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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第5話 焦燥と奔走 第3章

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10 エイルがやれって言うなら

「生憎と俺は駆け出しで、派手な攻撃術はもちろん、戦いに役立つような術は何も持ってないの」

 エイルは正直なところを言った。

「支援、か。俺が直近で一緒にいたのは、見事な火の術を持ってたからな。率先して攻撃することはもちろんだが、援助も主に火術だった。炎を走らせて標的を驚かせ、隙を作るというような」

 ガルシランがそう言う間、クラーナはじっと戦士を見ていたが、何も言わなかった。

「その前に一緒だった奴なら、そうだな。普通の武器で斬っても殺せないような魔物に向かうとき、刃に魔力を与えたり。単純に、盾の代わりになるような防護壁を作ったり。相手の動きが遅く見える目を一時的に寄越したり。そんな感じだったな」

「そ、か」

 そういったことならば、エイルが考えたことと変わらない。できるかどうか難しい、ということも含めて。

「がっかりしたようだな。何が知りたいんだ?」

「君が魔術で戦う方法を知りたいなんてちょっと驚きだな。いったい例の魔術師は、君にどんな『挨拶』をしてくれたの」

 タジャスではゼレットの前で具体的な話をするのが憚られたので、クラーナには何も伝えていなかった。結局ゼレットには全て知られたが、もとより、クラーナに隠すつもりはない。詩人は自身の領分を知っており、不要な「無茶」はしないからだ。

 もっとも、世界二大困った伯爵閣下に言わせれば、彼らのやるそれは必要な無茶だと言うことになるのだろうが。

「簡単に言えば、三日……じゃない、もう二日だ。明後日に首飾りを渡さなければ、母さんを傷つけると脅された」

「――そんな」

「不穏だな」

「ガル、クラーナから呪いの話は」

 エイルが水を向けると戦士はうなずいた。

「だいたいのところは聞いている。誰が持っているかは、いまのいままで知らなかったが」

 言われてエイルは苦笑した。クラーナが黙っていてくれたことをばらしてしまったという訳だ。ここに隠す必要は、特にないと思ったが。

「それじゃ、あれを出せないってことは判ってもらえると思うけど」

「判らんね」

 その返答に青年魔術師は口を開けた。

「知ってんだろ?」

「持ち主を殺しても欲しくなるほど蠱惑的な魔法のかかった首飾り、だったな?」

「正確なとこを言うなら魔術じゃないけど、まあ、そういうことだ」

 エイルはうなずいた。

「あれを大きな街にでも持ってってみろ、ごく普通の家庭の、何とも善良なる親父だって目の色変えて首飾りを欲する。盗賊(ガーラ)だの無法者(イネファ)だのは言うに及ばず、日向ぼっこ好きの婆様だって、武器持って持ち主に襲いかかるかもしんないんだぜ」

「そりゃ凄惨だ」

 と、ガルシランはしかし面白そうに言う。

「笑い話じゃないんだけど」

「笑い話だな、エイル。お前さん、想像力がありすぎるよ」

 詩人じゃあるまいし、とガルシランは言った。

「幸か不幸か想像じゃない。タジャスでは現実にあったし、俺もその呪いを受けかけた。あんなどす黒い欲望は、もう二度と味わいたくないね」

 エイルは厄除けの印を切った。

「それで、お前さんは誰かを殺してその首飾りを奪ったのか?」

違うよ(デレス)。それは、たまたま」

 魔物が――〈魔精霊もどき(サラニタ)〉が死んだのだ。

「じゃあ、殺してまで奪ったかどうかは、判らないな」

「そりゃ俺だって、自分がそうしただろうとは思いたくないよ。でも、抗えたとも思えない」

「慎重だな」

「現実的でね」

 エイルが言えばガルシランはにやりとした。

「まあ、俺が実際に見ている訳ではないしな、リーンとお前さんの判断を信じて話を進めるが、それでもやっぱり答えは同じだ」

「答えって、何の」

「どうして首飾りを出せないのかは判らん、と」

「何言ってんだか、俺の方が判んないね」

「対策でも思いついてるんなら素直に言ってあげなよ、ガル。エイルは急いでるんだから」

 詩人が仲介をした。エイルはふたりを見比べるようにする。

「対策だって? まさか、呪いを解く方法に心当たりでもあるんじゃ」

「呪いは何も、解くばかりが能じゃないぜ、おニイちゃん」

「おいおい」

 エイルは乾いた笑いを浮かべた。

「そのまま保管してろとか、砂漠の奥地にでも投げ捨ててくればいいとか、言うんじゃないだろうな」

「馬鹿言うな。捨ててどうする」

 ガルシランは呆れたように言った。

「しまっておくことにも大した意味はないな。せっかくの立派な品だ、利用しろよ」

「あのなあ、あんな物騒なもんをどう利用」

「誰も言わなかったのか」

 どこか意外そうに戦士は言う。

「持ち主を殺してでもほしくなる、との話だったな?」

 戦士は確認するように言い、魔術師はうなずいた。

「そこをうまいとこ使えばいい。自分を殺してでもそれを欲してるやつに、『言うことを聞けば渡してやろう』」

「おいおい」

 エイルはまた言った。

「お前さん自身が言うように、『殺してまで奪うなんて』と思う者や、殺してやりたくても歯が立たない相手だってこともあるだろう、そこに『救済策』を出してやる訳だ。本当にそんな取り引きをする気でなければただの空手形、呪いもクソもない、ただの詐欺だが」

