07 いつでも的確
「お前は、そんなに、彼を想っているのだな」
「それはしつこいですっ」
何でもかんでも色恋にしないでいただきたいものだ。ゼレットがこういう人であるのもよく知っているが、そろそろ必ず否定されることを覚えてほしい。いや、忘れている訳でもないのだろう。
「妬けるようだが、仕方がない」
「言っておきますけど、俺はゼレット様にだって同じように帰ってほしいですよ」
「何。彼と同じくらい俺を案じてくれるのか。それは嬉しい言葉を聞いた」
急に伯爵はにこにことした。機嫌が悪いよりはよい方がずっといいが、それにしても「シーヴと同じくらい」で喜ばれるのは、何と言うか、複雑だ。
「それで、本当に二日で呪いを解く気か」
「手段があれば、やります。いま問題なのは、時間を『手段を探す』ために使うか否か」
「否ならば、何をする」
「――戦う方法を考える」
「素直に渡す」訳にはいかないのだ。あれが人の血を呼ぶ以上。
「不穏だな。やはり、危険がないとは言えないではないか」
「ないようにしたいです、というのは本音なんですが」
「そんなことだろうと思っておった。だから俺は心配なのだ、エイル。心配するなとは言わせぬぞ、お前がシーヴを案じるあまり、騙し討ちにして故郷に閉じこめた以上」
「だっ、騙し討ちって何ですかっ」
「そうだろうが。お前に危難があると知って、彼が黙っておるはずがないのだから」
ゼレットはさらりと言った。エイルは、それがあまりにも的確な言い当てだったので、沈黙するしかない。
「俺の決めたことです」
五秒ほどの沈黙のあとにエイルは言った。
「確かに、騙し討ちかもしれない。でもあいつは、俺なんかを案じてる暇があったら、ほかにやるべきことも、守るべき人もいる」
「それこそ、彼の決めることだとは思うがな」
ゼレットは静かに言い、エイルは再び沈黙した。
初春の青空に鳥が鳴く。静けさが、強調された。何となく、重い。
――と、ぐいっと腕が引き寄せられた。
「何」
するんですか、と言い終える前に右頬に伯爵の手が触れ、まずいと思う間もなく唇が重ねられた。口髭の感触が懐かしい、などと感じた次の一瞬でエイルは飛び退く。
「何っ、すんですかっ」
改めて叫ぶ。
「うむ、久しぶりだ」
「答えになってませんっ、てか、駄目ですからね!? 相手の許可なしにこういう行為は!?」
エイルはふるふると拳を振るわせた。
「頼りなげな表情を見せるからだ。それだけ心を許している、となれば無論、口づけのひとつやふたつは許されていると思うだろう」
「許してませんっ、拡大解釈せんでくださいっ」
両の拳を握りしめたままでエイルは抗議する。
「俺が許したのでれば、気を許したってとこですね。それが間違いでした」
「巧いことを言う」
ゼレットは笑い、エイルは息を吐いた。クラーナの忠告はいつでも的確だ。――ゼレットは「油断ならない人」である。
「ふむ」
面白がるような声に、エイルははっとなった。
「お邪魔かな?」
「――オルエン!」
振り返れば、そこには白金髪の魔術師がにやにやしながら立っている。
「てめっ、どこで油売ってやがったっ」
心配したぞ、などという台詞は絶対に言ってやるもんか、と青年は思った。
「何をかりかりしておる。何も、即刻、一瞬でここにくるとは言っておらんだろう」
「そりゃ……言わなかったかもしれないけどさ」
用事があったとでも言う訳だろうか。危惧が杞憂で済んだのは上等だが、何だか納得がいかない。
「さて、では貴殿が噂のゼレット閣下ですな」
オルエンは面白そうな表情のままで言った。
「我が弟子に男性の恋人がふたり以上いなければですが」
「誰が弟子で恋人だっ!」
「おぬしがオルエン殿、か」
ゼレットはじっと若い姿の老魔術師を見た。
「ほう……成程、これはまた」
伯爵はしげしげと眺め続ける。
「匂いたつような美青年、と言うやつだな」
「忘れてるといけないんでクラーナの言ったこと繰り返しますけど」
エイルは嘆息混じりに言った。
「中身は相当の爺様ですからね、それ」
「師匠に対して『それ』呼ばわりか」
オルエンは唇を歪めたが、エイルは無視をした。
「何の。妬くでない。俺には、お前の方が何十倍も魅力的だ」
「阿呆なこと言わんでくださいっ」
「そんなに自分の容姿に自信がないのか?」
ゼレットの的外れな質問にエイルはがくっとなる。
「そういうこと言ってんじゃありません、俺は妬いてなんかいないって言ってるんです」
エイルの主張は、ゼレットには肩をすくめられただけだった。
「素直でない」
ゼレットはにやりとし、それらのやりとりにオルエンもにやにやとしていた。おそらく、いや、間違いなく、面白くないのはエイルだけである。