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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第4話 魔術師の自覚 第4章
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02 清算

 実際のところ、クエティスに王女殿下を害するほど悪辣かと言うと、どうだろうかとは思った。

 クエティスがアーレイドを訪れたのは、エイルに対して先行権を主張することが目的のように感じられる。逃げても無駄だと告げ、自分の縄張りを荒らされたくなかったら首飾りを差し出せ、とでも言ってきたかのようだ。「いつでも王女を傷つけられるぞ」という脅しとして効果的だが、エイルの目を盗んでシュアラを襲う意味はないだろう。そのはずだ。

 だからと言ってファドックに黙っているのは愚策だった。「同じものを守る」のであれば情報の共有は重要だ。近衛隊長にして護衛騎士はエイルごときに言われなくてもシュアラをきっちりと守るだろうが。

 さて次の問題は、協会だ。

「スライ師、いるか」

 アーレイド魔術師協会(リート・ディル)の扉をくぐると、エイルはすぐにそう言った。

「こんにちは、エイル術師」

「ああ、ナーザル術師か」

 受付にいたのは、エイルよりも年若い赤毛の魔術師だった。

「珍しいな、ここにいるなんて」

 魔術師の能力は年齢とは関係がないが、協会の顔代わりになる受付に少年少女が鎮座していれば、魔術師ではない利用客が不安を覚えることになる。入り口で「客」を迎えるのはたいてい、若くても二十の半ばを越えた術師だった。

「カランタ術師が協会長(ギディラス)の手伝いを命じられましたので、緊急の代理です」

「成程」

 エイルはその名に心当たりはなかったが、協会長の手伝いをするというからにはけっこうな術師なのだろう。

「で、スライ師は」

「いらっしゃいますが、その前に、二点ほどあります」

 言われたエイルは片眉を上げた。

「何だよ?」

「まずは。今月の上旬頃、あなたを訪ねてきた余所の術師がいたそうです」

「――へえ」

 すっとエイルは目を細くした。

「どこの、誰かな」

「生憎と名乗らなかったようです」

 ナーザルは肩をすくめた。

「詳細は、私は聞いていません。スライ師にご用事なら、ちょうどいいでしょう。報告は行っていますから」

 報告、というのはいくらか大げさなような気がしたが、エイルは判ったと言ってうなずいた。スライに詳細を訊けるのならば、確かにちょうどいい。

「それから、もう一点」

 言いながら少年魔術師は流れるような仕草で印を切ると、何もない空間から何かを取りだした。エイルはいまだに、手品(トランティエ)でも見ている気分になる。もちろん魔術師たる彼には、魔術が働いていることは判っているのだが。

「お届けものです」

「俺に?」

「もちろん」

 エイル宛てだからエイルに渡すのである。当たり前だ。

「誰から」

 青年は卓の上に現れた小さな袋に手を伸ばしながら問うた。

「さあ。封書ではないので、差出人の名前は書いていないようです」

 確かに、荷袋に署名をするものもあまりいないだろう。

「中身は」

「さあ。事情には触れないのが受付の仕事ですから」

 ナーザル少年はおとなびてそんなことを言った。

「じゃ」

 いったい何だろう、と言おうとしてエイルは言葉をとめた。持ち上げれば判る。明らかに(ラル)だ。

 エイルは無言でその口を開くと、卓の上にざっと銀貨(ラル)を流した。一枚一枚数えて、確かに数字が合っていることを知ると、わずかに息を吐く。

「一(スー)も違ってねえや」

「それなら、いいんじゃないですか」

 あっと驚くほどの大金ではないが、いきなり卓上に銀貨を積まれれば少しは意外なはずだ。だがナーザルは何事もないように肩をすくめた。若いが、修行は積んでいる。

「まあ、そうだな。取り立てに行く必要も、余分を返す必要もない」

「借金の返済ですか」

 少年は詮索という訳でもなく、話題の流れとして言ったようだった。

「そんなとこだな」

 エイルは軽く何度かうなずき、銀貨を袋にしまった。

「これで完璧に縁が切れたって、訳だ」

 シーヴに金を貸しっぱなしになっていたことは判っていたが、まさか「金を返せ」と顔を出すつもりもなかったし、返されなくても日々の暮らしに困ることはない。済んだことだと思っていた。

 だがもちろんと言おうか、砂漠の王子の方では借りっぱなしになっていることを忘れてはおらず、そのまま踏み倒す気もなかったと言う訳だ。

(拾って送り返したハサスの厩舎代金と、協会の利用料金は折半だと言った分まで、きっちりだな)

(伝言も、手紙もなし。――当然か)

 少し、胸が痛むのを覚えた。

 シーヴは、エイルにわだかまりを覚えている。そうでなければ「貸し逃げは許さん」くらいの一言がついてきそうなものだ。

(文字通り、これで清算(・・)ってこと)

 エイルは出そうになったため息を無理にとめ、何事もないように小袋を取り上げた。

「では、スライ師に連絡を取りますよ」

 少年魔術師もまた何事もなかったように言った。エイルはただうなずいてナーザルに背を向け、卓に寄りかかるような姿勢を取ると――とめたはずのため息を洩らした。

「どうした、悪ガキ」

 それから許可を得て導師の部屋へと訪問をすれば、スライの第一声はそれだった。

「悪たれでも何でも言ってくれ」

 エイルが返すと導師はにやりと笑った。大柄なスライは顔つきも魔術師と言うより戦士というのが似合いそうなのに、そうやって笑うとますます「魔術師協会の導師様」という感じからかけ離れる。

「お前から俺を訪れて話をするとは、先日の面白い告白以来だな」

 導師の言うのは、〈塔〉について話をしたときのことだろう。


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