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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第5話 焦燥と奔走 第2章
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01 傍迷惑な人

 いったい、何が楽しくて男爵の館の庭に倒れているのだ、と問われたエイルは、成程、自分が倒れ込んだのは花でも植えるために耕されている土の上だったのだ、と納得した。

「楽しかった訳じゃありません」

 彼は頭を押さえながらそう言った。あまりの驚きに頭痛は瞬時その姿を隠したが、衝撃のあ(・・・・)まり治った(・・・・・)、というようなことは生憎となかったようだ。まだ痛む。

「いろいろと事情があるんです」

「そのように言い訳をせずともよい」

「は?」

「俺に会いたくて、ここまで追ってきたのだろう」

 その言葉にエイルはがくっと肩を落とした。

「俺は、たったいま、ゼレット様がいることにものすごく驚いたところじゃないですか」

 もちろんゼレットは判っていて言うのだろうが、きちんと反論をしないとそうだったことにされてしまうのだ。

「何。偶々だとでも言うのか」

そうです(アレイス)

 あっさりと答えたエイルに、しかし伯爵はいやいやと首を振った。

「そうではない。このように思いがけぬ地で出会う。やはり俺とお前の間にはひとかたならぬ(えにし)があるに違いない」

「とっとと思いがけ(・・・・)なくない(・・・・)土地へ帰ったらどうです。いくらソーンが優秀に仕事をこなしてるかaらって、ゼレット様がさぼっていいという法は」

「あるに決まっておろう。俺はカーディルの領主だぞ」

 なければ作る、とカーディル伯爵は胸を張って言った。

「ギーセスのつまらぬ顔も見にくるものだな。クラーナのみならずお前にも会えようとは」

 このタジャスの領主であるギーセス男爵とゼレットは――口では何と言おうと――かなり仲がよいようだ。結局、「友人の顔を見にきた」と言っているのである。

「クラーナ、そうだ」

 エイルはしかし伯爵の友人よりも吟遊詩人(フィエテ)の名にはっとなる。

「俺はそのクラーナに会いにきたんです。ちょうどいい、ゼレット様がいるなら怪しまれて門前払いなんて心配はなくなる訳ですね」

「何だと」

 ゼレットは不満そうに口髭を歪めた。

「俺はこんなにもお前を思っとるのに、お前は俺の地位だけが目当てなのだな」

 こういうのは曲解と言うが、ゼレットの場合はエイルが困ることを承知で――それどころか楽しんで――口にしているのである。エイルは力なく笑うしかない。

「クラーナか。ギーセスの前では『リーン』だそうだが」

「ああ、そうらしいですね」

 クラーナは見た目の数倍は年を重ねているが、それは声高に主張する訳にはいかない事実だ。二十代半ばに見える男が、せいぜい三十半ばくらいであれば「若く見える」で済むが、六十をゆうに越えていると言うのはどうにも魔術の香りがする。ゼレットは事情を知っているが、この閣下だって知らずに聞けば顔をしかめて首を振るタイプだ。ギーセスがどうであるかは知らないが、控え目に言ってもあまり喜ばれないであろう。

(だいたい、六十年前には詩人やって旅してたんだから)

(もしかしたら八……)

(……まあ、いいか)

 エイルは具体的な数字を考えることはやめた。八十だろうが百だろうが、オルエンに比べれば幼な子同然だ。比較対象があまりに特殊であることは脇においた。

「んじゃクラーナとギーセス閣下との再会に問題はなかったんですね」

 先日の邂逅の際にクラーナはエイルにそう説明をしたが、当人が「ばっちりだ」と思っていても傍から見れば穴だらけということもある。

「彼はクラーナの息子のリーンだそうだ」

 ゼレットは面白そうに言った。どうやら、当人の説明通り、問題はなかったということらしい。

「あいつ、ゼレット様にどう口止めしたんです」

「何。いくらか不自然なくらいに説明臭く、俺に名乗りあげた」

「成程」

 クラーナの息子のリーンである、と繰り返したという辺りか。さらさらと言葉を紡ぎ出す吟遊詩人(フィエテ)が思いがけず現れた「クラーナ」の知り合いに目を白黒させて適切な説明を探す様子を想像したエイルは――ゼレット・カーディルというのは傍迷惑な人だ、と改めて思った。

「しかし、あやつはもう発つと言っておったぞ」

「そうらしいですね」

 エイルはまた言った。ゼレットは片眉を上げる。

魔術師協会(リート・ディル)から、伝言を受け取ったんです」

 間に導師だの〈塔〉だのラニタリスだのと入っていることはこの際、不要な説明である。

「でもまだいるんでしょう。俺がその伝言受け取ったの、さっきですよ」

「俺がここに着いたのは昨日だが、あと一日だけ滞在をすると言っておった。今日中に発つ気ではいるだろうが、俺に挨拶もなしということはなかろうな」

 それはつまり「まだいるだろう」という返答だった。

「律儀ですもんね、けっこう」

 〈変異〉の年の間はそうでもなかったが、それは彼に〈制約〉と言われるものがあったためらしい。もともとは不義理を働きたがらない性格のようだ。

「そう言えば」

 ゼレットはじろりとエイルを睨んだ。

「お前に対しても、あやつはそう言っておったぞ」

「俺が?」

 意味を掴みかねてエイルが聞き返すと、ゼレットはどこか不満そうだ。

「お前は義理堅いから、俺にもあとでちゃんと報告にくるはずだと」

「へっ?……ああ、まあ、行くつもりではありましたよ。でもまだ、ろくに解決してないんで」

 ゼレットが「報告がない」と不満に思っていると考えたエイルは、間の抜けた声を出したあとで慌てて説明をした。ゼレットが関わったエディスンの件は済んだと言えなくもないが、その後の出来事が矢継ぎ早で余裕がなかったのであるが、そんなことを言えばますます不満がられるだけだと思ったのだ。

「そうではない」

 だがゼレットは唇を曲げたままで言った。

「お前は、義理(・・)などで、俺のところにくるのかと言っておるんだ」

「へっ?……ああ、ええと」

 またも間抜けた声を出し、エイルは困惑した。

「そういうつもりもないですが、ええと、俺としては」

「俺に会いたくてカーディルにくるのだと言え」

「何でそこで命令なんすかっ」

 エイルは一声叫んでから、うー、とうなり声を発する。頭痛がする。魔術のせいだけではなく、ゼレットのせいも多分にあるに違いない、と青年は思った。

「ゼレット様と遊んでる時間はないんです。俺、クラーナに会わなくちゃ」

「何と。では、詩人と遊ぶ時間ならあるという訳か」

「遊んでる訳じゃないですっ」

「冗談だ」

 さらりとゼレットは言うと、エイルに手を差し出した。

「何やら調子が悪そうだな。手を引いてやろう」

「……お断りします」

 まだ頭痛がするのは事実だが、うっかりゼレットの手など取ったが最後、そのまま引き寄せられて密着されるのは目に見えている。伯爵は少し残念そうな顔をして、その代わりに姫君に向けるような礼をすると、エイルの呪いの言葉を無視してタジャス男爵の館を指した。


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