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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第5話 焦燥と奔走 第1章
183/340

11 言いにくいことなら

 クンディムという町には、初春のいい風が吹いていた。

 暦は十番目の〈黄の月〉も半ばを迎えている。アーレイドは年中穏やかだが、いま頃は極端に南や北、そして東の一部を除き、ビナレス全体で「いい季節」と言える時季だった。

 カズランという名の老導師から目的の場所を聞いたエイルは、何となく神妙な面持ちでユファスと連れだった。

「どういう……女性だったんだ?」

 道すがらそんなことを問う。するとユファスは困った顔をした。

「どういう、って言ったらいいか」

「んじゃ、どういう関係だったんだ?」

 その問いに友人はますます困った顔をし、おかしな意味じゃないからな、というエイルのつけ加えには天まで仰いだ。

「何て言ったらいいのかなあ」

「もし言いにくいことなら、無理に聞きやしないけど」

「言いにくいと言うか」

 ユファスは本当に困っているようだった。まずいことを訊いたのだろうか、と思いながらもエイルは内心で首をひねった。わざわざウェンズがそれを知らせ、ユファス自身も――「忙しい」エイルには遠慮がちだったが――墓参りに行きたいと思うような女性だ。おそらくは旅の間にユファス青年と親しくなり、業火の件に巻き込まれて命を落としたとかそういった不幸な話があるのだろうと考えていたが、何か違うのだろうか。

(そう言や)

 ふとエイルは思い出す。

(ユファスの奴……半年前の火事で女友達を亡くしてるんだっけ)

 その彼に、もしもまた似たような出来事が降りかかったのだとしたら、それはあまりにも気の毒というものである。触れない方がよいのかもしれない。

「まあ、余計なことは訊かないでおくか」

 エイルがごまかすように言うと、ユファスからは安堵したような笑みが洩れた。

「んじゃ俺はその辺で」

 待ってるよ、と言おうとしたとき。

 声が、した。

『エイルー』

(ラニ?)

 小鳥が主を呼ぶ声に、エイルははっとなる。まずはこれだけ距離を隔てても小鳥が彼を呼べることに。次には、母のことに。

 ラニタリスは母の護衛、と言うには頼りないが、見張りを命じてあるのだ。まさか何か――。

(母さんはっ、無事かっ?)

『だいじょぶだいじょぶ』

 呑気な声が返ってくる。エイルは安心したのと意気込みが空振りしたのとでがくりとしそうになった。

『あのね、〈塔〉から伝言。うまく居場所が掴めなかったからって。伝言ってアーレイドからってことよね。すごい回り道。ヘンなの』

(まあ、ヘンかもな)

 鳥の主は認めた。西端のアーレイドから東の大砂漠(ロン・ディバルン)へ、そしてラニタリスのいるアーレイドに戻ってそこから中心部(クェンナル)付近のエイルへ。とんだ遠回りである。幸い、魔術はそのような距離など障害にしないが。

(んなことより、伝言は何なんだ伝言は)

『あのねークラーナが』

(あいつから? 何て)

『ええと、そうじゃなくてオルエンがね』

(はあっ?)

 オルエンからの伝言だというのだろうか。しかし、オルエンならば、協会や〈塔〉を通さなくても、エイルがどこにいようと言葉のひとつやふたつ、投げられるのではなかろうか?

『あのね、クラーナの伝言はキンキュウじゃないの。でもいまはどんな話でもサイソクを心がけろってオルエンが』

(お前に?)

『ううん、〈塔〉に』

(成程)

 仕事の早い爺さんだ、とエイルは思う。また、やはり〈塔〉の主人はオルエンのようにも思えた。

(つまり、こうか。クラーナから伝言があったが、それは緊急じゃない。でも〈塔〉はオルエンの指示により、急ぎでない言葉も念のために寄越した)

『そう、そう』

 小鳥が満足そうに羽ばたいた気がした。

(で、内容は)

『えっとね、タジャスを出るんだって』

(クラーナが?)

『うん』

(何か掴んだって?)

『そうは言わなかったみたい』

(オルエンとは……会ったのかな?)

『判んない』

 小鳥はそう答えたが、オルエンと会ったならばオルエン経由で伝言なり何なりきそうなものだ。エイルは何となく心配になった。

(何か……あったのか?)

『判んない』

 エイルの思考は自身に向けたものでラニタリス宛てではなかったが、小鳥は素直かつ律儀に答えた。

「エイル?」

 いつの間にか足をとめていたエイルを振り返って、ユファスが声をかけた。青年魔術師ははっとなる。

「……悪ぃ、ユファス」

 エイルは考えながら言った。

「俺、ちょっと、用事ができた」

「何だって?」

「ちょっと、出かけてくる。でも、すぐ戻るから。ちゃんと厨房の準備にも間に合うよう、送り届けにさ。だから悪いけど待っててくれ」

「それは、別にいいけれど」

「すぐ戻るから」

 そう繰り返しながらエイルは踵を返していた。胸騒ぎ、というのだろうか。何だかぞわぞわする感じがある。

 タジャス。

 それはクエティスと顔を合わせた町。そして、コリードが容赦のない術を放ってきた――。

 浮かんだそれは不安、焦燥感だろうか?

 エイルは空を見やった。目のなかがかっと熱くなった気がした。

(――見えた!(・・・・)

 何かを考える間もなかった。

 青年魔術師は、その銀色の筋を手早く、手繰り寄せた。


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