05 もしやっていただくなら
「問題は、コリードとやらとオルエンとやらか。その両者の居場所を知りたいのだな?」
「居場所と言うか」
渋々とエイルは答えた。
「コリードに関しては、何者なのか。具体的には、どこの術師で……いや、それはいいか。重要なのはどれくらいの力を持っているのか。でもそれはアーレイドの導師が探ってくれてます。連絡待ち」
スライはもう何か掴んだだろうか。緊急に報せるべき事項があればエイルがどこにいようと声をかけてくるだろうけれど、慌てて教える必要もない事由であれば、スライはエイルがアーレイドに戻るまで特に何も言わないかもしれない。
「オルエンに関しては、彼自身の理由でどこかに寄ってるならいいけど、自身では望まないことを余儀なくされていないか。そんなとこです」
「オルエンの不在がレンのせいかも、と思ったのはどうして?」
「それは」
エイルは先に考えた幾つかの理由を思い出したが、首を振った。
「俺の勘違いだよ。何つうか、その、面倒ごとはみんなあそこから発祥するような気分がいまでもあるのさ」
「その気持ちは判らなくもないけど」
クラーナは眉をひそめた。
「本当なら、大事だ。『ひとりの魔術師』じゃない、〈魔術都市〉が関わっていれば、ね」
「ではやることは、それだな」
「どれです」
不安に思ってエイルが問うと、ゼレットはにやりとした。
「〈魔術都市〉を探る、だ」
「馬鹿言わんでくださいっ」
エイルは拳を握りしめた。いったい、ゼレットには何度この台詞を言えばよいものか。
「そりゃまあ、あのときよりは奴らはましです」
たぶん、とエイルはつけ加えた。
「それに、現状じゃゼレット様やカーディルにわざわざ手ぇ出してきやしません。だってのに、わざわざ目をつけられたいんですか」
「つけられたい訳ではないが」
「なら、おとなしくしててください。ソーンや町のことも考えて」
エイルは厳しく言った。
「ならばほかにやるべきことを示せ」
ゼレットはめげない。
「さもなくば、〈魔術都市〉に行くぞ」
「どういう脅迫なんですかそれはっ」
エイルは叫んで、唸った。ゼレットは笑う。
「レンに行くというのは無茶苦茶ですし、意味もありませんよ、閣下」
クラーナから助け舟が出た。
「そうですね……もしやっていただくなら」
「おい」
「僕はタジャスを出ますから、このままここに残って、オルエンがこないかどうか見張っててくれませんか」
「おいっ」
「だって、エイル。君はいつまでもここにいられないだろう? 僕ももう、閣下方に挨拶をしたら旅立つつもりだったんだし。ちょうどいいじゃないか」
吟遊詩人は片目をつむった。ふと、エイルの耳に、言葉にされなかった言葉が伝わる。
『これなら、ゼレット閣下に危険はないだろう?』
エイルは目をしばたたいた。魔術師ではないクラーナと〈心の声〉を交わした感覚。それはクラーナに魔力があることを表す――のではなく、エイルが魔術師以外からも声を受け取ることができるようになったことを意味した。
「心を読む」のとは違う。この場合は、クラーナはエイルが魔術師であると知っていて、受け取れるように言葉を送ったのだ。かつてオルエンと旅をしていた吟遊詩人には覚えのあるやり方なのだろう。
「そう……かもな」
エイルは、クラーナが口にした言葉としなかった言葉と両方に共通する返答をした。
「カーディル城の面々に恨まれることを除けば、それが最上かもな」
執務官のマルド、ミレイン、タルカス、それにゼレットの代行をさせられているはずのソーン。彼らはゼレット伯爵の不在に迷惑を被っているはずである。もし仮に、ゼレットがいない方が仕事がはかどるというようなことがあったとしたって――実際には、何だかんだ言ってもゼレットはしっかりと業務をこなしていたから、この考えは不当だ――在任中の伯爵がふらふらと遊び歩くものではない。この辺り、シーヴとゼレットは全くの同条件である。
しかしながら、大いにシーヴと異なるのはレ=ザラのことだ。「妊婦たる妻を放っておくな」という札は強かったが、「執務官や後継が案じている」はそれほど大きな理由にならない。
「うむ、よかろう」
エイルの渋々とした同意に、ゼレットは大いにうなずいた。
