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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第5話 焦燥と奔走 第2章
193/340

09 時間が必要だ

「どうかしたか」

「その」

 ゼレットの問いかけに、エイルは唇を結んで首を振った。

「別に、何も」

 この場合、エイルはオルエンと立ち位置を同じくしている。邪な魔術(・・・・)を使ったなどと糾弾するよりもむしろ感謝をすべきなのだ。

 ゼレットを巻き込む訳にはいかない。レンとの関わりがどうであろうと。

 「関わりがない」と言っても伯爵は容易に信じず、先に口走ったように〈魔術都市〉を探るなどという馬鹿げた真似をしでかすかもしれない。そしてもちろん、万一実際に何かがあれば、ますます関わらせるべきでない。

(その追及は、あとだな)

(爺さんが素直に答えないことにゃ、俺がゼレット様をごまかそうとする以上だろうけど)

 その思考は「関わっていない」ことを疑ってかかっているようだった。オルエンは先ほど呵々と笑い飛ばしたが、老魔術師が吟遊詩人に劣らず演技達者であることは疑うべくもない。

「よもや、まだ疑っておるのか」

 まるで心を読んだようにオルエンは言った。呆れた口調である。

「私としては、お前の好悪はお前次第であるし、悪評を受けるのは都市が興って以来彼らが望んでやっていること故、かばいだてをしてやる必要もない。だがこれだけは言っておく。女王は私に恨みを持っておらず、せいぜい『貸しがある』くらいに考えておる。私があの街に狙われるようなことはない」

