08 事実そのままだ
ゼレットのような伊達男とオルエンのような美青年が並べば、さぞや、クジナの趣味がない男にでも美しいと思わせる絵に描いたような光景に――なるかと思えば、意外とそうでもなかった。
ゼレット・カーディルには生が感じられる。女たちに、いや、うっかり口に出せばエイルなどはたいへんだが、男であっても「色気がある」と言わせる外見と雰囲気を持ち、それに相応しい立ち居振る舞いをしている。言動はときどき、そうでもないが。
一方で、オルエンには、生を感じないと言うのではないが、言うなれば生々しさがない。喋り出せばともかく、黙って立っていればまるで作りもののようなのだ。それこそ「絵」か彫像のように。
「美しい」と言うならば――エイルは言わないだろうが――間違いなくオルエンの方だ。だが、「魅力がある」ならば――これまた、間違っても言わないだろうが――ゼレットだ。
もっとも、男の外見を鑑賞する趣味などないエイルはそこまで考えなかった。思ったのは、このふたりが一緒にいればどんなに派手な画になるかと思ったのにそうでもないな、とか、何だかバランスが悪いな、とでもいう辺りだ。
「どこに行こうとしていた。協会か?」
「そうだよ」
エイルが言えばオルエンは嘆息した。
「何のためかは判るようだが、異なることを期待して訊こう。何のためだ」
「コリードが俺のことを知ったのは、ここの協会でのはずだからさ。まさか馬鹿正直に出身と本名を名乗ってるとは思わないけど」
自分で言って傷ついた。エイルは、馬鹿正直に名乗った訳である。もちろん普通はそれが当たり前だし、あのような事件が起こると判っていたなら避けたが、そんなことを言ってもいまは仕方がない。
「馬鹿者」
叱責は容赦なく出た。
「悪かったなっ、だけど俺には予知なんてできないんだよっ」
自身の後悔を言い当てられたかと思って、エイルは反論した。
「予知? 何を言っとる。私が言うのは、そんなふうにあやつを探って何になる、ということだ」
「嘘八百でも、何かの手がかりになるかもしれないだろ」
たとえ名乗ったとしても嘘に決まっている。もしコリードが真正直に語ってでもいたら、エイルはアーレイドの協会長を面と向かって罵って蛙にされたっていい。
「どうせ嘘なんだろうけどさ、てことは少なくとも、そこの出身じゃないことは判る」
「馬鹿者」
オルエンはまた言った。エイルはむっとする。
「何だよ、地道すぎるってのか?」
「『少なくともそこの出身ではない』、その発想は悪くない」
しかし師匠は意外なことを言った。
「なら、何が『馬鹿』だって?」
「それはスライ殿に任せておけばよいこと。同じことを多方面から探ってどうする。お前の方が能力があるのならまだしも、魔力も権限もないではないか」
「そ、そうかもしれないけどさ」
「かもしれない、ではない。お前はお前のやるべきことをやれ」
「だからそれが判らないんだよっ」
エイルは正直に言った。情けないが、仕方ない。
「情けないな。仕方ないが」
言われると腹が立つのは何故だろう。
「スライ殿から連絡はないのだな」
「まだだよ」
「ふむ、手こずっておるというところか」
「導師だって暇じゃないんだ。俺の頼みを最優先にしてくれてる訳じゃない」
何となくスライをかばうような発言をすると、オルエンは首を振った。
「スライ殿の能力が低いと言っているのではない。術師について調べるならば、お前がやろうとしたようにまず、出身と名前から判断をする。それは嘘っぱちならば、次は協会を訪れたときの魔力の残滓を探る。だが、そこで派手な魔術などを使っている訳はないから、探るのは厄介だ」
「〈幻惑〉の術とかを使って、受付に姿形を忘れさせたらしいぜ」
「ほう、それはまた大胆だな」
オルエンはエイルが抱いたのと同じ感想を口にした。
「だが、〈幻惑〉はどちらかと言えば地味な術だ。魔術師協会の入り口など、通り過ぎた魔術師の気配がてんこ盛りなのだからな。そうでなくとも、コリードが奸智に長けておれば、簡単には追われぬように何かしらの防護策をしていただろう。そうなると、協会長級の術師であっても容易には追えぬ」
「そ、そんなもんか」
またスライに「面倒な相談事」をしたことになるのだろうか。豪快な戦士のような風貌の導師は細かい文句など言わないが、何だか悪いことをした気になる。
「では、クラーナは。おらんようだが」
「ついさっき発ったよ。あんたに苦情は山ほどあるけど、相方を待たせてるからもういいって」
いささか脚色をしてエイルは言った。クラーナは「話がある」と言っただけで苦情だの文句だのとは言っていない。だがそのような類であることは間違いないはずだ。