 ガルシランはそんなふうに言う。エイルが今度は呆れた。

「詐欺商売に手ぇ出すつもりはないね」

「呪いを乗りこなせ(・・・・・)って言ってるのさ」

 戦士は片目をつむった。若い娘ならば頬でも染めてうつむこうが、エイルは首を振るだけだ。

「そんな気軽なもんじゃないんだよ」

「やってみたのか?」

「冗談。あんな黒いもんに触れたかないって言ったろ」

「前言撤回」

 ガルシランは両手を拡げた。

慎重(・・)じゃない。臆病(・・)だな」

 その言葉にエイルは鼻を鳴らした。

「せっかくのご挑発(・・・)だけど、そんな言葉で奮起されないよ、俺は」

「そうか」

 ガルシランは残念そうに言った。

「ティルド少年なら、ふざけんな、見てろよ、なんて簡単に答えてくれそうだが」

 思いがけない名前にエイルは少し驚いたが、ガルはクラーナと一緒だったのだからティルドと顔を合わせていても当然だった。

「俺を乗せる気かい?」

「別にそんな『気』はない。ただ、俺ならそうするね。呪いでも、力だ。力があれば利用する。俺はそうやって戦ってきた」

 戦う。

 エイルはまだ、その言葉に躊躇いを覚えていた。

 戦うのか。コリードと。

 力があれば戦えると、そう思ったことは、なかったか。

 青年魔術師はきゅっと拳を握り、そして――首を振った。

「俺には、できないよ」

 能力云々ではない。「呪いを力に」など、したくない。

 きれいごとを言っているのではない。魔術師たちが警戒する〈黒の左手〉とは「魔術を悪いことに使わないようにしましょう」といった寓話ではないのだ。自らを律することのできない魔術師は、いずれ堕落する。

 エイルがこれまで思ってきた「魔術を便利と思うなど堕落である」という思いはただの自戒であるが、そうした気持ちを持ってきたからこそ理解もできる。一度行えば、それを手放すことは非常に困難、不可能に近いということ。

「なら、できる奴にやらせろ」

 それが戦士の回答だった。

「呪い呪いとびびるよりも前向きだと、俺は思うがね」

「そんな煽りを聞きにきたんじゃ」

 エイルはそう返しかけ、ふっと黙った。

(――できる奴?)

『ラニタリスは首飾りと結びついている』

 蘇る、〈塔〉の言葉。

「まさか」

 彼は呟いた。ガルシランが片眉を上げる。

「何か思いついたか? やる気になったのか」

「『できる奴』ならいるかもしれない。でも」

 ラニタリスはあれ以来、首飾りをいじっていない。だが、手にしているかどうかは関係がないかもしれない。赤い翡翠の首飾りがエイルのもとへ帰ってきたように、あれがラニタリスのものならば。

 そうだ、エイルに〈風食みの腕輪〉と言われる翡翠製の腕輪を預けた術師は何と彼に伝えてきた?

 それは、手放したところでユファスに属する。

 ならば、〈風謡いの首飾り〉も同様かもしれない。手にしていなくても、同じ。

(ラニ)

『何?』

(どう思う、いまの話)

 「よく判んない」だろうか、と思いながらもエイルは問うた。

『乗りこなせできるか(・・・・・・・)ってこと?』

(「乗りこなせるか(・・・・・)」、だ)

『エイルがやれって言うならやるよ。あたし』

 あっけらかんとした返答だ。

 だが「できる」とは違う。そこは魔鳥の主の気にかかった。

『やる?』

 ラニタリスは決断を促してくる。エイルは迷い――息を吐いた。

やれ(・・)

『やる!』

 嬉しそうに一声、ピィと鳥が鳴く。詩人と戦士は驚いた顔をした。

(塔へ戻って、首飾りとつき合ってこい)

『アニーナは?』

(奴らがいま何か仕掛けてくることはない。気にするな)

 ついさっきまで自身があれほどそわそわしていたことなどなかったように、彼はきっぱりと告げた。

(何ができるか考えて、やる前に〈塔〉に相談をしろ。あの爺さんの助言に従え。爺さんがやるなと言ったら、何もやるな)

『えー、エイルってばあたしよりあの爺さんの方を信用するんだ』

(文句言うな。――行け)

『はあい』

 肩が軽く蹴られる。鳥が飛んでいくのを残りのふたりは不思議そうに見ていた。

「何か指示、したのかい」

「『できる奴』に連絡でも取ろうと?」

「まあ、そんなとこだ」

 エイルは曖昧に答えた。

 いまの決断が何を招くのか、それは判らない。予感(フェルシー)と呼ばれるものにしろ、予知(ルクリエ)とされるものにしろ、エイルは好きにそれを感じ取れる訳でもないのだ。

 ただ、彼は感じた。

 いまの決断は、分岐点だった。

 首飾りはラニタリスに属する、それは判っている。ラニタリスがあれの司だか、継承者だか、何にせよ当事者だ。

 だがあれには呪いがかかっている。知らぬ魔術師の、魔術ではない呪い。

 青年はそれを使い魔に託した。

 ガルシランの言うようにラニタリスがそれを「乗りこなす」ことができるのかは判らない。

 ただ、この決断は「受け入れる」ことに似ていた。

 それが何をもたらすことになるのか――このときのエイルにはまだ見えていなかった。


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