03 決まってるだろ
「それで、今日は何だ」
「受付にいたナーザルに聞いたんだ。俺を訪ねてきた余所の魔術師がいたって」
「おお、そうらしいな」
「何で導師のとこに話なんか行くんだ?」
先に思った疑問をエイルは口にした。
「術師が術師を協会に訪ねてくるなんて、そうそうあることじゃない」
「そうなのか?」
「そりゃそうだろう。考えてみろ、知人ならば声を飛ばせばいいだけのことだ。何らかの事情でそれができないのなら、次に選ぶのは伝言だ。協会に留め置くのでも、相手のところに送るのでも、連絡を取りたければそうすればいい」
「それもそうか」
エイルは顎に手を当てた。
「ましてや、相手はお前がアーレイドにいないことを知り、それならばどこかと受付に詰問したらしい。これはますます、ないことだ。どこかで行き合った術師について知りたくて所属している協会を訪れるということは有り得るが、すぐに連絡を取りたいのならば、やはり声を飛ばすか、伝言だな」
「つまり、そいつは俺に『連絡を取りたい』訳じゃなかった、と」
もちろん、そうであろう。それどころか、エイルに知られずにエイルを探ろうと思っていたはずだ。
「そういった、あまり日常的ではない出来事は協会長に報告が行く。そうすれば協会長はわれわれに伝えることもある。心に留めておけとね。ダウ師と俺が聞かされたよ」
「協会長」
エイルは繰り返すと曖昧な笑いを浮かべた。
彼は、アーレイド魔術師協会長と直接話をしたことはない。姿を見たことはあるが、「偏屈な魔法使い」もう少し遠慮なく言えば「悪い魔法使い」を絵に描いたような外見の老魔術師で、できることならあまりお近づきにはなりたくないと思っている。協会に登録をしたところで協会長と言葉を交わすようなことはまずなかったから、その望みは叶えられていると思っていたが、向こうでは自分を知っていると思うといささか落ち着かなかった。
それは協会長ヴァンダールが「悪い魔法使い」のようだからではなく、ダウやスライをも越える高位の魔力を持っていることを知っているからだ。
魔術師には魔術師が判る。
それは魔術師たちの最大原則のひとつであった。
たとえばスライがエイルに対して自身の魔力を隠すことは不可能だ。弱く見せることは可能だが、逆に強く見せることは無理。つまり、協会長の魔力は最低でもスライをゆうに越える、ということになる。
オルエンとヴァンダール協会長を比較したことはなかったが、オルエンのそれは膨大であることは判ってもどうにも奇妙なものであったから、こちらが上かあちらが上かと考えることはおそらく意味がない。――おそらくはオルエンの方が上であったが、個人的好みとしてエイルはそれを認めたくなかった。
「まさか協会長まで俺に注目してるとか言わんでしょうね」
「何を言ってる」
スライは笑った。
「いまさら」
「……そうすか。そうすね。そうだろうな」
リック導師は彼――「彼女」の登録を秘密裡に行った。のちに「エイル」とすり替えることも可能にしてあった、と説明してきたのはダウで、ダウ以外に詳細を知る者はいないはずだったが、協会長は何と言ってもやはり協会長である。何かしら知っている可能性もあるのだ。となれば、エイルを気にかけるようなことがあってもおかしくない。
そう考えたこともあった。あまり深く考えたくなかっただけである。
「だが余程のことがない限り、協会長自身が一魔術師のことに関わってくることはない。もし怖れているんなら安心するんだな」
「怖がっている」などと言われたことに若者としては反発すべきかもしれないが、魔術師が高位の相手に畏怖を覚えるのは当然のことである。正直に言えば、エイルはエディスンの協会長フェルデラに対しても怖れを覚えた。穏やかな人柄のようだったが、それはこの際、関係ないのである。そういうものなのだ。
それが判るか判らないか、というのは魔力の有無ではなく「魔術師たるか否か」の境界線となり得た。「高位の術師に『正しく』圧倒される」というのは一種の能力なのだ。
エイルはそのようなことは知らなかったが、それでも彼は「判る」側にいた。
「まあ、それじゃ安心させてもらうけどさ」
よってエイルは「怖くなんかない」などと意味のない否定はせず、そんなことを言った。
「俺のことを知ろうとした術師。俺はそいつのことを知り返してやりたいんだ」
エイルは唇を歪めた。
「そんとき受付やってたの、誰」
「誰であっても、話は聞けん」
「何で」
「〈幻惑〉を受けたからだ」
「……何を受けたって?」
聞き慣れない言葉にエイルは眉をひそめた。スライも同じような表情をする。
「魔術師が集まってる協会の入り口で。そいつは術を使い、自身の記憶を受付の術師から消した。そういうことだ」
「何つう……大胆な」
思わずエイルは口を開けた。協会がはっきりと禁じているのは街なかで人を傷つける術を使うことだけだったが、協会の内部で人を――それも受付の術師を惑わす魔術を使うなど、考えようによってはアーレイド魔術師協会に喧嘩を売る行為だ。
「その魔術師は大丈夫だったのか?」
「ああ、油断したことを悔やんでる。腸が煮えくりかえるような気持ちだろうよ」
入り口を任せられるのは、それなりの能力を持つ者だ。少なくとも初等術師ではない。侮った真似をされた訳で、おそらく怒り心頭だろう。その矛先が相手であれ、自分自身であれ。
「また厄介なのと関わってるんだな、お前は」
「関わりたくてやってるんじゃないよ」
エイルはまた眉をひそめた。何の警告もなく彼に術を放ってきたクエティスの魔術師。協会を怖れもしない。間違いなく、厄介な相手である。
「協会長は喧嘩を買う気にはならなかったようだがな」
スライも同じように考えたらしく、そんな言い方をした。
「目を配っておくようにとは言われている」
「俺に?」
「その余所の術師に、だ」
「そりゃちょうどいい」
エイルはほっとして言った。
「俺が頼もうとしたのはそれなんだ、スライ師。そいつが何者なのか、知りたい」
そう言うとスライはじろりとエイルを見た。
「理由は」
「そりゃ」
エイルは目をしばたたいた。
「誰かも知らん奴に興味を持たれたら気持ち悪いからに、決まってるだろ」
「エイル」
スライは、まるで教え子が見当外れの答えを口にしたのを聞いた教師のように、唇を歪めると首を振った。
「嘘だとは言わないが、それだけではないな」
「何でだよ」
「お前は、それだけの理由で俺に『お願い』になどする素直で可愛い新米とは思えないからだ」
「おかげさんで、ひねくれてて可愛げのないことになら自信あるけどな」
言うとスライは笑った。
「よかろう。ひねくれてて可愛げのないエイル術師。報告かね、相談かね」