04 許可など求めてはおらん
「お前までそう言うのか」
ゼレットは天を仰いだ。
「〈魔術都市〉が関わっているとすれば、俺にも多少の」
「関わりはありません。〈変異〉のときの話とは違いますから」
クラーナは言った。嘘ではないが、正確なところを言うならば、完全に無関係だとも言えない。
あのときにオルエンが為したことは、オルエン自身の「運命」であったと同時に、〈変異〉の年に起きたねじれた事件に決定的な終結の糸口を与えた。それは、取りようによってはレンに敵対する行為であり、女王――第一王子の母が簡単に許すとは思えない出来事だ。
先に感じた不安はそれなのか?
焦燥感の正体は、〈魔術都市〉の手がオルエンに迫っていることでも感知して――。
(おい、待て、エイル)
青年は自身に言葉をかけた。
(俺はそんなにオルエンを心配してたのか?)
(んな、馬鹿な)
ずいぶんと冷たい言い草であるが、オルエンの安否を気にしないと言うよりは、エイルの心配や、或いは助力が何かオルエンの助けになるかと言えば、それはきっぱりはっきり否だからだ。
エイルはそれを知っている。言うなれば、ラニタリスがエイルに言葉を教えるようなもので、大間違いだ。
オルエンには心配が要らない、少なくとも、エイルの心配などは不要だ。彼はそれをよく知っている。
なのに、案じた? 焦燥を覚えるほどに?
(そりゃあ、本当にレンが関わってりゃ、気が気じゃないけど)
(さっきの時点ではそんなこと、思いもしてなかったのにな)
もし、万一、仮に、彼の立てた推測が合っているようなことがあったとしても。――あの焦燥感の理由にはならない。青年魔術師はそう思った。
「本当に、和解したって言ってたのか」
「うん、間違いないよ。僕は安心したもの」
「でも女王ってことは、アス……あいつの」
エイルはそこで言葉を切った。「母親なのに」という省略された言葉に気づいて、クラーナはうなずく。
「確かにね。それでも彼女は、オルエンを恨んではいないようだった」
「そいつは、オルエンの言ったことだろう」
信用ならない、とばかりにエイル。
「確かにね」
詩人は再び言った。
「彼は嘘をつくことを好みはしないけれど、必要とあらば様々な言葉で真実を隠す。まるで口先の魔術師だ」
エイルは曖昧な笑いを浮かべた。それは、エイルがシーヴに対して感じていたことである。どうにも、ここの関係は似るのだろうか。
「何を笑っている。笑えるようなことなのか。本当にあの街が関係するなら」
「待ってください、本当に、ちょっと思っただけなんですってば」
エイルは慌てて言った。言ってはいけない余計なことをやってはいけない人物の前で口走ってしまったようだ。
「判ってるのは、オルエンは瞬時にここにくることができてるはずなのにきてないってことだけ。レン云々ってのは、さっきちらっとそんな話が出たせいで連想しただけで、根拠はないです」
「根拠はなくとも感じ取ることがあるのが魔術師なのだろう」
「もっと高位ならそういうこともあります。俺に浮かぶのは想像とか妄想の類と見分けがつかない」
「つかないのならば、やはり何かを感じ取ったのかもしれんではないか」
「ええい、変なこと言った俺が悪かったですってば!」
エイルは大きな動きで思い切り謝罪の仕草をした。
「忘れてっくださいっ」
「なかなか忘れられぬ衝撃的な発言だぞ」
ゼレットは、オルエンの台詞を聞いたエイルが口にしたのと同じような言葉を語った。
「根拠はない。あるのは、オルエンがきていないという事実だけです」
エイルは繰り返し述べた。
そうなのだ。エイルが思いがけぬ魔力を引き出した理由は、もしかしたらオルエンを案じたため――でなければ、先の師匠の言葉の内に〈魔術都市〉の影を思い出したため、というのがあるかもしれない。だが、オルエンがいないこと自体の理由については、皆目判っていない。
先走っては、ならない。落ち着こうとエイルは深呼吸をする。
オルエンが本当にエイルに助力をしてくれるつもりでいるのなら、ほかに何をするだろう?
