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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第5話 焦燥と奔走 第3章

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09 噂の戦士殿

 母を探れば、頼み込んだ通りにちゃんと護符を身につけていることが判った。エイルは安堵する。もともとは、ラニタリスに異常があればエイルをすぐに呼べるようにと渡したものだったが、文字通り護りにもなるし、エイルがアニーナのもとへ跳べる目印にもなる。

 母の目前に魔術で現れたりした日には、もしかしたら勘当されるかもしれないが、そうしなければなれないということはそんなことを言っている場合ではないということでもある。

(そうならなきゃいいとは思ってるけど)

 もちろんのことだ。

(ま、何事もなさそうだ)

 そこに魔力の気配はない。

(コリードは影も形もなし、か)

(助かるけど、気になるな)

 本当に、約束の日までおとなしくしているつもりだろうか。向こうとしては、ここでアニーナを傷つけることに意味はないはずだ。だが、もしもエイルが首飾りを用意しなければ、商人と魔術師はどんな方策をとるだろう?

 具体的な手段については考えたくもなかったが、エイルが否と言った瞬間に、何か発動させるくらいのことを計画してはいまいか。

 アニーナの周辺には、それはない。ならば、シュアラはどうだろう。

 物理的な警護は、ファドックに任せている。あの護衛騎士(コーレス)を信じないはずなどない。だがやはり、コリードが何か術を仕掛けている可能性については、笑い飛ばせなかった。

(行ってきた方が、いいかな)

 考えてしまうとそわそわする。

 昨日はまだ、エイルはコリードを知らなかった。いまでも本当の名前すら知らないが、それでもその魔力には触れた。シュアラの付近にその名残があれば、隠されていても、見つけてみせる。

 エイルはその思いを胸に、城へと向かうことを考え出した。だがそこでオルエンの言葉を思い出す。

 散らすな、と。

 まさしく彼の考えは散り散りになっていると言えた。戦士の助言を求め、母を守りにきて、次には王女の身辺を?

 やれることを全てやる、と言えば聞こえはいいが、ただの散漫だ。奴らは王女まで本当の標的にはしない。〈魔術都市〉の王子とは違う。王城都市を敵に回すことはしないと判断した、それを信じなくてはならない。

 危険なのは、たとえ何をされてもこの街区が少し騒がしくなるくらいで済んでしまう、下町の籠編み女の方。

 そんなふうに結局心をざわつかせていた、そのわずか数(ティム)後である。

『エイルー』

 のほほんとした声が青年の耳、いや、頭に届く。

『見つけたよー』

(まじか?)

 思わず彼はそう返した。

 「五分かくらい」はラニタリスの大口か、時間の観念が判っていないためではないかなどと考えていたのに――本当に、あれから五分程度である。

『まじまじ』

 小鳥がこくこくとうなずく感じがする。

『あのね、一度行ったとこまではすぐに飛べるもん。だから、タジャスはすぐ』

 それは魔術師の〈移動〉とよく似ていた。魔術師はどこにでもぽんぽんと現れることができるのではなく、一度行った場所、或いは知る人物に印をつけたり、或いは印象とでも言うものを利用して、そこへ「跳ぶ」。

 ラニタリスはそれと同じようなことができると言った。

『それで、クラーナはエイルと似てるから、すぐ判るの』

 えっへん、と威張っているかのようである。

(五分)

 エイルはびっくりした。いくら、彼とクラーナが「似て」おり、「タジャス付近」という目安はあったと言っても、本当に見つけたと?

『嘘なんかつかないよ』

(疑った訳じゃないさ。驚いたんだよ)

 主は正直に告げた。

(で、いま、どこにいる?)

 小鳥の成長、それともその主の成長について何かを考えるのはあとにして、エイルは現実的に問うた。

『ここー』

 ぱっと脳に映る景色とその主観的な言い方に、エイルは苦笑した。

『お前の視界を見せられても判んねえよ、アーレイドの街んなかならまだしも』

 どこかの街道(・・・・・・)、などでは「見て」どこそこだと特定するのは難しい。行ったことがあるかないかも判然とはしない。

(せめて、タジャスから東西南北どっちの方だ、くらい)

『だからあ、ここ(・・)だってば』

 ラニタリスは不満そうに言うと、先とは違うものを送ってきた。

 周辺の景色ではなく、それは魔鳥の気配(・・)とでも言うもの。もう少し勉強の進んだ魔術師であれば、波動(・・)、などと表現しただろう。

 エイルにははっきりとその位置が、判った。

 ラニタリスは、彼にとって、明確な目印たるのだ。

(さて)

