02 共通しているのは
「翡翠か。魔術師が魔除けなんか持ってていいのか」
「あのな。詳しいはずのあんたがそんなこと言うなんざ」
エイルはガルシランを呆れて眺めた。
「魔術師は魔物じゃない。魔除けが効いたりはしない」
ラニタリスには効くけどな、と思い出したエイルははたとなった。魔除けの円盤――あれはエイルからシーヴ、シーヴからはティルドのもとにいったようだが、その先はどうしたのだろう――は鳥から王子を隠したらしい。クラーナはどうだろうか。
(まあ、これを渡すのは、ラニじゃなくて俺が見つけられるようにって措置だ)
問題はないはず。彼はそう考えた。
「魔術師を魔除けで追い払えるとは思ってない。変わりもんだなと言ってるんだ」
ガルシランは笑って言い、エイルは片眉を上げた。
「それでも魔除けは術の邪魔をするだろう。それがお前の『力を引き出す物質』とかってやつなら、ずいぶんな矛盾じゃないのかね」
「別に……たまたま相性がいいってだけさ」
「ま、俺は何でもかまわんが」
ガルシランは肩をすくめた。エイルは詩人を見る。
「クラーナ、持っててくれ」
「君と僕を翡翠がつなぐ。とても象徴的だ」
少し笑って、詩人は言った。
「それはさ」
エイルは続けた。
「ユファスのもんでもあるんだ」
「ユファス? 意外な名前を聞くね」
「あんたも少しは関わったんだろ。風具がどうとかってやつ」
「ああ、少しね。まさか、これがそれなのかい?」
クラーナはしげしげと腕輪を眺めてから、視線をエイルに戻す。
「でも、僕は直接的には何も関わってないし、詳しいことは知らないよ」
「あいつは、それを不要だと言って手放した。あいつが俺に渡してきた訳じゃないけど、放置して流浪させることを危惧した奴が、俺に託してきた」
「危惧って?」
「ユファスに繋がるもんだから、何かあればあいつにも影響があるかもって」
「……判った」
クラーナは神妙な表情でうなずいた。
「しっかりと預かるよ」
「いや、そういうつもりじゃないんだけど」
まるで押しつける形になりそうで、エイルは慌てて両手を振った。判ってるよ、とクラーナは笑みを浮かべる。
「任せて」
そうしてクラーナは腕輪を引き受けた。
これは「目印に」という意味合いでもあったが、ただ「手放し時だ」と感じたのもあった。
そして、ふと奇妙な気分になる。
彼を訪れ、その手に触れては去っていく翡翠たち。
石たちは、くるくると旅路を続けているかのよう。
戻ってくるものもあればそうではないものもある。
共通しているのは、翡翠玉の流転をエイルが手伝っているということ。
(偶然だ)
浮かんだ思いをほとんど反射的に否定してから、しかし青年は考えた。
(本当に、偶然か?)
不動と呼んだふたつの石は、その名の通り動いていない。
だが、動玉と呼んだそれを薬草師の手に託したのはエイルだ。
オルエンからもらった魔除けはシーヴからティルドへ。
赤い翡翠をユファスに渡し、戻ってきたそれを次はシュアラに渡した。
ユファスから知らぬ術師の気遣いで彼のもとへやってきた腕輪を今度はクラーナへ。
「翡翠には魔除けの力がある」。だから、彼はそれを守りたいと思う誰かに渡す。そのこと自体は奇妙ではないだろう。
しかし、彼らがエイルのもとにやってくることは?
〈三度までは導き手の悪戯〉。
それ以降は――?
「クラーナ」
「何だい?」
「あんた……あれらと別に、翡翠の何かと関わったり、したか」
「例の三つ以外に? いいや、特になかったようだけれど」
これが初めてかな、と「先輩」は言った。
「そう、か」
ではこれは「彼ら」が引きずる特質ではない。
偶然。それとも。
(〈風謡いの首飾り〉が翡翠でできてでもいたら)
(俺は同じようにそれをどこかに送るんだろうか)
その思考は奇妙だった。あれには呪いがかかっているから、手放せないのだ。翡翠だろうと黄玉だろうと、紅玉だろうと真珠だろうと紫水晶だろうと、黒曜石だろうと蒼石だろうと何だろうと――関係ない。
その、はずだ。
あれは翡翠ではないから彼の意志では手放せない、など、そんな思考はとても奇妙だった。
(そうだ、変だろ)
エイルは自分にそう言った。
(運命でも何でも、関わりがあるから離れないってんならともかく、逆は変だ)
「エイル?」
「――それ、頼むな」
それこそ矛盾のような思いつきを脇に置いて、エイルはそう言った。クラーナはうなずく。
「ちゃんと大事に持っておくよ」
「いや、それよりももし」
エイルは少し言いにくそうにして、それから続けた。
「手放すときだと思えば、見誤るなよ」
その言葉にクラーナは目を見開き、そして笑う。
「了解、後輩」
彼らのやりとりは不可思議であっただろうが、ガルシランは何も口を挟まず、その話題が終わったと見て取ると声を出した。
「あとは、望むなら剣の訓練をつけてやってもいいぞ」
「へえ、いくらで?」
にやっとしてエイルが問えば、ガルシランは首を振った。
「雇い主に魔除けをくれた礼に――格安にしてやるよ」
「いまは遠慮しとく」
どこまで冗談であるのか、エイルはガルシランの気質を読みきれず、無難な返答をした。
「まあもしかしたら」
そのあとで思いついてつけ加える。
「明日、頼んだりはあるかもしれないけど」
「それはあまり勧めないな」
すると、予想外の答えがやってきた。
「決戦の前は体力温存がいちばんだ、駆け出し魔術師にして駆け出し剣士くん」
からかうような言葉に、どっちつかずだとの感覚を思い出したエイルは、少し苦笑した。
「じゃ、明日じゃなくて、またいつか、ってとこだな」
「手が要るなら、いつでも言ってくれよ」
クラーナはてらいなくそう言い、ガルシランもうなずいた。エイルはそれに感謝を表す仕草をすると、戦士と詩人に背を向けた。