 その口調はきっぱりとしていた。信じられるような気もしたが――完全に信じるには、エイルはやはり影を持っていた。

「まあ……それなら、いいけどさ」

 なければないでよい。もしもあったとしても、オルエンは自分でどうにかする。エイルが手を出せることではない。それもまた、間違いのないことだ。

「では次の問題は、お前が何をするかだな、エイル。何か思いついたか」

「思いつくかっ」

 こんな衝撃的(・・・)な話題をしながら同時進行でほかの考えなどできるものではない。

「ひとつ、よい考えがあるが、聞くか」

 言ってきたのは、ゼレットだった。エイルは胡乱そうに見る。

「本当に『よい』考えなんですか」

「それはもう。天才的だ」

 とても信じられない。エイルはゆっくりと首を振ったが、オルエンは面白そうに身を乗り出した。

「どんな奇抜な案を考えられた、閣下」

「何。大したことではない」

 ゼレットはにやりとする。

「俺はな、エイル。クラーナからだいたいの話を聞いている」

「だいたいの、何です」

「〈偽物屋〉。この町で挨拶を云々となると、いまお前に絡んでいるのもその関連だな」

「……あいつ」

 エイルは旅の空に発った詩人を思わず呪いかけたが、手を振ってそれを取り消した。どうせゼレットが無茶を言って強引に聞き出したに決まっているのだ。

「つまり、お前は取り引きによいものを持っているということになる」

「えっと」

 エイルは頭をかいた。

「よい考えであろう。天才的だと言え」

 ゼレットはにやりとした。

「……ゼレット様」

「何だ」

「悪党ですね」

「何」

「だって、偽物屋に(・・・・)偽もん渡(・・・・)しちまおう(・・・・・)なんて」

 話を理解したオルエンが笑った。

「成程。偽物など持っているのか。それは面白いかもしれんな」

「面白くないっ」

 エイルは反射的に師匠に言い返してから伯爵に向かった。

「無茶ですよ、だって、あれを作ったのが、その商人なんだから」

「本物に似せて作ったのだろう。そっくりで何の不思議がある」

「でも、判るに決まって」

「確かに、意匠を持ち込んだのはそやつやもしれんが、合板や宝石を自らの手で打ち出したり、はめ込んだりした訳ではなかろうな」

 オルエンが言った。どうやら、ゼレットに加担する方向だ。

「よいやもしれん」

「でも!」

 エイルはまた主張した。

「本物には呪いがあるって話をしてある。偽もんにはそんなもんない」

 当たり前である。

「ならば、かければよかろう」

 ゼレットは平然と言った。

「はっ?」

「似た呪いをかけておいたらどうだと言っておる。相手の術師が解けるくらいの簡単なものを」

「何、言ってんすか」

「その弱々しい笑いは何だ。強気に行け。脅されていると思うから弱気になるのだ。脅し返せ」

「意味が判りません」

 エイルは素早く返したが、ゼレットはふんと笑う。

「判らぬと? 向こうは、誰だかを傷つけたくなければ首飾りを寄越せ、ときたのだろう。ならばお前は、これがほしければ二度と手を出すな、と行くのだ。そのように掲げておきながらまさか偽物ととは思うまい。勝負は強気に出た方が勝ちだ」

「……そう簡単にはいかないと思うんですけど」

 エイルは冷静に言った。

「偽物に偽の呪いなんて、ばれますよ、すぐ」

「ふむ。よいやもしれんな」

 オルエンはまた言った。

「どこが『よい』んだよっ」

 青年が叫ぶと、老魔術師はにやりとした。

「ばれるのがよいと言っているのではないぞ。うまくいくかもしれんと言っておるのだ」

「んな馬鹿な」

 思いがけない師匠の追従にエイルは口をぱかっと開けた。

「呪いは呪いだ。違う呪いであろうと偽物ではなく、本物だということになる。エイルの話と違ったところで、お前の説明した『とんでもない呪い』を嘘と見るか、或いはお前程度の弱輩術師にはものすごい呪いに見えたのだと嘲笑うか、そういったところだろう。どちらに取られても悪くない」

「んな、阿呆な」

 エイルは口を開けたままで師匠の言葉を聞いた。

「何が馬鹿で阿呆だ」

「だって、無茶だよ、どう考えたって」

「やってみなければ判らんだろう」

「あのなあっ、それであいつの神経逆撫でたら、危ないのは母さんやシュアラなんだぞっ」

「何。お母上やシュアラ……それは王女殿下のお名前だったな?」

「あ」

 まずい、とエイルは思う。また余計なことをゼレットに知らせてしまった。

「それはただごとではないな。お前が案じるも当然だ」

 面白がるような色が消えたのはよいが――いや、本気で心配させるくらいだったら、面白がられていた方がましかもしれなかった。これでは「何でもないです」と嘯いてみても役に立たない。

「判っとるわい。それだからお前がうじうじと悩んでおるのだろうが。言っておくが、三日であの呪いを穏当に解く方法などないぞ。選択肢は、お前が奴らと戦うか、呪いつき首飾りを渡すか、どちらかしかない」

 珍しくもオルエンがきっぱりと言い切ったかのようで、エイルは少し驚いた。たいていの場合において、オルエンは逃げ道を残した発言をするのに。

「穏当でなければ、あるのか?」

 ゼレットが問うた。エイルははたとなる。ちゃんと、逃げ道があった。

「ある」

 オルエンは簡単に答えた。

「何だよ、あるんなら」

「はじめから言っとるだろう。それをやるには、必要なものがあると」

「あ」

 命を賭ける覚悟、というやつだ。そうであった。振り出しである。

「何が足りんのだ」

 それを知らないゼレットは――オルエンが言わずにいてくれたことをエイルは感謝した――問う。

「時間、ですな」

「おかしなことを言われる。それは、三日とかからずに解ける手段だという話だったと思うのだが、俺の勘違いか」

「違ってはいません、閣下。ですが、取りかかる前に時間が必要だ」

 覚悟を決める時間、という訳だろう。エイルはそっと下唇を噛んだ。

 時間ならあった。何月も。ただ、ほかのことにかまけていただけ。そこまでやる必要はたぶんないだろうと、考えることをしなかっただけ。

「オルエン」

 エイルは顔を上げた。

「俺」

「言うな」

 ぴしゃりと師匠は言った。

「言霊に気をつけろ」

「でも」

 やると――言わなければならないのでは、ないのか? それで呪いが解けるのならば。

「待てと言っている。落ち着いてよく考えろ。お前は先にはっきりと答えなかったが、本当に首飾りを渡す気でいるのか? 呪いがなければ渡して、それで終わりにできるのか?」


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