01 手放すときを見誤るな
曇り空に、小鳥は消えていった。
青年は、何だか不思議な気持ちを覚えていた。
投げ玉遊びをしていると思っていたのに、彼が投げた玉は相手には届かず、いや、相手などはそもそもおらず、思い切り放り投げたものがどこへ行ったのか見当もつかない。
それは、どこか夢のような、ぼんやりとした感覚。
投げてしまったものは――戻らない。
「エイル?」
「ああ、その」
青年は目前の人間ふたりに意識を戻した。
「俺がガルに聞きたかったのはさ、魔術を剣術に応用できないかってなことだったんだ」
彼は自身に浮かんだ感覚や小鳥のことには触れず、話題をそこに戻した。
「魔術を剣術に?」
繰り返してガルシランは首をひねる。
「意味が判らんな」
「言ってる俺もね」
その言葉に詩人は笑った。
「じゃあ師匠の助言って訳だ」
「当たり」
エイルは少し顔をしかめて言った。
「剣も使うんだな。変わった魔術師だ」
エイルは左腰に小剣を佩いている。戦士と言われる人種は自らの力量や性質にあったさまざまな武器を利用するが、兵士たちや旅人などが身を守るために身につけるのは広刃のものが多い。一般的なそれに比べると、彼の小剣の刀身はだいぶ短いが、黒ローブで隠しでもせぬ限り、身につけていることは明らかである。戦士はもちろん最初からエイルの剣に気づいていただろう。
「まあ、否定はしない」
エイルは片手を上げてそう言った。
「上位の魔術師に術で対抗するのは、無理。かと言って、ガル、あんた並みならまだしも、俺はせいぜい街のちんぴらになら勝てるって程度の腕だから、やっぱ剣で対抗するのも無理」
「それで組み合わせようって訳か」
「組み合わさるもんならね」
エイルは肩をすくめた。
「何か考え、浮かぶかな」
「……んー」
ガルシランは考えてくれているようだったが、ぱっと何かが閃くというようなこともなかったらしく、数秒後に謝罪の仕草をした。
「考えては、おこう。期日の前にまた顔を見せれば、何かしら助言してやる」
「へえ、『思いつく』自信があるんだ」
少し茶化すようにエイルは言った。
「俺は期待には答える男なんだ。まあ、依頼をされれば、もう少し答えやすくなるかもしれないが」
言うと戦士は金を表す仕草をした。
「意外に、ケチ臭いんだな」
「雇われ戦士ってのはただじゃ動かないもんさ」
「君のことは僕が雇ってるはずだけれど?」
「じゃあお前が支払うか?」
「がめついね。……ああ、エイル、気にしないで。彼はこれでけっこう人が好いから、条件を提示しなくても何かちゃんと考え出すよ」
「最高の考えが浮かべば、売りたくなるかもしれん。銀貨の用意は忘れるな」
「窮地にある青少年をいじめない」
クラーナはぴしゃりと言った。ガルシランは肩をすくめる。
「ま、時間があったら寄らせてもらうさ」
エイルはそう答えることにした。
「ただ、またラニに探させなきゃならないから」
そこで青年は――ああ、と思った。
「『手放すときを見誤るな』」
「え?」
「あんた、以前にそんなこと言ったらしいな」
「うん、言った。とある翡翠に関してね」
気軽く詩人は答えた。エイルは神妙にうなずく。
「俺、あんたの言うことは妙に的確だと思うよ、何故か、意図していないはずのことに対してまでも。ってことで、これ、よろしく」
そう言うとエイルは隠しからそれを取りだした。
「あんたも相当、この気に入らない緑色の石とは相性がいいはずだ」
「どうかな」
詩人は翡翠でできた腕輪を目にすると芝居がかって嘆息した。
「目印という訳だね。いつぞやの、短剣のように」
「そうさ」
あの短剣はシーヴに渡したままだ。「目印たる」術はとうに切れているが、かつてエイルのものであり、いまではシーヴのものであるそれは、もしやまだ彼らを結ぶだろうか。
「でも、守りだろう。君が持ってた方がいいんじゃないの」
少し心配そうにクラーナは言い、エイルは意味のない思考を打ち切った。
「いまは君に要るだろう、そういうものが」
「有用ではあるかもな。でも必要は、特に感じないよ」
彼はそんなことを言った。何も、意地で嫌っている訳でもない。持っていてやるものか、などと思うのではない。
口にした通りだ。是が非でも必要とは思わず、手放すときだと思った、それだけ。




