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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第4話 魔術師の自覚 第4章
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04 悲壮な覚悟なんか

「……えっと、王宮内のこと、報告されたら困るんじゃないすか」

 思わず丁重になってエイルは言った。スライはうなずく。

そうだな(アレイス)。協会が王宮に間者を放っているとでも見られれば、協会にもお前にも迷惑だ。では、相談を聞こう」

 促されたエイルは口を開こうとして、ふと思い出した。以前にもスライには相談に乗ってもらっている。

 獄界神官への対処法(・・・)についてだ。

「言っとくけど、今回は何も協会の利にはならないと思う」

「何、ああ」

 同じことに思い至ったかスライは顔をしかめる。

「あれのおかげで俺は下準備にあと片づけにてんてこまいだ。実際の掃討は面白いこともあったがな」

「何だか知らないけど、面白かったならよかったじゃん」

 エイルはわざと気軽に言ったが、スライはじろりと睨んで最後まで続けた。

「お前の話で協会はともかく俺個人はたいそうな迷惑を被ったと言っとるんだ」

 エイルは一応、謝罪の仕草をしておいた。

「だから協会が関わらん話であれば、むしろ歓迎できる。ほれ、聞かせろ」

 導師は手招くようにし、エイルは苦笑した。以前から感じていたことではあるが、スライは必ずしも協会の信者(・・)ではないということだ。

「エディスンと絡んだ、とある品。ウェンズをここの協会に呼び寄せた件と関わるんだ」

 青年はそんなふうに話をはじめた。

あっち(・・・)とは調整取って、もう向こうは手ぇ出さないってことになったんだけど」

「エディスンのことだな? お前、向こうの協会長と談合でもしたのか」

 スライは半ば冗談のつもりだったようだが、エイルはにやりとしてうなずいた。

そう(アレイス)。ついでに宮廷魔術師ともね」

 あっさりと言った一術師にスライは唖然とした。

「ヴァンダール協会長にはびびるのにフェルデラ協会長のことは平気なのか。敏感なのか究極に鈍いのか、判らない奴だな」

 その台詞は少し意外で、エイルは片眉を上げた。

「知ってるのか、エディスン協会長のこと」

「直接には知らん。だが俺はたまたまエディスン出身の魔術師を知っててな、話を聞いたんだ。二十年ほど前にまだ一魔術師だったフェルデラ氏(セル・フェルデラ)は、エディスンをけっこうな騒ぎに巻き込んだらしい。表面的には平和だったエディスンだが、魔術的には大した歪みができたとか。そのときは〈媼〉と呼ばれる当時の協会長がことを納めたということだが、彼がそのあとを継ぐなんざ、誰も思っていなかったそうだ」

 何やらエイルの知らない昔話のようである。少し興味もあったが、好奇心は暇ができたときまでとっておくことにした。

 それがいつになるのかは、あまり考えたくない。

「簡単に言えば、俺が持ってるもんを欲しがってる商人がいて、そいつは俺を探るため、それとも首飾りを手にするために魔術師を雇った。そんな話なんだ」

「何をたいそうなもんを持ってるんだ」

 スライは少し呆れたように言った。エイルは言いかけて口を閉ざし、あー、と奇妙な声を出して頭をかきむしると、立ったままで導師の前の卓をばんと叩いた。

「〈風謡いの首飾り〉」

「何?」

「エディスンや業火どもが探してた〈風具〉とかのひとつだ。そいつには呪いがかかってる」

 エイルはスライにその説明をもした。

「そんな事情で俺は首飾りを誰にも渡せないでいる。ウェンズにもそう話して、そのために北を訪れることもした」

「ふん……そういうことか。偽物を欲しがったのも、そのためだな」

 スライは納得したようだった。エイルが偽物を求めた理由は何も本物と並べ立てるためではなかったが、「首飾り」を巡るひとつの流れとして理解できると、スライが言うのはそういうことだろう。

