03 いっぱしの鑑定家
彼は〈伝言球〉の話をした。
「あいつの知り合いらしい術師も墓にきてたみたいなんだ。それで、俺の代わりにユファスをアーレイドまで送ってくれた。それだけの内容なら、そりゃ助かった、有難うよ、で済むんだけど」
ユファス青年は、持っていた翡翠の腕輪を故人に捧げるかのように墓に置いたと言う。
それも、いい。非常にユファスらしい気がする。
ただ、高価なものである。そんなふうに墓場に放置すれば、よからぬ者がほくそ笑んで手にすることは目に見えている。
ユファスはそれでもいいと思ったらしいが、伝言を寄越した術師はそれではよくないと判断したようだ。見知らぬエイルに宛て、それを保管しておいてくれるよう、頼んできた訳である。
曰く、それは手放したところでユファス・ムール青年に属する。もし何者かが無理にその力を行使するようなことがあれば、司たるユファスに害があるかもしれない。友人を案じるならば持っていてあげてほしい、とのことだった。
ご丁寧にもエイルが戻ってくるまで誰かに盗られることのないよう防護の術までかけてあり、更にご丁寧なことにそれの解き方まで説明されていた。
ここまでされると、「俺は翡翠なんぞ嫌いだ」と捨て置くのは躊躇われた。
結局エイルは、持ってきてしまったのである。その術師によれば〈風食みの腕輪〉と言われるらしい、風具を。
「やっぱ放置しときゃよかったかな」
知らぬ術師の言う「ユファスに害のある可能性」はかなり低いようにも思える。放っておけば単なる金目のものとして持って行かれて売り払われ、そのまま誰かの腕を飾るだけ、というのが自然な流れだ。風具がどうのだなんて、誰が知る?
「保管するだけならばかまわぬだろう。呪いがある訳でもないのだろうに」
「あってたまるかっ」
「そのように声を荒らげずとも。罪のない冗談ではないか」
「俺に言わせりゃ有罪だね」
エイルは鼻を鳴らして答えてから、嘆息をした。
「気になるのはさ。リック師の翡翠飾りを手放した途端、て時機なんだ」
呟くように彼は言った。
「これじゃまるで……本当に、俺が翡翠と相性がいいみたいじゃないか?」
「それをまだ疑っているのか?」
「何つうか、そういうんじゃないんだよ」
エイルは頭をかいた。
「『魔術的』に相性がいいって話なら、どうやら、認める。俺は翡翠と接してたり、それを身につけてたりする方が断然、術をかけやすい。それは否定できない」
「ならば、よいものを借り受けられたと思えばよいのではないか」
「そこがそう素直にはいけないとこなんだ」
エイルは顔をしかめた。
「俺はどうにもこの石にひっかかりがあって、素直に使いたいと思わない。何だかその、お近づきになっちまいそうで」
「仲良くしたくない、という訳だな?」
「それだ」
エイルはにやりとした。
「なのに翡翠の方ではまるで『仲良くしてください』とばかりに寄ってくる。ちょっとばかし複雑なんだよ」
「だが」
〈塔〉は冷静に言った。
「要るのだろう」
「それなんだ」
エイルは指を鳴らした。
「要る、とは言い切りたくないけど、ないよりあった方がいいことは判ってる。でも俺はシュアラに翡翠を渡し、それが最上だと思ってた。たとえ、そのせいで俺がコリードの攻撃術を避けきれなくてもね。と思ってるところに、これがきた。まるで『代わりにこちらをどうぞ』とでも言うみたいに」
「導師の魔力を込められた魔除け飾りの代替になるほどのものか」
「なる」
嫌そうにエイルは言った。
「言いたかないが、触れれば判る。本来なら俺やユファスの給金で買える品じゃないくらい、混ざりもんの少ない石だ。例の赤い翡翠も純度は高いけど、大きさが違うからな。まあ」
エイルは眉をひそめた。
「杖についてる白い輪っかが、純度はいちばんなんだけど」
「いっぱしの鑑定家だな」
冗談めかして〈塔〉が言った。エイルは乾いた笑いを浮かべる。
「翡翠限定で? 商売にゃ、なんねえな」
そう言うと青年は腕輪に手を伸ばし、少し躊躇うように拳を握っては開いて、小さく首を振るとぱっとひっ掴み、隠しに入れた。
「それにしても、大した一日であったようだな。さぞや疲れただろう」
「どうなのかな。よく判んねえや」
「立て続けの物事に興奮をしているだけだ。身体を休ませた方がよい」
「一理ある」
仮にいま、魔術の勉強などしてみたところで、何も頭に入らないだろう。だいたい、おとなしく机に向かう気にもなれない。しかし、だからと言って彼がやるべきことと言えば、やはりオルエンの言うように魔術か剣術の訓練くらいしかないのだ。
寝台に入っても寝られる気はしない。だが、そうした方がいいと判ってはいた。
「眠れぬようなら、子守歌でも歌ってやろう」
「お前が?」
エイルの唇に、久しぶりに笑みが――苦笑でも自嘲でもないそれが――浮かんだ。
「けっこうだよ。少し、酒でも飲るさ」
あまり酒を飲まないエイルは、わずかの酒量ですぐに眠りの神の誘いが聞こえてくる。ましてや、意識はしていなくても身体はおそらく疲労している。それに加えて。
「ああ、そう言や、腹が減ってるな」
朝にシュアラからもらった――と言うより、忌々しくもクエティスから、だろうか――砂糖菓子をひとつばかりつまんだきりである。
「何か食って、寝る」
この状態ではそれがいちばんだ、と彼は判断をした。
考えを散らすのではなくまとめろ、というオルエンの言葉を思い出す。ただ慌て、不安に身を震わせても何にもならない。現実的に対処をすべきだ。そう、まずは休息が現実的。
その冷静なる思考は「魔術師めいて」いただろうか。
別にかまわない、と青年は思った。