05 何だと心得ている?
闇組織にかけた本物の呪い。
エイルはもう一度、そこから話をはじめた。
返ることを警戒はしたが、オルエンの指摘通り、何らかの守りを施さなかったのは考えが足りなかったと思い、そう言った。
「何の。次には気をつければよい」
「だな」
青年は短く応じた。次なんてあるもんか、あんなことは二度とやらねえ――とは、言わず。
偽物屋〈紫檀〉があの首飾りを扱っていたと知り、ウェンズから偽のそれをもらい受ければ、細かい点で違いはあるけれど「そっくり」と言えるほどによく似ていた。
ラスルの集落での話によれば商人はそれを目にもしていないはずなのに、何故精巧な偽物を作れたものか疑問に思って、ウェンズに探し人を手伝ってもらった。
見つけたという知らせはエイルをタジャスへ導いた。クラーナと本件二度目の再会と相成り、詩人から、呪いをもたらしたのは余所からタジャスを訪れた魔術師であったと聞いた。
「魔術師?」
オルエンはほとんど言葉を挟むことなくエイルの話を聞いていたが、ここは声を出した。
「あの呪いは魔術ではない」
「判ってるよ。俺だってそれくらい、見て取ってるって。意図的に何かを編んだ訳じゃないだろうってのがクラーナの推測」
「――ケルエト」
ふとオルエンは呟くようにした。
「何だって?……ああ」
エイルは聞き返して、それから思い出した。〈風謡いの首飾り〉を目にしたオルエンは、それを精霊師の作品だと言ったのだ。
「別に、誰が作ったかはどうでもいいよ。少なくともいまはね」
「そのことではない」
「何だって?」
エイルはまた言ったが、オルエンはエイルに視線を合わさず、一瞬で何らかの考えに沈み込み――だが、そう思ったのはエイルの気のせいかと青年が自身を訝るほど素早く、その思索をやめた。
「続きは」
オルエンが何を思ったのか気にはなったが、言わないと決めればこの老魔術師は決して言わないし、それを突き詰めるよりも先に話したいことがある。
言うなればここからが本題なのだ。
東の商人クエティスが現れ、はっきりと首飾りを欲してきた。魔術師を雇い、エイルを首飾りの持ち主であると特定して、彼に「目印」をつけ、追おうと術を放たせた。
「俺は全くの無警戒だった」
エイルは悔しそうに言った。
「ウェンズは俺をかばってくれようとしたけど、自分に向けられたんでもないのにとっさに反応はできないだろう」
言いながら、申し訳なさそうに謝罪したエディスンの若者を思い出した。
魔除けの力でその術から逃れたが、エイルは意識を失った。話を聞けば、商人と魔術師――後者は顔を見せなかったが――はそのまま逃げ去ったと言うことだった。
「そのあとで、シーヴと離れたんだ」
エイルは淡々と言った。
「関わらせちゃまずいと、本気で、感じたから」
「気に病むな」
師匠はまた、先と同じことを言った。
「シーヴ青年を関わらせなかったことは、正しい。彼は二年前、不思議な運命の道に乗った。だがそれでも彼が魔力の類を持ったことはない。あのときはそれこそが彼の力だったが、此度は異なる。狙われているのはお前の力でもなければ、お前と彼の強制的な結びつきも存在しない。つまり、彼を傷つけることで目的のものが損なわれるという向こうの危惧はない訳だからな」
オルエンは曖昧だったエイルの心配事を明確にした。
二年前の旅路では、エイルはシーヴを巻き込んだのではなく、それは彼らふたりの定めだった。いくら相手を案じたところで、「問題」から引き離して終わらせることは不可能だった。それに、シーヴの万一のことがあれば「敵」の欲したエイルの力は失われる危険性があった。「敵」はシーヴを籠絡することは試みても、エイルを脅す目的でシーヴを殺そうとすることはできなかったのだ。
だがいまは、違う。
クエティスは、シュアラとアニーナをエイルの「弱み」であると簡単に見抜いた。シーヴは彼女たちよりは自身を守る術を知っているが、それはあくまでも剣などといった物理的な攻撃に対してのみである。魔術について「少しばかり学んだ」などと言ったところで、現実的に肉体を傷つける術でも放たれれば何もできないことは、何の知識もないアニーナと変わらない。
