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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第5話 焦燥と奔走 第1章
182/340

10 翡翠の街の子

 どうしてそんなことを決めてしまったものか、とも思った。

 自分には時間がないはずでは、ないのか?

 ない。

 それはもう、ない。ものすごく、ない。ちっとも笑えないのだが笑いたくなるくらい、ない。

 だが、その短い時間のなかで何をすべきかという方針は全く定まっていなかった。「呪いを解く」も「ラニタリスとの関わりを探る」も具体的な手段は何ひとつ、ない。

 エイルにできるのは、付け焼き刃を承知で新たな術を学んでみるか――役に立たないことに、この先一年分の給料を賭けてもいい――、〈幸運神(ヘルサラク)の降臨〉を期待して書物を当たるか、或いはオルエンの「助言」、魔術と剣術の混合などという皆目見当もつかないことをうなりながら考えてみるか、それとも、ただ手をこまねくか、というくらいだ。

 こうなると時間があろうとなかろうと同じだ。少なくとも、誰かを連れて跳ぶということは魔術の訓練にはなる。

 ユファスを実験台にする訳ではなかったが――協会の場を借りさえすれば危うくないことは経験済みだ――技を磨くのにはいいだろう。

 だがそれらは全てあとづけの考えで、エイルがユファスに助力を申し出たとき頭にあったのは「もし『遠い』というだけの理由で親父やリック師の墓参りができなかったら嫌だろうな」という程度のことであった。実際には彼の父の墓はなく、リックの墓がどこにあるのかも知らないままなのだが。

「準備、いいか」

 協会の一室で、エイルはそう言うと友人を見た。

「どういう準備をすればいいのかよく判らないけど」

「だろうな。実は俺もよく判らない」

 そう言うとユファスは苦笑した。

「あ、心配はすんなよ。ちゃんとできっから」

「大丈夫。信頼してるよ」

 言われたエイルはやはり苦笑を返し、守りとばかりに胸元の翡翠飾りに意識を向けようとして、それをシュアラに渡してきたことを思い出した。

「どうかした?」

 瞬時、魔術師が顔をしかめたのを見て取って、ユファスが問う。

「いや、翡翠(ヴィエル)を持ってればよかったなと思ったんだけど。あ、ないとまずいとかってことはないぜ」

 不安にさせてはいけないと、エイルは慌てて言った。

「翡翠? それなら」

 言うとユファスは隠しに手を突っ込み、何かを取り出した。

「これ、何か役に立つかい?」

「……すげえもん、持ってんな」

 それは、きれいな緑色をした翡翠製の腕輪だった。何やら植物の文様が刻み込まれている。何だろうと思ってエイルは思い出した。蛇連草――別名として翡翠草とも言われる植物だ。

「立派なもんじゃないか。相当、高いだろ」

「かもね。でも買った訳じゃない。奇妙な縁で、僕のところにあるんだ」

 その言葉にエイルはスライ導師の言葉を思い出した。そう言えばスライは、ユファスが魔除けになる翡翠を持っているというような話をしていた。――彼もまた、翡翠の街(アーレイド)の子なのだと。

「上等。それ、しっかり持ってろ」

「了解」

 ユファスは敬礼などして――かつてはエディスンの兵士だったという彼のそれは、なかなか決まっていた――緑色の輪っかを片手に握った。エイルは空いている方の手を取る。

「ちょっと目ぇ回るかもしんないけど、すぐに終わるから。きつかったら、目、閉じてればいい」

「判った」

 ユファスが真剣な顔でうなずくのを見ると、エイルこそ目を閉じて意識を集中した。

 クンディム。

 全く訪れたことのない町だが、道筋は協会が作ってくれる。エイルは、目には映らぬ魔術師の視界の内で、わずかに銀色に光る細い道を見つけた。

(これだな)

 確認をすると、その光を引き寄せるように意識する。銀色の奔流が彼らを包んだ。取ったユファスの手にぎゅっと力が入るのが感じられる。もう少し説明してやればよかったかな、と思ったが、エイルが知らないだけで幾つかの魔術に触れてきた友人は、恐怖や焦燥に駆られて馬鹿な真似をしでかすようなことはなかった。

 ほんの、数(トーア)

 〈塔〉の力を借りるときは、〈移動〉にはもう少し時間がかかるし、実際に足を動かすことはないが「歩いていく」という感覚がある。

 だが、純粋なる「魔術」――協会の力とエイル自身の魔力による〈移動〉は、まるで行き先の(・・・・)方を引っ張(・・・・・)ってくる(・・・・)という感じだ。

 もっとも、その感覚は術師によって異なるとされている。つまり、エイルにはそう感じられるだけだ。もしかしたら、オルエンはあの「歩く」感覚の方を覚えるのかもしれない。それ故に〈塔〉が似た力を持つ、というような話は有り得るのではないかと思っていたが、特に訊いてみたことはなかった。大して興味を持たなかったこともあれば、訊いてみたところでエイルには何の役にも立たないこともある。

 そんなことを考えていると間もなく、銀色の光は不意に消える。エイルは瞳を開け、先ほどと同じような部屋の壁をそこに見出す。

「もういいぞ、ユファス」

 よく似た部屋だが、同じではない。ここはもうクンディムだ。ビナレス西端のアーレイドから(ケルク)を飛ばしても半月はかかりそうな、中心部(クェンナル)の東方。

「着いた、んだ」

 ユファスは呆然と言った。

「すごいもんだね」

「感心したような声、出すな。すげえのは協会の力。俺はひとりじゃ、こんなことできない」

 ――まだ。

「平気か。目眩とか頭痛とか、ないか」

「……ないみたい」

 ユファスは考えるようにしてから、答えた。シーヴはこの手の術に堪能な術師による移動を受けたあとでも頭痛を覚えていたが、砂漠の王子は魔術と余程相性が悪いか、それともこの厨房仲間が相性がいいのか、或いは、翡翠の力だろうか?

「ここの導師の計らいで墓があるとかって話だったな。場所を訊いて、とっとと行こう」

 エイルは判らないことや、東の友人のことについてそれ以上考えることはせず、現実的にそう言った。


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