「そうか。話はお前が聞いたのだな?」
「別に掴んだことは大してないってさ。だから、どっかに行って探してみるって」
「ならそれでけっこう。あやつには行きたい道を行ってもらった方がよい」
それが果たしてどういう意味であるのか、エイルには判断がつけられなかった。それがクラーナの運命だとでも言うのか、はたまた、そうすればオルエンの影響を受けずに済む、とでも言うような――。
「『けっこう』で済むのかよ」
だがそれを問う代わりにエイルはこちらを尋ねた。
「クラーナに何か訊こうと、ここにきたんじゃないのか?」
「お前が聞いたのだからいいだろう、と言ったぞ。私は、お前にそのような時間があるとは思わなかった故に」
「皮肉かっ」
「事実そのままだ」
オルエンは片眉を上げた。
「何か妙案を思いついたのでもなければ、こんなところでうろついている暇はなかろうに。クラーナについては私が聞くと言ったのだ、コリードに関してはスライ殿が。多方面から探ることには何の意味も」
「判った、判ったよっ」
繰り返される言葉を遮ってエイルは両手をあげた。
「はい、俺が悪かったです。俺にはそんな暇はありません」
「しかし、エイル」
ずっと黙っていたゼレットは――どうやら笑いをこらえていたようである――ここで声を出した。
「お前がここにきたのはクラーナに会うためと言うよりも、師匠殿を案じて」
「だあっ、違いますゼレット様っ、それは大いなる勘違」
「案じる? 私を?」
オルエンは軽く目を見開いた。
「何故に、また」
「勘違いだって言ってんだろ」
「ずいぶんと素敵な勘違いだったな?」
ゼレットは肩をすくめた。
「オルエン殿、エイルは貴殿が、よりにもよってレンに追われているのではないかと考えたようですが」
じっとゼレットはオルエンを見た。もし何かごまかしを――と言って悪ければ、エイルがゼレットに対してやろうとしたような、「本当は危険があるのにないふりを」しそうな様子があれば見て取ろうと、するように。
オルエンはその言葉を聞いて目をしばたたき、それから、大笑いをした。
「何と! どこからそのような面白いことを考えついた!」
「面白くないだろがっ」
「いやいや、万一に事実であっても相当に面白いぞそれは」
白金髪の美青年は、その完璧なる美に似合わぬ大笑いを続け、涙さえ流しそうであった。
「どこがだっ」
憤然としてエイルは言う。本当に思い違いならそれに越したことはないが、「事実であっても面白い」などとは有り得ないだろうに。
「レンはそんなに暇ではないと話したろう」
「あんたの言うことを何でも鵜呑みにする訳にいかないだろが。それに、あんたのことだから『自分を追うので手一杯でほかに暇がない』くらいの皮肉を言うかもしれないじゃんか」
仕方なく、エイルは自分が思いついたことを話した。アーレイドで突然、コリードがレンの術師ではないかと言い出したこと、それに「厄介な『女』」。
「成程な」
推測を聞いたオルエンはどうにか笑いを納めた。
「確かに、先のアーレイドでの問いは軽率であった。私は、お前がいまだにその影を怖れることを忘れておったようだ」
「忘れてたで済ますな、忘れてたでっ」
「怖れる」ことは否定しなかった。実際、もしまたあのような男が現れればと思えば、怖ろしい。そこをごまかすつもりはなかった。
「オルエン。……そうか、おぬしは、クラーナの」
不意にゼレットはその名を思い出したようだった。エイルは嘆息する。思い出さなければよいのに。
「詩人よりも年上という話だったが、彼よりも若く見えるようだな?」
「ご不快やもしれませぬが、魔術の小技だと思っていただければ」
オルエンは――意外にも――エイルが安心する返答をした。死んだ肉体に乗り移ってそれで生きるなどという魔術が小技かどうかは、とりあえずさておく。
「しかし、そうなるとレンとは確かに関わりが」
「それは済んだこと」
すっとオルエンは片手を上げた。
「それについて案じる必要は何もございません、閣下」
「……うむ、そうか」
エイルは目をしばたたいた。
「オルエン、あんた」
「黙れ。必要なときもある」
老魔術師はいま、素早く術を放ってゼレットの反論を「封じた」。エイルはその速さに驚くと同時に、疑心暗鬼に駆られた。このようにごまかそうとするのならば、「本当に」レンが関わっているのではないか?
だが、オルエンが「本当に」ごまかそうとしたのなら、エイルにも同じ術をかけるか、少なくとも術を使ったことを判らせないようにするはずだ。そうと気づくと、エイルは力を抜いた。