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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第6話 嵐の兆し 第1章

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06 お友だちじゃあないね

「リティリーザ、お客様なら、ちゃんとバチルカを呼んで対応なさい」

「彼らは夜露を求めるのではないのですって」

「あら、そうなの」

 そう言ってリティリーザの母は、淡い青色をした瞳を彼らに向けた。

「けれど、魔術師(リート)ね?」

「何でそう思われるのか不思議だな」

 エイルはそう言った。ごまかすつもりと言うより、実際不思議に思ったのだ。ウェンズはともかくエイルは、魔術師だと見られることなどない。

「リティリーザの勘は鋭いの。そうでなくても」

 ふっと女主人は笑った。

「この家に若い男性が訪れてくるのは、夜露がもたらす魔法の薬のためばかりだもの」

「そんなもの、要らないけどな」

「あら、そうなの」

 女主人はまた言った。

「ではトルーヴを追う者かしら? 残念だけれど、遠きお婆様もそれは成せられなかった。幾人か彼を探した者もいるけれど、誰も痕跡すら見つけられない」

「知らないよ、そんな奴」

 聞き覚えのない名前にエイルは首を振った。

「私たちはただ、このご婦人に会いにきたのです」

「リティリーザのことでは、ないようね」

 ウェンズの言葉に女主人は笑んだ。

「ではもしや、ケミアンのお友だちかしら」

 商人クエティスの完名、「ケミアン・クエティス」を思い出したエイルは盛大に顔をしかめる。

「少なくともお友だちじゃあないね」

 首を振ってそう答えた。

 この場は「友人だ」と答えた方が波風が立たなかったかもしれないが、「友だと言って標的の周辺を探る」などはクエティスと同じ行為であり、それを忌避した――と言うよりは、作戦でも冗談でも皮肉でも、あの商人を友と呼びたくなかったのである。

「私たちは彼に頼まれ、あのご婦人の」

 とウェンズは二十代頃のスーリィンを指した。

「首飾りについて、調べています」

 クエティスに調べてくれと頼まれた訳ではないが、首飾りを渡せと「頼まれ」たこととそれについて調べていることについての因果関係をはっきりさせなかっただけで、ウェンズの言葉に嘘はない。

「そう。では彼はいまでもあの首飾りを探しているのね」

 どこか困ったように笑った顔に、エイルは何かを感じた。彼はこの女性をどこかで見たような気がする。もちろん初対面だ。だが、誰かに似ている。

『スーリィンに似ているんじゃありませんか』

 エイルの疑念を感じ取って、ウェンズの声がした。

(まあ、血縁なんだし、似てなかないな。でもそうじゃない。スーリィンを見たときは思わなかったけど、改めて考えてみると、やっぱ「貴婦人」もこの女性もまとめて、誰かに似てる)

「イーファーも一緒なのかしら」

「――誰だって?」

 ふと出た名前にエイルは曖昧な記憶の捜索をやめて問い返した。

「誰だ、それ」

「私の弟よ。私が家を継いで以来ここには寄りつかないけれど、彼はトルーヴを追っているから、首飾りとも関わるでしょう」

 エイルとウェンズは顔を見合わせた。ふたりして首をわずかに振る。やはりどちらもその名を知らない、という訳だ。

「トルーヴってのは?」

「ケミアンから聞いていないの? それなら、イーファーは一緒じゃないのね」

 残念そうに女主人は言った。

「聞きたいのならお話をしてもいいわよ、魔術師であることを隠す魔術師さんたち」

「ヒサラはきっと魔術師よ」

 リティリーザが口を挟んだ。

「ね、ね、お母様。私、ヒサラがいいわ。二十も三十も年上の男なんて嫌。ヒサラならまだ若いもの、ね?」

 一般的には二十の半ばほどのウェンズは充分に「若い」と言えたが、十五前の少女にしてみれば「まだ」がつくのだろう。エイルは少し笑った。

「ずいぶんと気に入ったのね。ヒサラさん(セル・ヒサラ)?」

 少女の母親は上から下まで検分するようにウェンズを見た。

「どう? ラギータ家、次代の女主人の婿になる気はある?」

「魔術師であれば氏素性はおかまいなしなんですか」

 今度はウェンズが笑った。

「お嬢さんをたぶらかす(・・・・・)のも問題がありますね。そうですね、私はリートであると認めましょう。ただ」

 言うとエディスンの術師はさっと自身の顔を撫でるようにした。

「これを見れば、リティリーザは別の魔術師を捜すんじゃないでしょうか?」

 振り返ったウェンズの顔右半分を占める、生々しい傷跡。赤く爛れたようなそれは掌を広げても隠し切れぬほどだ。直視したリティリーザの身体がびくりとなり、表情は強張る。薔薇色の頬からは血の気が引いたようだ。ウェンズは謝罪の仕草をした。

(いきなりじゃ、びびるだろ)

 何となくリティリーザに同情してエイルは言った。

『少しずつ術を解くなんてできませんでしょう』

 ウェンズはある意味、もっともなことを返した。

「では、婿入りのお話はこれでおしまいということで」

 声に出してはそう言って、ウェンズは階上の女性を見た。女性も同様にそれを直視したが、特に驚いたり、息を呑むような様子も見せなかった。

「けっこう。誠実ということね。いいわ、リティリーザ」

「は、はい、お母様」

「バチルカに茶の支度をさせなさい。ふたりのお客様がいらっしゃるとね。さあ、お話をしましょう、お二方」

 エイルとウェンズは再び顔を見合わせ、今度は小さくうなずき合った。聞きたい話は、山のようにある。


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