「どうやらお前は、奇妙なものを引き寄せる性質を持っとる」

「嬉しくはないけど」

 エイルは唇を歪める。

「引き寄せちまったもんは、仕方ない」

 認めるしかない。

「ほんとは、導師には頼るまいと思ってたんだ。俺の問題だから」

 エイルはそう前置いてから、魔術師に狙われた話と、商人がアーレイド城へやってきたらしい話を続けた。スライはうなる。

「それは、協会が手出しできんことだなあ」

「正直、手ぇ出してもらいたくなんかないけど」

 青年はひらひらと手を振る。

「ただ、スライ師に知っておいてもらいたかっただけ。万一……さ」

「待て」

 言いかけたエイルをスライは制止した。

「判っているとは思うが、協会は王家の動向に慎重だ。仮にシュアラ王女に魔術の危険が迫ったとしても」

「判ってるよ、導師にシュアラの警護頼む気なんかさらさらないって」

 エイルは少し迷うように目を下方へうろつかせたが、ええい、と顔を上げた。

「万一、ってのは俺の話。俺は別に魔法合戦なんかやる気はないけど、向こうがその気たっぷりだったら。つまり、商人の雇った魔術師とやりあって負けちまったりしたら、首飾りは商人の手に渡るかもしれない。あいつが呪いについてどこまで把握してるのかはよく判らないんだけど、どこかで――呪いが発動したら。それのもとが何なのか、誰か知ってる人間が必要だ。ファドック様には話したけど、やっぱ、魔術関連は導師にって」

「エイル」

 スライは驚いたように言った。

「お前、おかしなことを考えていないか」

「あ、誤解すんなよ、悲壮な覚悟なんかしてないぜ」

 まるで「命に換えても」首飾りなりシュアラなりを守るという内容に聞こえることに気づいて、エイルは否定した。

 命懸けになると言う心情と、本当に生死を賭すという境を間違えるな。かつて、ファドックにそう言われたことを思い出す。

 シュアラを守りたいという気持ちは本当だが、そのために死のうとは思わない。という言い方に語弊があれば、死なないで守れればいいと思う、というところだ。当たり前と言えば当たり前である。

 一方で、オルエンの「命を賭ける覚悟があるか」は間違いなく「生死を賭す」話である。ここにはなかなか、応と答えられない。

「売られた喧嘩を買うだけさ。ただ、念のために責任の所在ってやつをはっきりさせておきたいなって」

「術を使ってやり合えば、殴られて痣を作るくらいじゃ済まないってことは判ってるんだろうな」

「へえ、そいつは驚きだ」

 エイルはわざとらしく目を見開いたあと、にやにやとした。

「まるで『師匠』だね、スライ師。ダウ師に何か言われたのかい」

 スライについて学ぶ気はないか、とダウから言われたことを思い出す。有難いと思いつつも何だかんだ保留になっているが、導師同士で何か話したのだろうか。

「いいや、外れだ」

 スライは肩をすくめた。

「俺がダウ師に頼んだんだよ。あの若いのを鍛えてみたい、とね」

 エイルは思わず吹き出しそうになった。

「もしかして、導師、かなりの物好き?」

「かもしれんな」

 スライは平然と答えた。

「何も魔術師には師弟の誓い(・・・・・)がある訳でもなし。お前はこれまで通り俺に聞きたいことがあればやってくればいいし、俺がお前に助言をと思えば例の塔に送ればいい訳だ。お前にはちゃんとした師がいるようだし」

「いない」

 エイルは否定した。

師弟の誓い(・・・・・)なんかないだろ」

 そう繰り返すとスライは苦笑した。

「確かに、俺はけっこうな術師に指導を受けてる。そいつは師匠ヅラして俺を弟子扱いして……まあ、公正な言い方を心がけるとすれば、実際にいろいろと教わってる」

 どう考えてもオルエンとエイルは「師匠と弟子」であり、内心では認めているところもあるエイルだが、どうにも口に出したくはなかった。

「でも、そいつは俺がほかの術師に何か教わったからって面白くないと思うような狭量なとこはない」

 たぶん、とつけ加えた。

「どんなきっかけであろうと弟子の成長は歓迎、か。よい師だな」

「どうだか」

 エイルは唇を歪めた。

「もともとこの首飾りの一件はそいつが持ち込んできたんだ。なのに、自分の都合で雲隠れ。どこにいるかも判りゃしない」

「では俺はその代理というあたりだな。僭越ながら務めさせていただくか」

 スライはそんなことを言い、エイルは笑った。

 オルエンを師匠と呼ぶのはどうにも抵抗があるところであるが、スライならばそれもよいかもしれない、という気がした。


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