09 本当に魔術師なんだなあ
西の地、たとえばアーレイドでは、東国の服装はとても目立つ。
当たり前のことだが、東国では目立たない。
だが逆に、西の地でごく普通に見られる服装は、東国でもそれほど珍しくはない。
東方特有の、通気性のよい生地で作られた長衣――簡単な縫い込みと切り込み、腰布だけで構成されるそれに、頭布と呼ばれる布地を独特のやり方で頭に巻いていれば「東の人間」であることは疑い得ないが、日中、あまり表に出ない職種のものは、生まれも育ちも東国であっても、上下に分かれた衣服を着ていることが多かった。
東を出れば目立つ長衣と、東でも目立たない衣服。
目立たずに町を出たいときに、どちらを身につけるかは自明の理というやつである。
「小さい」
「文句言うな」
シーヴはたいていにおいて、自身の故郷の衣服を着用していた。王宮で身につけるような正式なものと、砂漠の民が身につける簡素なものにはかなりの差があるらしかったが、エイルにはいまだによく判らない。材質の違いは判るが、どちらも「似たようなもの」に見えた。どちらにせよ、東国を離れれば目立つことは変わりないが。
よって、ランティムを「こっそり」出ようとするリャカラーダ伯爵にはそれ以外の衣服が必要となったが、彼自身がこの町でそういった買い物などをすれば当然、目立つ。
エイルも同様だ。伯爵閣下の友人であることはそう有名ではなくても、明らかに西の人間である彼が、住民でもないのにそういった「日常的な」ものを購入すれば、やはり目立った。
結果、エイルは自分の服を友人に提供し、彼よりも身長も高ければ肩幅もあるシーヴは、それを着て動くと少し窮屈な感じがする、と苦情を言った訳である。
「それで、『リャカラーダ伯爵』はどうしてる」
「執務室でお仕事してる。とヴォイド殿は思ってる。彼は何故だか、今日は伯爵の様子を見なくても大丈夫だと思ってる。レ=ザラ様は、今日は夫が外で食事をするんだと『知ってる』。彼らがお前の手紙を見つけるのは、明日の朝だ」
エイルは館に向けて丁寧に謝罪の仕草をした。
「しかし、面白いものが見れた。お前、本当に魔術師なんだなあ」
「やりたくないんだよ、あれは」
エイルは顔をしかめた。
短杖を取り出し、呪文を唱える。「いかにも」である。
そうした方が確実に術をかけられるし、エイルの場合はそれをしないとろくに成功しない。日常生活に置いては不要だが、この「依頼」はそれをしないと果たせなかった。
「ああ、俺はヴォイド殿の血圧もだけど、レ=ザラ様が心配だよ。大事な時期だろ。急に旦那が姿を消したんじゃ」
「失踪するみたいに言うな。俺はちゃんと帰るんだから」
「一緒にいてやるのも夫の務めだろ」
「領主の務めを疎かにする方が、彼女の気に障る」
「脱け出す方がよっぽど疎かにして見えると思うが」
「その辺りのことは全て書き記した」
「口ではどう言うとしたったって、いてほしいんじゃないか」
少し迷ってから、エイルは続けた。
「俺の父さんはさ、母さんが俺を身ごもってる間も仕事が忙しくてなかなか一緒にいられなかったんだ。うちは、お前にゃ想像もつかないほど貧乏だから、父さんがそうしなきゃならなかったことは母さんも判ってた。ただ、それで無茶をして死んじまったからなあ。母さんにゃ相当きつかったみたいだ」
「そんなことがあったのか」
シーヴは驚いてエイルを見た。
「ま、俺の生まれる前の話だし、よく知らないけど」
エイルは当たり前のことを言った。
「……俺は死なんぞ」
「父さんだってそう考えてたと思うね」
自殺が目的でない限り、死のうと思って旅に出る人間もいないものである。
「母上は、息災なのか?」
「息災も息災。厄介の方で母さんを避けて通る」
実際のところは一度だけ、彼の母アニーナを襲った「厄介」があったが、息子はそれについて口にはしなかった。怪我の後遺症は幸いにしてほとんどないようだし、そのことを話せば、思い出したくもない男を思い出して気分が悪くなる。
「お目にかかってみたいもんだ」
「面白いもんじゃないぜ」
エイルは顔をしかめたが、それは面白そうだ、との台詞で迎えられた。
「だいたい、アーレイドまでは行かないだろ」
「そうなるだろうな。残念ながら」
シーヴは答えた。
「東国を回って、偽物が出回ったというような話がないか調べる。クエティスとやらの足取りが判れば、追う。西の方が東の品は受けると言っても、まさか、西端にまでは行かないだろう」
「アーレイドじゃ『東国』なんざ伝説同然だからな。どこぞの王子様がくるまで、実在すると思ってなかった奴も多い」
言われた「どこぞの王子」は片眉を上げた。
「まあ、そんな話はいいさ。とっとと出るとしよう。少しでも早く行けば、少しでも早く帰ってこられるってもんだ」
エイルはそう言うと、馬の手綱を取り直した。




