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風謡いの首飾り  作者: 一枝 唯
第4話 魔術師の自覚 第3章
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11 友だちなんかじゃない

 祝いの言葉を述べたあと、青年は少しばかり、複雑だった。

 と言ってもかつて憧れめいたものを抱いた姫君が母になるから、と言うのではない。エイルにとっていま、シュアラの妊娠というのは諸手をあげて祝えることではないのだ。

 もちろん、王女当人に対しては祝福をしてきたし、実にめでたいことだと心から思う。

 ただ、気になるのはやはりクエティスのこと。シュアラのすぐそばに寄られたというだけでも十二分に不安材料であるのに、ましてやその身体にはもうひとつ命が宿っていると言う。

 あとでまたレイジュを捕まえて、二度とあの商人を城に入れないように言っておけばもう問題はないかもしれない。

 だが、やはり、気になるのだ。

 よってエイルは、これまで彼が足を踏み入れたことのないアーレイド城の一室に向かうことにする。

 すうっと息を吸い込んでその扉を叩くと、少年が顔を見せた。

「よう、ブロック。ファドック様、ご在室か」

「エイルじゃありませんか。いらっしゃいますよ」

 アーレイド近衛隊長は「自分は平民である」という姿勢を崩さず、小姓や使用人をおくことをあまり好まなかったが、実際問題として何でもかんでも自分でやる訳にもいかない。彼の部屋にはこのブロック少年が任されていた。

 ファドックのもとに行きたがる娘は多々いたものの、幾人をも使うほど仕事はないというのが隊長の言で、ブロックはファドックの専任だ。はじめのうちは――ちょっとした事情のために――近衛隊長を怖れていたブロック少年だったが、いまでは彼のもとで働けることを誇りに思っているようだった。

「隊長、エイル殿がお見えです」

「エイル?」

 驚いたような声がする。

「珍しいな、どうした」

「いま、ちょっといいすか」

「かまわん。何だ」

 言いながらファドックは手にしていた筆を置いた。仕事中なのであろうが、わざわざエイルが訪れたことをすぐに重視してくれたようだ。もっとも、余程のことがない限り、「忙しいからあとにしろ」などとは言わない気質の持ち主だが。

「悪ぃ、ブロック。出ててくれっか」

 エイルが言うとブロックは目をしばたたいて、許可を求めるようにファドックを見た。近衛隊長がうなずくと、少年は礼をして部屋をあとにする。

「すいません。突然」

「かまわんと言っただろう。何事だ」

「ええと。まず。俺なんかが伝書(ルワク)やるのは気ぃ引けるんすけど」

 そう言ってからエイルは、シュアラの妊娠の話をした。ファドックは微かに笑む。

「生憎と、私にそれを伝えてきたのはお前で二人目だ、エイル」

「はっ?」

 エイルは目をしばたたく。彼は、ほとんどまっすぐここにきたのに、ほかに誰がその話を知っていよう?

「レイジュが、重要な話だと言って、つい先ほどな」

「……仕事が早いっすね」

 エイルは苦笑した。侍女が、王女の父や夫よりも先に護衛騎士に話をしにきたのは間違いない。

「なら、何でこんなとこでのんびり何か書いたりしてんです。シュアラんとこ行けばいいじゃないですか」

「それは、王陛下やロジェス殿下のされることだ。護衛騎士であろうと近衛隊長であろうと、場違いというものだろう」

「……そうすかね」

「もちろん、そうだ。私がお祝いを述べるのは、あとでいい」

 そう言った護衛騎士の目はこの吉報に喜んでいるようだった。

「また、仕事が増えますね」

「変わらない。シュアラ様をお子様ともどもお守りするだけのこと」

 ファドックは祝福の仕草をした。エイルも倣う。

「これでアーレイドの未来はまた明るい。……ってことだといいと、思ってるんすけど」

「何か気になるのか」

「俺」

 エイルは深呼吸をすると、茶色い目を上げてファドックの黒いそれを見た。

「ファドック様を巻き込んじゃいけないと思ってました。もう、二度と」

 その言葉――その意味に騎士の目がすっと細められた。

「何が、あった」

「ありません。少なくとも、まだ」

 エイルはそう言うと、ファドックの卓の真ん前まで足を進めた。

「商人の話、聞いたでしょう」

「お前の友人だという、クエティスと名乗った東国の商人か」

 さすがに話をよく把握している、とエイルは感心すると同時に安堵した。

「そう、それです。あれは俺の友だちなんかじゃない。それどころか」

 エイルは顔をしかめた。少し、言いたくない気がした。

「敵、と言ってもいいかも」

「話せ」

 ファドックは短く言った。

「どんなことも。隠さず」

 言われたエイルは乾いた笑いを浮かべた。

「ファドック様に隠しごとなんかできるとは思いませんよ。シーヴにだってきついのに」

「シーヴ殿? いまでも彼とお会いしているのか?」

「……もう、してません」

 エイルはそう答えると、友との喧嘩分かれに苦いものを覚えたが、黙ってそれを飲み下した。

「まあ、あいつのことはいいんです。問題は、その商人なんですから」

 エイルはあれきりになっているシーヴのことを頭から払い、話をはじめることにした。


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