二年前の日々は、シーヴ自身の運命だった。
だがいまは、違うのだ。
エイルは友と離れたことを後悔していない。
「――商人については、引き続きウェンズが調査をしてくれてる。クラーナは呪いをもたらした旅の魔術師について調べてくれてるんだ」
青年は話を戻すことにした。友のことを考え、下した決断に思いを馳せてみても何にもならない。それどころか、オルエンの言うように、そしてクラーナの言うように、彼らの間にいまでも不可思議な繋がりと影響があるのなら。
ならば、シーヴのことは考えぬ方がよい。そんなふうに、思った。
進展のない日々に苛つきだした頃、〈風神祭〉の日が北の街エディスンを訪れ、そこから奇妙な力がラニタリスに飛んできた。エイルはその話をした。
「ラニタリスに」
オルエンは繰り返し、エイルの言葉を待った。
「そうなんだ。いや、それともあいつが悪戯してた首飾りに、と言うべきなのかな」
エイルは子供の首にあの首飾りがかかっていた、衝撃的な光景を思い出しながら言った。
「俺には判ってなかったけど、〈塔〉曰く、ラニと首飾りには繋がりがある。成程と納得した訳じゃないけど、一理あるとは思った。そこで俺は、ラニの主としてやらなければならないことをした」
「子供を狙った力をつきとめようと考えたか?」
「そうなんだ」
エイルはまた言った。
「俺はエディスンに行った。協会長と宮廷魔術師に喧嘩売る覚悟でね」
「協会長と、宮廷魔術師か」
いつもなら「馬鹿者、弱輩が何を戯けたことを」とでも返ってきそうなところだったが、オルエンはそうは言わなかった。
エイルの意気込み、或いは馬鹿な真似に対し、しかしエディスン協会長フェルデラも宮廷魔術師ローデンも、〈風謡いの首飾り〉に何ら二心はないと明言した。ローデンは、例の力は〈風司〉と呼ばれる存在が〈風具〉のひとつである首飾りを「眠らせよう」と放ったもので、エイルに害を為そうとしたものではないことを説明した。エイルはラニタリスのことを語らないまま、彼らがエイルを〈風司〉或いは「継承者」と言われるものだと思わせるままにした。
「魔物のことは隠したか」
「吹聴することじゃないだろ」
「それがよかろう」
オルエンは短く、そうとだけ言った。何ら「悪だくみ」を持たぬ相手であっても、知られぬ方がよいということだろうか、とエイルは考えた。
「ラニタリスのことだが」
珍しいことに、オルエンは少し迷うようにしてその名を口にした。
ラニタリスにはアニーナの周囲を見張らせることにしていた。母のことが心配であったためもあるが、余計な口を挟まれたくないという思いもあってである。実際には、エイルが口を出すなと言えば使い魔は言うことを聞いただろうが。――聞いただろうか?
「子供の姿に惑わされては、いないだろうな」
その言葉にエイルは片眉を上げた。
「判ってるよ、あれが魔物だってことは」
突然オルエンが何を言い出したのかと思いながら、エイルは答えた。
「あれが普通のガキだと思うようならさ、俺はあいつに何か命令したり、しない。名で縛った人外だと知るからやるんだ」
「ほう」
オルエンは感心するようだった。
「見るところは見ておるな。だが、酷く甘い」
「どういう意味だよ」
対する弟子は案の定と言おうか、不満そうに言葉を返す。
「甘い。それはもう、密漬けにした完熟の柑橘より甘い。魔術師と使い魔を何だと心得ている?」
「何って」
エイルは訳が判らなくて眉をひそめた。
「魔術師が契約で縛って、簡単な仕事をこなさせるのが使い魔だろ」
「その通り。使い魔は魔術師のための存在だ。どうとでも好きに扱える。なかには、契約を笠に着て使い魔が死ぬまで行使する術師もいる」
「俺はそんなこと、したくないけどな」
「それだ」
オルエンはふんと笑った。
「そこが、甘い」