「何の。カーディルはソーンがおれば問題はない。だいたい、俺が死んだときのための後継だ。ちょっと留守にしたくらいでおたおたすることもないとも」
「おたおたするとかしないとか、そう言う問題でもないとは思いますが」
後継の準備が万全だからと言って全て任せきりにしていいものでもない。そうしたいのならば、とっととソーンに伯爵位を譲って引退でもすればいいのである。
だがゼレットはそうしていない。――おそらく、ソーンの準備はまだできていないと考えているのだ。
エイルには何となくそれが判った。ならばなおさら帰るべきだとは思ったが、シーヴに対するレ=ザラのような材料なしでゼレットの心をカーディルへ向けさせることは難しそうだった。
「では、オルエンはクラーナを訪れてここにくるはずだと言うのだな。人相風体を聞いておこうか」
あの魔術師が素直に正面から礼儀正しくやってくるとは思えず、城にクラーナがいないと判ればすぐに余所を当たりそうではあったが――せっかくゼレットがその役割に満足をしたのだ。ここは、正直にはならずにおく。
「人相風体、ねえ」
あまり言いたくない、とばかりにエイルはちらりとクラーナを見た。吟遊詩人は苦笑を返し、それから伯爵を見る。
「いいですか、閣下」
「何だ」
「彼は、ものすごい、美青年です」
「何と」
「但し、それはあくまでも外見上の話で、年齢を重ねていることは僕の比じゃありません。おかしなことは考えない方がよろしいですよ」
「何と」
伯爵は二度言って、首を振った。
「それが、お前の師匠なのか」
「俺は、あの顔見ると腹立つだけですけどね」
「そんなに美しい男と始終いるのか」
「そんなにはいません」
「お前が俺に陥ちんのはそのためだな」
「違います」
「ふむ、少し悔しいようだ」
全くエイルの返答を聞いていない。青年は嘆息し、詩人は笑った。
「成程、閣下はあくまでもエイルに夢中、と。余計な心配だったかな?」
言いながらクラーナは床に置いていた荷を手にした。
「行くのか」
「そう。ガルは、ギーセス閣下へのご挨拶を僕ひとりに押しつけて、もう町に出てる。オルエンには話したいこともあるけど、これ以上ガルを待たせたらあとで何を言われるか」
詩人は芝居がかって肩をすくめた。
「それじゃ、ゼレット閣下。思いがけずお会いできて嬉しかったですよ」
クラーナの差し出した手をゼレットは少し不満そうに取った。
「カーディルにも、またこい」
「そうさせていただきます。みなさん、お元気のようですけれど……そう言えば猫はどうしてますか」
「仔猫を孕んだ。生まれたら一匹、どうだ」
「生憎ですが、旅に連れてけやしないでしょう。そろそろ、手、放してもらえます?」
「うむ」
仕方なさそうに、ゼレットは長い握手を取りやめた。
「それから、エイルも。また、伝言は協会に託すよ」
「悪ぃな、面倒かけて」
「何を言ってるんだ。僕の『得』については話しただろう」
吟遊詩人は笑って答え、エイルとも――平均的な長さの――握手をした。
「以前にも言ったことの繰り返しだけれど、エイル」
「何だよ?」
「オルエンの影響力には気をつけて。彼は意図していなくても、君を引きずる」
「この前より、判ってきた気は、するよ」
エイルは真剣に答えた。
エディスンの宮廷魔術師ローデンは、「偶然を引き寄せる力こそ、強き星の真骨頂」などと言った。クラーナが先に言った戦士ガルもそういう「星」を持っているのかもしれない。クラーナはそれを利用するという。
そして、オルエンの「星」は?
ローデンはエイルの星を強いものであるかのように言ったが、エイルだってオルエンの「星」に引き寄せられる「偶然」のひとつなのかもしれない。
その考えは、もしかしたら少し前までのエイルには安心できる思いつきだったかもしれない。「何かを引き寄せる」のは自分ではないと言うことになるからだ。
だが、いまの彼はその思いつきに反発のようなものを覚えた。
(そう簡単に引っ張られて、たまるもんかよ)
現実に、魔力の差異は尋常でないほどにある。オルエンが指先ひとつでエイルをどうとでもできるというのは半年前と変わらない。
ただ青年はいま、それを「仕方がない、当然のことだ」と思う代わりに「負けるものか」と――思った。