 そこでエイルは考えた。

(ファドック様、シュアラのことは頼んますよ)

 エイル「ごとき」に言われるまでもないでしょう、とレイジュの叱責が頭に浮かぶ。

(ラニ、そっち行くぞ)

 そう言葉を送ると、彼は母に向けて護りの印を施した。ラニタリスが戻るまでのわずかな間だが、念のためと言おうか、自身の安心のためだ。

『はあい。ここ、ここー』

 鳥は「気配」を強く送ってきた。エイルはうなずいて、集中力を取り戻す。

 「どこか」へ行くのとは少し違う。「誰か」のところへ行くこと。

 生意気盛りの子供のような、彼の使い魔。正体不明の魔物。その羽根の色はころころと変わるのに、エイルが見誤ることはない。

 それは「主」だからか。

 それとも彼の魔力は、そういった外見ではなくて中身――魂とでも言うものを見て取ることができるように、なったものか。

(ラニタリス)

 エイルは呪文のようにその名を心に浮かべ、銀色の糸を手繰った。

「わーいエイルエイル」

 跳び行けば、曇り空色の羽が主の周りを飛び回った。

「いったい、何事だい」

 驚いてそう言うのは、旅姿をした吟遊詩人だった。紺青のマントがなかなか似合う。

「この子があのときのお嬢ちゃん(セラ)なんじゃないかとは思ったけど」

 ラニタリスの喜びの声はクラーナには聞こえていない。それでもこれがラニタリスであると気づいていたようだ。過日とは羽根の色が違うが、そのあたり、経験豊富な詩人は鷹揚である。

「あー、ちょい、待って」

 エイルは片手を目に当て、感じた目眩をやり過ごそうとする。もっとも、タジャスに跳んだときのように倒れるほどではない。

 それは慣れてきたためか、小鳥との繋がりのためか、それともほかに理由でもあるのか、何であれ成長をしているようだが、単独で平然と〈移動〉をこなせるにはまだ遠いようだ。

「あのときのご友人か」

 面白がるような声がした。

「見た目よりも立派に魔術師(リート)らしいな」

「おかげさんで」

 術のせいで目眩を起こして「立派」もないものだが、見た目はもっとらしくない(・・・・・)というところだ。エイル青年は、黒ローブを身につけていない限り――魔力を感じ取る能力がある者以外には――間違っても「魔術師」とは思われない。

「あんたも見た目以上に立派な戦士(キエス)だと聞いたよ。ガルだっけ」

 顔から手を離してエイルが言えば、戦士は笑った。

「ガルシランだ。ガルでいいがね」

 そう言うと、長い赤茶の髪をした戦士は手を差し出した。

「前にクラ……リーンに紹介されたけど」

「どっちでもいいよ。ガルは知ってるから」

「あ、そう。まあいいや、改めて。エイルだ」

 答えてエイルもその手を取る。歴戦の戦士の握手は力強くエイルは思わず顔をしかめたが、ガルシランは特に意地悪をしたつもりでもないようだった。

「驚いたね、君がこんなふうにいきなり、魔術で街道の真ん中に飛び出してくるなんてさ」

 少し呆れたようにクラーナは言った。エイルは肩をすくめる。

「いろいろと事情がね」

「昨日の今日じゃないか。僕に緊急の用事でも?」

「実は」

 エイルは詩人から戦士に視線を移した。

「非日常慣れしているという噂の戦士殿(セル・キエス)に話が」

「俺か?」

 ガルシランは目を見開いた。

「クラーナがあんたをそう評価しててね。人を頼ってばっかってのも情けないが、うんうんうなって考えるほど時間がないんだ。思いつくところがあれば、助言がほしいんだけど」

「聞かせてみろ」

 ガルシランは手招くような仕草をした。

「正直、しばらくさぼってたがね。やばい魔物に行き合って退治しなきゃならんとでも言うなら、忠告くらいはできる」

「やばい魔物、って訳じゃない」

 魔物ならば彼の肩に一羽ばかりとまっており、「やばい」かどうかは未知と言えたが、少なくともいまはそれが問題なのではない。

「あんたはきっと、魔術師と一緒に戦ったことなんかも、あるんだろう?」

 エイルが問うと、ガルシランはわずかに顔をしかめた。

「――ある」

 何かまずかっただろうか、とエイルはクラーナを覗き見た。詩人は気にするなと言うように肩をすくめた。

「魔術師はさ、どんなふうに戦士を支援するんだ?」

「魔術師の疑問とは思えないな」

 一(リア)見せた惑いの表情を消し去って、ガルシランはにやりとした。


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