「コリード、かな」
エイルはまた、呟くようにした。
「さっきも言ったね? 誰だい?」
「その」
エイルは迷った。クラーナに説明するのは簡単だが、やはりゼレットには聞かせたくはない。知られればまた、何のかんのと手やら口やら出そうとするに決まっている。
「ほら、この前……ちょっとこの町で挨拶した奴だよ」
この説明でクラーナが理解――ゼレットに知らせたくないということども――してくれればよいとエイルは祈るように思った。勘のいい詩人はただ、ああ、とだけ言った。エイルはほっとする。
「彼が、何か?」
「それが、丁寧な奴でさ。わざわざアーレイドまできて、改めて挨拶してくれた」
「……へえ」
「これがまた、奥ゆかしさのおまけつきで。名前も名乗らない」
「コリードっていうんじゃないの?」
「ただの呼び名」
「ふうん」
「俺としちゃ、丁寧な挨拶の礼をしたくて。どこのどいつか調査中」
「成程」
大意は通じただろう。エイルは安堵して続けた。
「それをオルエンが手伝ってくれてるって訳だ」
「――魔術師か」
「はい?」
ゼレットの口出しにエイルはどきりとする。
「その調査とやらをお前の魔術の師匠が手伝っているというのなら、そのコリードとやらは魔術師だな」
「えっと」
しまった。失敗である。油断をして余計な一言をつけ加えてしまった。言わなくてもクラーナならそれくらい、察したろうに。
「そんなふうに俺を謀ろうとする。つまりは、危険があるのだ」
「んなこと、ないっすよ」
エイルは即答したが、それはあまりにも早すぎて却ってゼレットの確信を手伝うだけとなった。
「俺に関係があるかないかはどうでもよい。お前が危険なら、俺は口だろうが手だろうが足だろうが出すぞ」
「要りませんっ。そんな暇があったらとっととカーディルに帰ってください。みんな心配してますよ」
「俺が誰に心配されるかではない、俺がお前を案じているのだ」
「要りませんったら」
「黙れ。許可など求めてはおらん。好きにやるのだ」
「お断りします」
「断られようが、かまわぬ」
くすくすと笑ったのはクラーナだ。
「今回も君の負けだね、エイル。閣下はどうあっても首を突っ込むよ」
「クラーナっ、勝手に判定すんな」
「全く、君は人気者だ。どうせ、シーヴもまだ関わってるんだろう」
ずきん、と胸が痛んだ。
「いない」
だがそれを表情には出さず、エイルは言った。
「あいつは、ちゃんと納得して、この件から手を引いた」
もしかしたら半分くらいは本当だが、半分以上は嘘になるだろうか。
「まさか」
驚いたようにクラーナが言う。
「いったい、どんな魔法を使ったの」
「使うかよ」
エイルは苦い顔をした。「魔術で強引に心を操った」という判定は、冗談でも笑えない。気づいたクラーナは謝罪の仕草をする。
「あいつが引っ込んでくれて、俺はたいそう、安心してる」
これは本当だ。苦いものを伴ったとしても、嘘ではない。
「ゼレット様はあいつより聞き分けが悪いですか。そんなに、俺の迷惑になりたいですか」
「……甘いな、エイル」
伯爵はふっと笑った。
「いまはそのようなことを言っても、最後には必ず、俺の助けがあってよかったと涙を流して俺に抱きついて口づけをしてその身を投げ出すに決まって」
「ませんっ!」
「涙を流して感謝する」くらいにとどめてほしいものだ。それだって否定するが。
「だいたい、ゼレット様にどんな手助けができるって言うんです」
「それはこれから考えよう」
魔術などに対してどんな手出しができるのか、という皮肉同然のエイルの台詞に、ゼレットは平然と答えた。