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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第5話 焦燥と奔走 第1章
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08 お喋り鳥の翼

 タジャスへ向かうと言ってあっさり席を立った師匠をお見送りし申し上げたあと、エイルに考えつくことはひとつだけだった。

 コリードが、エイルがタジャスの協会で洩らした「アーレイドのエイル」を確認するためにアーレイド協会を訪れた。それが何者であったか調べるためにスライが動いてくれている。あの呪術師がうかうかと本名と出身などを探られるとは思えなかったが、スライには力があり、協会には知識や経験の積み重ねがある。何か掴んでくれるはずだとエイルは信じ、或いは望んでいた。

 そうなればスライは必ず連絡をしてくれるはずだから、協会に赴いて「どうですか」などと尋ねるのは馬鹿げていた。

 その代わり、という訳でもないが、協会と導師に期待できないことがある。シュアラの警護だ。

 クエティスは「近衛が守っているならば王女は諦める」などと抜かしたが、はいそうですかと鵜呑みにすることもできない。隙はなくしておいた方がよい。

(母さんには、護符を渡してある)

(シュアラにも……何か)

 そう考えたエイルは、本日二度目のアーレイド城訪問となった。

 城に住み込みの使用人でもない限り、あまり出たり入ったりということはしない。用事があって入り、用事を済ませて出て行く。普通はそれだけだ。

 エイルも普段はそうだ。用もないのに出入りを繰り返せば、たとえ立派な手形があっても何だろうかと思われる。

 だが、「王女の魔術教師」むしろ「下厨房の臨時料理人」にして「騎士見習い(・・・・・)」は――「魔術師だ」と敬遠する一部を除いて――城勤めをするほとんどの者から好意的に接されていた。余程に常識外れの時間だったり、或いは融通の利かないのが門番ででもなければ、何の問題もなく裏門を通過できる。

 勝手知ったる城内を歩いてシュアラの部屋を訪れようとしたエイルは、しかしそこで近衛兵にとどめられることになった。

「いまは駄目だ、エイル」

 顔見知りの兵士はにやりとして言った。

「何があったかは、知ってるんだろう?」

「そりゃ、俺はいちばんに知ったくらいで」

「まだ公式の触れは出てないけども、〈噂の速度はお喋り鳥(キャルー)の翼〉ってな。お祝いを述べたいって連中が引きも切らないのさ。ランスハル先生は王女殿下に面会謝絶の札をかけたよ」

「成程」

 「安静が第一」とか「大事な時期」ということであろう。

「伝言があるなら侍女に託してもいいけど、お前がきたなんて言ったら殿下はお会いになりたがるかもしれない。俺は、ランスハル先生に睨まれたくないんでね」

「次の治療が心配だもんな」

 兵士ともなれば、実戦でなくても訓練でちょっとした打ち身や切り傷を作ることもある。宮廷医師は、本来は王家の者たちだけを診ていればよかったが、ランスハルはそれでは暇だと言って城内の者たちの治療にも当たっていた。

「まあ、先生の言うことももっともだけどさ」

 祝いならば既に述べたのだし、シュアラの体調という観点で言うのならば彼などが顔を出すべきではない。ファドックですら、自分はあとだと言ったくらいだ。いまシュアラの隣にいるべきはロジェス殿下やマザド王陛下だということはよく理解している。

 だがエイルがこうしてシュアラを訪れたのは、何も王女の耳に今後飽きるほど浴びせられるような言葉を改めて告げるためではない。渡したいものがあったのだ。

「ちょっとだけ。な? ばれないようにすっから」

「駄目だ」

 近衛兵は苦笑して言った。

「隊長からの厳命もある」

「ちぇ」

 エイルは舌打ちした。ファドックが命じたというのならば、兵は絶対にその命令を違えないし、もしかしたらファドックに頼み込めばエイルだけ特別ということにしてくれるかもしれないが――いや、それはないだろう。

「んじゃ、侍女は? いま、誰がいんの」

「カリアだったかな」

「そいじゃカリアに伝言。殿下にじゃなくて。これならいいだろ」

「おい、エイル」

「頼むよ、大事なことなんだ」

 真剣にエイルが言うと、近衛兵は迷った。

「特例を認める訳にも、なあ」

「それじゃ、こうだ」

 エイルは少し顔をしかめた。思いついたことを口にするのが、躊躇われたのである。だが彼は敢えて口を開いた。

「俺が、カリアに、レイジュのことで話がしたいの。これなら、殿下は関係ないだろ」

 カリアというのは三十近い侍女で、シュアラの侍女のなかでは熟練の域だ。レイジュとは仲がよく、仕事の合間によく喋っているのを見かける。エイルとのことは、親友同士の女たちには筒抜けだと思ってよく、彼はたまにカリアから意味ありげな視線を投げられて居心地が悪くなるが――彼女が苦手だとか嫌いだとかいうことはない。

「へえ?」

 その言葉に、兵の目は面白そうに光った。――お喋り鳥(キャルー)は何も、女にばかり宿っていないのである。

「確かに、関係ないな」

「だろ」

 背に腹は代えられない。次に城を訪れるときまでの間にどんな物語ができあがるのか、エイルとレイジュがまたくっついたという話になるのか、はたまたエイルがレイジュに泣きついたとでもいう話が出てくるだろうか。こうなったら、いっそ楽しみである。

「いいだろう。こっそりカリアを呼んできてやるよ」

 兵士はにやにやすると踵を返した。


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