09 気になるんだよ、そういうの
オルエンにまた「気前がいい」とばかりに呆れられるかもしれないが、エイルとしては最上のことをやったつもりだった。
彼はカリアを介してシュアラに、赤い翡翠の魔除け飾りを渡したのである。
オルエンもスライもエイルのためのものだと言ったそれは、友人に渡してもエイルのもとへ戻ってきた。一時は逆呪いでもかかっているのではないかと疑ったが、それは悪い冗談半分というあたりで、本当に力ある魔除けの品であることは判っている。
頭でも判っているし、実際、役にも立った。コリードの呪術を跳ね返したのだ。
コリードが狙っているのは自分なのだから、それはエイルが持っていた方がよいのかもしれない。だが、「シュアラに何か」と思ったときに考えついたのはそれしかなく、そうなればエイルは迷わなかった。そのことで仮に自分の身が守れなくなるようなことが起きたとしても、エイルはシュアラに魔除けを渡したことを悔やまないだろう。
理想を言うならば、魔除けの力などなくとも、自分が王女と母を守れればいちばんだ。だが生憎と理想は理想に過ぎず、駆け出しは駆け出しだ。
もしかしたら、少しばかりは「駆ける」速度が速くなっているかも、しれなかったが。
「エイル!」
背後から彼を呼ぶ声がした。青年は振り向いて、笑みを向けた。
「お帰り、ユファス」
言われた二十代半ばほどの若者は目をしばたたいた。
「……ああ、そうか。僕が帰ってきてからもうけっこう経つんだけど、エイルと会うのは最初かな?」
忙しいんだね、とユファス・ムールは言った。エイルは肩をすくめる。
「まあな。何にしても、風の何たらは万事無事に終わったんだろ。よかったな」
「どうして……ああ、例の導師と知り合いだったんだね。話は聞いてるか」
ユファスは少し困ったように笑った。彼の言うのはスライのことだろう。だが、エイルは曖昧な返事をするにとどめた。
エイルはスライから「例の件は協会が関わってなどいないことになっている」との言葉を受けている。それは即ち、他言無用との忠告だ。たとえ、ユファスという関係者――ど真ん中の当事者に対しても、である。
「その通り、無事に済んだと言っていいんだろうね。僕はこうしてアーレイドに戻り、弟もエディスンに帰った。――帰れなかったひとも、いるけれど」
その言葉に、エイルはふと思い出した。
「そうだ、伝言がある」
エイルはそんなふうに言った。
「伝言? 僕に?」
「そう。まずはティルドから」
「エディスンに行ったのかい?」
「ちょっと用事があってね。会ったんだ。よろしくだってさ」
そう言うと、ユファスは礼を述べた。
「それから、もうひとつ」
エディスンで魔術師協会長と宮廷魔術師という空恐ろしいふたり組に対峙したあと、ティルドと会う前である。彼はウェンズから言葉をもらってきたのだ。
「こっちは、ウェンズから」
「ウェンズ……って、誰だい」
ユファスは眉をひそめた。名乗らなかったのだろうか、とエイルは訝った。呪術師でも、あるまいが。
「ほら、あいつだよ。コルストにお前たちを迎えに行って、ティルドをエディスンまで送った」
「ああ」
判ったというようにユファスはうなずいた。
「ウェンズって言うんだ? 彼が、何を?」
「ええと」
エイルは思い出すようにした。ウェンズは確か、こう言ったのだ。言えば、ユファスには判るからと言って。
「『彼女は、クンディムという町においでになる導師の計らいで、そこに眠っています』」
彼は忠実にウェンズの言葉を再現した。ユファスは少し驚いたように目を見開いて、それからそっと目を伏せる。
「――そう」
「誰のことだ?」
「知ってるんだろう?」
「知らないよ」
エイルはひらひらと手を振った。多少は関わったが、彼ら兄弟がどんな経験をしてきたのか、ウェンズやスライから具体的に聞いた訳ではない。
「そうか」
ユファスはそうとだけ言うと、わずかにうつむいた。
「有難う」
「あの、さ」
エイルは頭をかいた。
「連れてって、やろうか?」
つい出た、台詞だった。ユファスは目を見開く。
「何だって?」
「それって、この件で関わった誰かの墓がクンディムにあるってことなんだろ。その、俺なんかの魔力じゃ頼りないだろうけどさ、協会使えば、確実に送れるから」
エイルは過日、自身の魔力でシーヴを送ることに躊躇いを覚えた。
シーヴなら心配であるがユファスはどうでもいい――のではもちろんなく、彼はあのときよりも魔力に自信を持ち出しているのだ。さすがにここからあちらへという訳にはいかないが、協会からならばもう他者の力を借りずとも失敗などはしない。
「でも、忙しいんだろう?」
「まあ、な」
エイルはまた言った。
「だけど、それくらいの時間なら」
ない。ないのだ。彼には、三日しか。はたと思ってエイルはうなった。
「嬉しいけど、悪いよ。君の方の用事が落ち着いたら、頼むかもしれないけど」
三日後なら大丈夫だ、などと言いかけて、エイルはまたうなった。三日後で片がつくとは限らない。それどころか、終わりが見えぬような話になるやも。
「気にすんな!」
エイルは思い切って言った。
「俺はどうせ協会へ行くし、そっからどっか行くんならどこか寄ったって一緒だ。墓参り自体には半刻もかからないだろ。ちゃんと帰してやるよ」
「いいのかい?」
よくない。
「いい」
理性の声を無視してエイルは言った。
「俺、何つーか、気になるんだよ、そういうの。うちは親父の墓なんて立派なもんなくてさ、そういう風習を知らなかった訳。まあ、そういうことをするもんなんだと比較的最近になって知って、じゃあ恩師の『墓参り』ってやつに行こうかなと思いながら何だかんだで行けてない。だから、気になるんだ」
「判るような判らないような理屈だね」
ユファスは苦笑した。エイルも似たような笑いを返す。
「『行けない』理由が『遠いから』ってだけなら、俺が手伝えるってだけだ。いまなら一刻かそこら離れたって第二陣にゃ間に合うだろ」
下厨房の調理人たるユファスは、夕刻には厨房に入っていなければならない。エイルはそのことをよく知っている。
「いま?」
「そう。いまを逃すと、次に俺が捕まるのはいつになるか判らないと思ってくれ」
「つまり、すごく忙しいんだろ。無理に頼めないよ。いざとなったら自分で協会に依頼して」
「馬鹿高いんだぞ。王子殿下だって正式な署名が要るくらいだ」
たとえ話のように聞こえるだろうが、真実である。
「忙しかろうが何だろうが、いまなら連れてってやれるって言ってんの。別に墓参りするような相手じゃない……ってこともないんだろ、わざわざ伝言があったくらいなんだから」
「聞いたからには、行っておきたいと思うよ。でも」
「そんなら行こうぜ。ほら、早くする! 遅れたらトルスに怒鳴られっぞ」




