

「直接には知らん。彼女の前の協会長ならば、言葉を交わしたことがある。彼の目は確かだったが」

「ならば後継者たるシアナラス・クランサーの目も信頼していただけませんか」

 ウェンズが静かに言う。オルエンは唇を曲げた。

「なかなか言うな、坊や。だがお前は知らない。ソーリンダルとラロウ、ファミルの確執、戦。〈コルファセットの大渦〉ができたのは、奴らの争いの結果だぞ」

 エイルとウェンズは揃って目をぱちくりとさせた。ウェンズの方がエイルよりも相当博識であることは疑い得ないが、いまの演説に関する理解度は、おそらく大して変わるまい。


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