11 関係ありそうだがな
「風謡いに風読み。東からくる砂漠風。別に風神に気に入られる覚えはないんだがなあ」
エイルは、戻ってくるシーヴを見ながらそんなことを言った。砂漠の王子はにやりとする。
「砂神が呼びし風は遥か大砂漠をよぎりて、西の地に歌を送り、それを読む者は――と」
シーヴはたまにやるように、勝手な物語ふうの言葉を紡ぎかけて、ふと言葉をとめた。
「風読み、だと? 何の話だ。俺は知らんぞ」
「ああ」
エイルは、当然だというようにうなずいた。
「そりゃそうだろうな、特に話してないんだから」
「隠してたのか?」
シーヴの機嫌が悪くなりそうなので、エイルは慌てて否定した。
「違うさ、今回の件には関係ないからだよ。たぶん、だけど」
「たぶん」
砂漠の青年は繰り返して、じっと友人を見る。
「聞かせておけ。万一にも関係があるとしたら、知らなければ見落とす」
それは聞き様によっては真っ当かつもっともな台詞であったが、エイルは単にシーヴの好奇心であろうと見て取った。
「俺が直接関わる話でもなければ、これはオルエンの『宿題』でもないけどな」
エイルはそう前置いてから、友人の好奇心を満たしてやることにした。
アーレイドの厨房でともに働いていた友人ユファスの弟ティルドがアーレイドを訪れたのは、もうひと月以上は前のことになるだろうか。
ティルド少年は北方陸線にある王城都市エディスンの王の命令で〈風読みの冠〉と呼ばれるものを探していた。だがそれは、あるはずの場所から失われていた。
魔術師が火事を引き起こし、冠を奪い去ったのだと言う。彼は、杳として行方の知れない冠を求めてアーレイドまで兄のユファスを訪ね、エイルと出会った。
「在処の判らない奇妙なものを探す旅。どこかで聞いたような話だな」
「シーヴもそう思うか」
エイルは笑った。
「俺もそう感じてね、彼を手伝った。と言っても、文献を当たったくらいだけど」
「何か判ったのか?」
「残念ながら」
アーレイドの魔術師協会にある図書を漁っても何ひとつ判らず、塔ではオルエンの蔵書をひっくり返したが、似たようなものさえ見つけられなかった。
ユファスに、あまり弟の役には立てそうにないと言おうと思ってアーレイドへ行けば、事態は思わぬ展開を迎えていた、とエイルは続ける。
「見つかったのか?」
「腕輪がね」
「何?」
「ティルドは、俺がとても気に入らないとある魔除けの素材でできた腕輪を手に入れた」
「素直に翡翠と言えよ」
「嫌なんだよ」
「わがまま言うんじゃない。杖にだってそれをつけてるくせに」
「……判ってたのか」
「判るさ。俺だって、多少は関わったんだぜ」
「多少、ね」
エイルは顔をしかめた。
「俺が選んでつけたんじゃないよ。『師匠』のご推薦なんだ。俺とあれは相性がいいんだと」
それはどうでもいい、というようにエイルは手を振った。
「ティルドは、それを狙う魔術師と対峙したんだ。それで」
言いながらエイルは瞳を閉じ、冥界神コズディムの印を切って、ティルド少年が出会った不幸な出来事を話した。シーヴは眉をひそめる。
「――そりゃきつい、な」
「きつい。俺はクラーナを思い出したよ。目の前で〈鍵〉を失った彼のこと」
「失われたもんは平気な顔して戻ってきた訳だがな」
「そのまま眠ってりゃよかったのに。……いや、判ってるよ、この言い方は公正じゃない。オルエンがいなけりゃ、俺たちゃどっちも」
「死んでたか、死ぬより酷い目に遭ってた」
「全くな」
エイルは天を仰いだ。
「もちろん、普通は死んだら戻ってこない訳だ。で、ティルドはその魔術師を追おうと心を決めた」
「だが」
シーヴは唸った。
「魔術師、だろう?」
「そう。それも、ろくでもない。俺も心配したけど、当然、兄貴のユファスはもっと心配だ。彼は下厨房の仕事を辞めて弟についていった」
「冠の話はどうした?」
「ああ、それがな、冠を奪った魔術師と腕輪を狙った魔術師は同一人物らしいんだ」
「成程」
「どうしてその魔術師が冠を奪い、腕輪を狙い――あと何つったかな、耳飾りも取られたとか……」
「おいおい」
シーヴは苦笑した。
「その出演者を聞くと、首飾りも関係ありそうだがな」
「まさか。いや」
エイルは口を半端に開けた。
「……まさか」
先の「まさか」は否定だが、次のそれはその可能性を考えてしまったためである。
「……おいおい」
呟くように言ったのはエイル自身だった。
「そりゃ、面倒だな。いや、面倒臭いってんじゃないぜ」
言い訳するように彼は言う。
「関係あるにしてもないにしても、何とか確認しないとな」
判りやすく関係があればともかく、関係が全くないことを確認するのは至難の業である。だが、関連のある可能性などに気づかなかったふりをすることはできない。オルエンはエイルがさぼればちゃんとそれを知って嫌味と皮肉を連発するであろうし、そんなことよりも、友人であるユファス、その弟ティルドの探索に何か関わりがあることになれば、見過ごせない。
「〈風謡いの首飾り〉に〈風読みの冠〉か」
エイルは呟くと、疲労を感じた人がするように、鼻の付け根を二本の指で挟むようにした。
「もしかして、宿題がひとつ減ったことになるんかな」
片方を探ることはもう片方を探ることに繋がるのかもしれない。そう感じた上での言葉だった。
だが、それが即ち話が簡単になるということではないのは、幸か不幸か魔術など用いなくても、エイルには判った。




